ファーストキスの後で
何だったのだ。
ああやってからかって何が楽しい。どうせ人をおちょくって見下しているのか、馬鹿にしているかのどちらかだろう。
ええ。所詮私は年齢=彼氏いない歴だし、キスだってされたことは一度もない。よって不慣れではある。いきなりするものではないと思う。心臓止まるかと思った。
普通頬とかにキスならまだ親愛をこめて云々かんぬん分からんでもないが、恋人でもないのに唇にするのは犯罪だろう。
何てことをしてくれるのだ、あのチャラ男は!
紛いなりにも女性にあんなことするなんて!
腹をたてながら家に入ると扉が開き、人影が現れた。
彼等に見られたな。ここで隠し事は出来ないことは知っているが、暫くまたしてもからかわれるだろうな。
この王都でクロウェルの目が張り巡らされていないところはない。特に私はいつも監視をつけられているのは知っている。
私は自分の身を自分で守れるほど強くはないから監視は仕方がない。いざというときには助かるのだから。
この前のパーティーの帰りも、助けに出そうとしたところで運良く自力でどうにか逃れられたから、実際見守っただけだったというのは後日クロウェルから聞いた。
「お帰りなさいませ。」
彼は完璧な礼をしつつも顔が少しにやけていた。
「笑いたければ笑えば良いじゃない。」
「いえいえ。やっと春がやって来たのかと嬉しく思います。」
今にも泣きそうなほどの涙を流すまいと堪えながら言った。どうしてそんな顔をするのだ。
「春?今は夏だけどクロウェル大丈夫?」
社交シーズンなのは初夏~夏にかけての約二ヶ月の間のみ。今はちょうど初夏である。
「お嬢様は少し慣用句と言いますか、言い回しを少し勉強をした方がよろしいかと。とりあえず中へ入ってください。」
確かにこんなところ、自宅の玄関前で立ち話はおかしい。
さっさと入り、白衣を脱いでクロウェルに渡した。
これがコートとかなら様になるんだけどなあ。
思うが口に出さない。言うだけ虚しくなる。
「クロウェル。さっきの春が来たって何よ。」
気になるから聞いてみた。
「お嬢様は自力で理解できると思いますよ。」
「は?」
………………………………
いや、知らないものは知らないし。
明日の予定は図書館かなとおもいつつ、自分の部屋に向かった。
部屋に入るとリリがいた。
「お帰りなさいませ。夕食ができていますので覚めないうちにどうぞ。」
彼女は滅多に見られない満面の微笑みを見せた。
「やっぱり見てたのか。」
がくりと項垂れた。
「なんのことでしょう。」
しらばっくれているが、彼女がここまで笑うのは殆どない。
どうしてくれるんだあの公爵殿は!もう終わった。私の人生終わった。
どうしようか。ふふふふふふふ。
「ささ、席に着いてくださいよ。…そんな遠い目をしない!」
リリに注意されて夕食を頂いた。が、味気なく箸が余りすすまない。どうにか完食し、リリに食器を下げてもらう。
「お嬢様、良かったですね。」
ウィンク付きで彼女は部屋を出ていった。
だから、何が良いのかも分からないし、春が来たって何よ。
「皆して何よ。…それにしても彼は誰でも構わずキスする人なのかしらね。」
もしも仮に彼がキス魔なら私は心底貴方を軽蔑するわよ。
「ファーストキスだったのにな。」
私の独り言は誰にも聞かれずに消える。恐らくはクロウェルくらいなら聞こえているかも知れないが、返事が返ってくることはない。
ボフンとベッドに転がった。
あんなにチャラい人にファーストキスを捧げるなんて思ってもみなかった。
「最悪。」
たかがキスくらい減るものでも何でもないが、私はとてもショックを受けた。好きな人にしたかったから。紛いなりにも貞操観念というか、理想というか、一応はある。
これは恐らく両親の影響だろう。彼等は大恋愛の末に結婚している。おまけにファーストキスだの云々かんぬんは全て夫に捧げたと母は言っていた。
基本的に結婚なんぞはしたくはないが、仮にすることになったら一応は夢がある。たとえ中身がおっさんだったとしても。
その夢の一つにファーストキスがあって、好きな人にしたいと思っているのにいきなり公爵殿に奪われた。許すまじき。
でも公爵殿に抗議すれば挨拶だとかはぐらかれそう。古風的な考えだとか言わないでくれ。自分で分かっていてそう言っている。
あの公爵殿なら遊び慣れているだろうから、さぞかし私はからかいの的になりやすいだろう。
「ちっ。」
舌打ちをして微睡みに身を委ねた。掌で転がされている感じしかない。
やはりあの公爵殿はいけすかない。私が悶々としているのも見透しされている気がする。
どうせ今までのご令嬢とはとても変わっていて、異質だから構いたいだけなのだろう。本当にはた迷惑なことで!
早く飽きてもらいたい。
短くてすみません。




