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フルフェイス  作者: ジェームズ・リッチマン
3 / スライム
12/33

0001


 遺重機の巨大な金属部品が山と積まれ、険しい地形を作っている。

 廃材の渓谷には鋭い部品が交じることもあり、常人や装甲の弱い物にとっては、通ることすら難しい地形だ。

 唯一瘴気を孕んだ風ならば防げるかと思いきや、起伏の激しい地形を構成するのは大きな金属なので、隙間風は容赦なく入り込んでくる。


 そのため、今現在黒騎士が歩いているこの一帯は、普段誰も使うことのない、道なき道であった。

 かつて歩道が作られた形跡もなく、歩けど歩けど、踏めば音の鳴る場所ばかり。


 ただ真っ直ぐに進むだけでも命がけ。そのような地域には道ができず、人が通ることもない。


「……あれは」


 それ故に、少し歩けばたどり着けるはずの湖を、山向こうのコロニーに住む者達は知らない。


「怪しいな」


 廃材の高台から湖を認めた流浪の黒騎士は、新たな目的地に向かって慎重に廃材を降りてゆく。

 その山を越えた者は、ここ百年のうち彼が初めてだった。




 廃材の地形に囲まれた湖は、風も静かで、穏やかだ。

 不思議なことに水は透き通っており、巨大な湖の深くまで見渡せる。

 ところが水中に魚の姿などは一匹もおらず、そればかりか、水草など植物らしいものも確認できない。

 その上、微風が吹いているにも関わらず、湖面にはさざ波さえ立っていなかった。


「これは」


 黒騎士は畔に立ち、周囲を見渡す。

 どこまでも平坦な湖は不気味ではあったが、物音ひとつない神秘的な静けさは、いっそ美しい。

 所々には遺重機の巨大金属部品が湖面に露出しており、荒涼とした世界観を助長している。


 黒騎士はその光景に何を思っているのか、しばらくの間、身動き一つせずに佇み続けていた。


「そこのあなた。あなたも、一人で寂しいのですか」

「!」


 数分もしないうちに、沈黙は破られる。

 突然かけられた声に、騎士は佩いた長剣を素早く構えた。


「……!?」


 黒騎士が警戒心を再起動させると、目の前には一人の少女がいた。


 長い金色の髪に、整った顔立ち。

 身体は粗末なボロ布に包まれていたが、白い肌は至って綺麗で、作り物のようですらあった。


 彼女が一瞬の間に、どこから現れたのか、騎士にはわからない。

 そして更に不可解なことに、少女は湖面に両の足をつけ、立っている。


 波立たない湖面も相まって、まるで少女はガラスの上に立っているかのようだった。


「寂しいのであれば、私とお話しませんか」

「……魔物」


 少女は薄い微笑みを浮かべるが、騎士は目の前に差し向けた長剣を降ろさない。

 しかし剣を突き立てるでもなく、戻すでもない。騎士は判断を迷っているらしい。


「魔物とは、異なことを申されます。この荒廃したくず鉄の世界で、そのようなおとぎ話の怪物など、見られるはずもありません」

「魔物は実在する」

「仮にその魔物が居たとして、この湖にやってくることはないでしょう」


 少女が艶やかな手を掲げ、辺りの廃材の山々を仰いだ。


「ここは険しい廃材に囲まれており、人は愚か、害虫すらもなかなか寄り付こうとはしません。風も弱く、瘴気も薄い。これほど安全な場所が、他にありましょうか」


 黒騎士は掲げられた手の動きに追随し、険しい山をもう一度見上げた。


 確かに、風は無い。

 また、廃材はバリケードのような役割を果たしており、大型のものでさえも、進入するのは難しそうだ。


 ここにコロニーがあれば、きっとそこは他との交流が無いにせよ、錆とは縁の遠い、幸せな暮らしを実現できるのだろう。


「それに、この湖の中には更なる秘密が隠されています」

「秘密」

「はい。人々の幸せを守るための、大いなる秘密……」


 少女が手を降ろし、黒騎士へと伸ばす。


「一緒に湖の中へ来てください。必ずやあなたも、楽園の暮らしに溶け込めるでしょう」


 少女の足首が、膝が、湖へと沈んでゆく。

 誘いの言葉を投げかけたまま、心の底から幸せそうに微笑んで。


 騎士は水中に消え去ろうとしたその姿を見て、しばらく何か考えているようであったが、


『やめろ。決してその水に触れてはならん』


 またしてもすぐ近くから聞こえた声に、予約していた動きが止められる。

 騎士が何事かとゆっくり振り返ると、そこには一人のノイドが立っていた。


『湖に触れた者は、中に引きずり込まれ、奴によって操られてしまうぞ』

「操る」

『そうだ』


 ノイドの言葉を聞いた上で、黒騎士は再び視線を湖へと戻した。

 するとそこには既に少女の姿はなく、平坦な水で満たされている湖の景色だけが広がっていた。


『悪いことは言わん。早くこの場所から立ち去ると良い。それが一番だ』

「……」

『ノイドとはいえ、あんたも腹が減るだろう。ついてこい。コロニーはないが、一食くらいなら振る舞ってやる』


 ノイドの男は淡々とそう言って、勝手に歩き始めた。

 急ぐような歩調からは、騎士がついてくるとわかっているかのようである。


「……スライムを確認」


 黒騎士はそれだけ呟くと、無愛想なノイドを追い、湖を後にした。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 明言されていたのですね
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