0000
激闘の末に、一つの地下都市が滅んだ。
巨大な地下空洞には、もはや一人分の呻き声も響いていない。
並び立つ建築群の壁面はどこも人間の血で塗れ、乾いたそれらは赤黒く染まっていた。
ある建物はひしゃげて潰れ、路肩のダイオードは折れ、道は鋭い傷跡に抉れている。
人間も、ノイドも、その景色の中の全てが倒れ、死んでいた。
都市は、滅んだのだ。
この町がかつての活気を取り戻す時は、二度と訪れないだろう。
ゆっくりと錆びゆく運命が確定した廃都市の路傍で、ひとつの黒い影が蠢いた。
名もなき平凡な路傍でうつ伏せに力尽きていたかに思われたそれは、もがくように手を動かして、前へと進んでいる。
黒い篭手のような手が、タイルの継ぎ目に指を掛け、少しずつ、前に。
それは、黒い騎士。
全身を甲冑に包んだ、完全装備の黒騎士である。
黒い装甲は顔にまで及び、彼の表情は伺えない。
だが彼の動きからは、ひとつの目的を遂行するための確固たる意志が見て取れる。
彼は重い体を引きずり続け、長い時間をかけて目的の場所に辿り着いた。
黒騎士がやってきたのは、ある男の死体の前である。
大柄の死体は血まみれで、見るも無残な傷跡を背中に残している。
黒騎士はその死体をしばらく眺めた後、更に近づいて、今度は男の躯に手を掛けた。
肩を掴み、重い体を力任せにぐいと押しのけ、男をその場から引き剥がす。
すると、男が覆いかぶさっていた下から、更にもう一つの死体が現れた。
それはまだ幼い、歳は五つもいかないほどの、小さな子供の死体である。
黒騎士はしばらくの間、それを眺めていた。
青白く、血の気を失った子供の死体。
他の子供よりも服の仕立てが丁寧なのは、この子供がそれなりに身分のある家に生まれ、丁重な扱いを受けていたからに他ならない。傷ひとつ無い綺麗な肌を見るに、きっと彼は労働を知らなかったのだろう。
黒騎士は、そっと子供の手を握りしめた。
手は青白く、脈も、体温もない。
そうして、黒騎士は静かに立ち上がった。
立ち上がって、歩き始めた。
彼が目指す先は、地下都市唯一の出口。
地上へ向かうための、分厚い金属の扉だ。
長い階段を登り、甲冑独特の重々しい足音を立て、黒騎士は歩く。
黒騎士は嘆かない。
黒騎士は震えない。
黒騎士は涙を流さない。
この黒騎士は、常に忠義を守り、忠義に仕えて生きてきた。
それは今までも、これからも変わることはない。
「魔物め」
故に黒騎士は、旅に出る。
主の遺志に応えるために。
主の無念を果たすために。
「世界で唯一の敵が、世界で唯一の理解者とは。皮肉なものだな」
――ウルボス・ラットマンの手記