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フルフェイス  作者: ジェームズ・リッチマン
3 / スライム
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 ノイドが一人、静かに盆地を歩いていた。

 ここに小屋を立てて生活している、この近辺唯一の男である。


 彼は細かな金属の浜辺を歩き、人影を探している最中らしい。

 人影とは当然、つい最近ふらりと現れた、寡黙な黒騎士のことである。


 僅かな瘴気を防ぐためのボロ布を羽織り、何年も歩き慣れた湖の傍を、慎重な足取りで進んでゆく。


「一人で寂しそうですね」


 そんな最中、水辺から声が投げかけられた。

 か細く、ノイズの無い、綺麗な人間の声である。


 男はそれに反応して一瞬だけ歩みを止めたが、またすぐに歩き出した。


「あの真っ黒な人なら、どこかへ行きましたよ」


 少女は湖面に足をつけたまま、歩く男の傍を離れない。

 粘度の高い湖面はゆるやかな波紋を残しながら、少女と男の軌跡をぼんやりと描き続ける。

 その間、常に男は寡黙を貫いていたが、少女は濡れた顔に優しげな笑みを浮かべたまま、言葉を止めることはなかった。


「また、一人になりましたね。寂しいでしょう」


 少女が笑い、男の眼光ランプが揺らぐ。


「ここはもう、貴方一人だけなんです。もう、誰も残っていないんです」

『やめろ』

「私に触れれば、貴方も――」

『やめろと言っている! その姿でっ……娘の姿で、そんなことを喋るんじゃない!』


 歩みが止まり、男が叫んだ。

 経年劣化により擦り切れ、摩耗した電子音の咆哮が、盆地に響く。


 だが、それを聞き届ける者はいない。

 もはやこの時、この男をおいて、他には誰も。


「なぜ頑なに、私達と一つにならないのです」

『……お前は……貴様は、娘ではない』

「私達はこの中で一つとなり、永遠だというのに」

『嘘だ、そんなのまやかしだ。貴様のようなバケモノなんか、俺は……!』

「バケモノ、だとしても、それが一体、何だというのでしょう」


 男は俯いたまま、黙り込んだ。

 少女は曇天の灰色空を見上げ、粘液で湿った顔を綻ばせる。


「バケモノ、魔物。だとして、人間だという貴方は、幸せな生き物なのでしょうか」

『……幸せさ。俺は、人間だ』

「私にはとても寂しそうで、不幸にしか見えません」

『……』


 男はいつものように、静かに手で顔を覆った。

 視界を閉ざし、心に冷静さを呼び戻すために。


「寂しい人間よりも、大勢のバケモノの方が、ずっとずっと幸せなことだと、どうして貴方は思ってくれないのですか」


 湧きだした湖の中に呑まれ、人さえも水底に沈んだ、盆地のコロニー。

 男はその生き残りである。だが同時に、コロニーの名残から離れきれない、哀れな男でもあった。

 皆の敵たる湖のバケモノの姿を前にして、過去を振りきれずにもいたのだから。




 しばらくの沈黙の後、二人の間に静かな風が吹き、細かな砂鉄が捲られ、黒い風となった。

 無風の盆地では珍しい、砂を巻く程度の風である。


「……!」


 人ならざる少女は、すぐさま付近で起きた異変を感じ取り、湖の外側に目を向けた。


「何故……」


 少女は遠くの廃材の丘を見上げ、無感情に呟く。

 言葉につられて、ノイドの男もそちらへ顔を上げた。


『な……あいつ、あんな、……何をしてるんだ……』


 砂地と湖面。ふたつの場所に立った両者が揃って見上げたそこには、一人の鎧騎士が立っていた。


 湖を見下ろせる小高い丘の上、全身をプレートメイルに包み、背に外套をはためかせる、黒の騎士。

 彼は、自身の身の丈の十倍近い長さはあろう、巨大な金属製のシャフトを立てるようにして掴み持ったまま、そこにいる。


「何故……あの人は……いえ、違う、アレは……!」


 それまで余裕の笑みを浮かべていた少女が、騎士の姿を見て、初めて狼狽えた。


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