パーティー
夜会の断りの手紙を出してから、実に平穏だった。私は今とても気分がいい。顕微鏡の覗いて岩石、正確に言うと化石のクリーニング(化石の周りにに付着している砂や岩をを削る作業)をしている。神経を尖らせて慎重に慎重にを重ねている。
「お嬢様。客人がいらっしゃいます。」
突然現れたリリの声に一瞬ビクッとなるが気にしない。
「追い返してよ。」
「カールネスト公爵でもですか?」
何でそんなお偉いさんがうちに来るのよ。はあ、溜め息が出る。カールネスト.ウィン公爵殿はこの国の宰相をしている二六歳の独身男性。イケメンだから巷ではよく公爵殿の話を聞く。
「仕方ない。行くわ。」
格好が良くないけどまあ文句は言わないよね。勝手に来たのはそちらだし。私はドレスは着ていないどころかスカートではなくパンツをはいている。白衣は新しいものではなく着古して薬品で汚れている。
「ではこちらに。」
リリの後をついていく。
客間に通しているみたい。中に入り、
「お待たせしました。すみません。」
「いえ。勝手に来たので気にしないで下さい。」
金髪、蒼眼のイケメンがソファーに座っていた。
噂以上の美貌。
一般の女性なら虜にするその笑みをこにらに向けないで頂きたい。
私も彼と向かい側のソファーに座った。
「宰相で忙しいはずの公爵殿は何故こにらに来たのでしょうか。」
「パーティーに参加してほしいのです。貴女に聞きたいことがあるのですが、いかせん時間が取れないものなので。」
「私みたいな小娘に聞きたいことなどご冗談を。私は行きません。」
そもそもあの手紙が間違えた手紙ではないことに驚く。
「ご謙遜を。今貴女の弟子は私の手伝いができるくらい優秀ですよ。彼も会いたがっているので、会う機会も取り計らうと思いますが。」
彼は苦笑した。
「頭が良いのは彼の努力であって私のおかげでもありませんよ。」
にっこり笑う。まるで腹の探りあい、
「私は貴女の論文を全て読んでいます。その上で聞きたいことが山ほどあります。」
私の論文を全て読んだと言うのか。私の論文の量は普通の研究者より多い。何せいろいろ好きなものを調べては学会に論文を提出しているから、それはもうとんでもなく多い。
公爵殿が仕事のためになる論文の方が量は多いのにそれを読んだと言うのか。
公爵殿は私の目をじっと見た。とても澄んだ蒼い瞳をしている。
こんなに綺麗な瞳で見つめられたらお嬢様方は落ちるだろう。(一目惚れしてしまうだろう。)
「ルーエに会う条件付きで参加します。」
はあー、溜め息が思わず出てしまった。
「失礼しました。」
慌てて言うと、構いませんよと笑顔で言われた。女の扱いに慣れている雰囲気がある。
「私はこれにて失礼します。パーティーの日を楽しみにしています。ああ、そうそう、他国からも要人がいらっしゃるのでよろしくお願いします。」
と言い、完璧な笑顔で出ていった。嵐みたいな感じだ。
それにしても最後は何なのよ。あの捨て台詞は。まるで私が粗相なことをするとでも思っているかのような言い草は。とても腹が立つ。
「クロウェル。」
「如何されました?」
「私、やっぱり夜会出るわ。怠いけど。」
考えただけで憂鬱になる。まあルーエに会えるなら良いか。
ルーエ.アルト。私より四歳も年上だが年下の私に教えを乞うた生徒。今は王宮で働いている。どうしているだろうか。まあ気になる。
「承知しました。しかして、お嬢様。夜会に出るのはいいですが、パーティー用のドレスはありませんがどうします。」
深刻そうな顔をしていた。
「どうせ話すだけだから踊るわけじゃああるまいし。というより私、踊れないし。一張羅のスーツがあるからそれを着ていくし問題はない。」
「しかし、それでは…」
クロウェルは言い難そうにしているが私はバッサリ切り落とす。
「呼んだのはあちら。私は客人。まあ何を言われようがもう誘われることはないし平気よ。」
私はそう言いきり自室に戻る。
悲しそうなクロウェルを廊下に置いて。だから私は知らない。
「普通の令嬢なら…」
と独白していたことを。
かつては私の家は貴族だったが今は貴族どころか貧乏はさらに貧乏になっている。