表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フルフェイス  作者: ジェームズ・リッチマン
2 / トレント
10/33

0100


 枯れた巨大樹。

 黒く、葉の無い枝だけの姿は、樹木というものを忘れて久しい人の心にさえ、恐ろしい印象を刻み込むだろう。


 歩けば歩くほどに。近づけば近づくほどに。大樹はより巨大に、より黒く映る。


 廃材の地面は歩みと共に細かくなってゆき、樹の全容が明らかになる距離まで近づけば、足下は砂鉄のように細かな粒子となっていた。

 砂鉄の砂漠。そこに聳える黒い巨大樹。


「――トレント、貴公を斬り伏せる前に、名乗っておこう」


 フルフェイスの黒騎士は、右手に持った長剣を樹木へ掲げ、宣誓する。

 樹に対する小枝にすらならない剣を、少しの揺らぎもなく、まっすぐに。


「わた――」


 しかし、次の言葉は続かなかった。

 黒騎士の足下から突き出た黒い杭のような根が、騎士の腹部を思い切り突き上げたのだ。


 遠くで、シスや何人かのノイドの短い悲鳴が上がったが、音は砂嵐に揉まれたのだろう。かき消された声は、誰に届くこともない。


 程なくして、宙高く打ち上げられた黒騎士が、乱回転しながら砂地に落下する。

 後頭部の着地で一瞬止まり、残りの衝撃を背骨全体で受け流すようにして、ついに黒騎士は身体を停止させた。


 騎士を真下から突き上げた黒い根は、役目を終えたと言わんばかりにゆっくりと砂鉄の中に沈み、鈍色の切っ先を完全に中へと埋没させ、そして、静寂が訪れた。


 横たわるかの黒騎士は、死んだのだろうか。

 否。それは、有り得ない事である。


「不意打ちとは卑怯なり」


 騎士はすぐに立ち上がった。

 強かに打ち付けた頭や首には何の損傷も無いように、彼は再び美しい直立を見せる。


 剣は再度掲げられた。名乗りの口上は、二度もない。


「覚悟」


 騎士は姿勢を低く構え、黒い砂地を蹴って駆け出した。

 黒衣が風に大きく翻り、しかし体幹は揺れず、風の如き速さで大樹へと走り寄る。


 その姿に危機感を抱いたか、大地が揺れた。

 大地の轟きと共に、鋭い根が槍のように顔を出し、騎士を襲う。

 が、一度は受けた攻撃、まして、素早く駆けている最中の黒騎士には、当たるはずもない。

 いくつもの黒い金属のような根が襲い掛かるものの、それらは黒騎士の軌道を後追いするかのように突き出るのみで、彼の影すら貫けてはいなかった。


「ほう」


 ところが、次第に突き出る根の間隔が広がり、一つ一つと、黒騎士に迫り始める。

 大樹が何かを学習したのだろうか。ともかく、背後から突き出て現れる根は、疾走する黒騎士に追いつきつつあった。


 不意に、背後からの根の出現が止まる。

 そのかわりに、騎士の目の前から、何本もの根による槍衾が展開された。


 終わりを告げた追跡と、突然の正面からの迎撃。全力疾走の最中であった黒騎士は、脚の摩擦に寄って慣性の力に最大限抗いつつも、しかし、砂地という悪条件のために、乱立する根の剣山に突撃せざるを得なかった。


 黒騎士の剣が、力任さに大きく振られる。

 騎士と槍衾が衝突する瞬間、鼓膜を破るような大きい金属音が響き、鋭い火花の閃きが戦場を白く染め上げた。


 剣による一撃が、騎士の身体をなんとか槍の手前に留めたらしい。

 迎撃の失敗を悟ったのか、根の槍衾はすぐさま成長し凶刃を伸ばしたが、その時には黒騎士の身体も素早く大地を転がっており、体制を整え、再び大樹に向かって駆け出していた。


 大きな歩幅が砂地を蹴りあげ、小さな砂鉄を蹴り上げる。

 根はもう一度黒騎士を捉えようと、今度は四方から追い詰めるようにして大地に棘を林立させる。


 素早く駆け、時に跳躍し、時に蛇行し、時に突き出た根を蹴り、黒騎士は迂回を試みながらも、着実に大樹との距離を詰める。

 対する巨大樹といえば、地面に根を出し続け、さながら砂漠を針地獄に変えようとしているかのような勢いで、黒騎士を追い詰めてゆく。


 距離は、縮まる。

 根は、迫る。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ