05.幼馴染はハーフでシスコンの義弟ができたので団欒中です-02
織田家の人々。
翠視点。
今回、いつもの変態は出ません。
初めて逢った義弟は、猫の『メインクイーン』みたいな印象だった。
身長は、私よりも二センチ程高いくらい。薄いハニーブラウンの髪が、天使のようにフワフワと揺らいでいる。髪より少しだけ濃い瞳は、お澄ましを失敗した猫のように好奇心をいっぱい詰め込んだみたい。イケメンというよりは美少年といった風。無垢な笑顔をキラキラさせて、チラリと見える八重歯も可愛らしい。
(瑛も、一昔前はこんな感じだった……)
昔を懐かしんでフワリと笑顔になる。
その様子を観察していた義弟は、猫の用な瞳を面白そうに見開いた。この子は猫で、瑛は犬っぽいなぁ。と、ついつい小動物を連想して、顔がにやけてしまう。
しかし、忘れてはならない。こんなほのぼのとした空気を漂わせているが、バックミュージックに瑛の『玄関ドアドンドンドン祭』が開催中なのである。
今までの経験上、後三〇分は軽く祭りを開催しているだろう。しかし、今、目の前にいる義弟に会わせるのもめんどくさい事になりそうなのだ。
「あの……?」
玄関ドアを押さえつつ、考え事をしていると目の前の美少年が話しかけてきた。
「ああ、ごめんね。うるさいよね。近所の変態が祭りを開催しているだけだから。気にしないで」
「はぁ」
よくよくみると、美少年は制服の上にエプロン姿だった。胸毛が特徴的な黒猫がワンポイントのエプロンは可愛いし似合っている。
瞳が合うとニコリと笑って、手を引っ張られた。
「来てください」
(強引な子?)
慌てて靴を脱いで、引っ張られるまま台所の方に誘導された。
その間も、もちろん玄関外では祭りの最中。
いや、祭りじゃないし。わかっているだろうし。空気の読める子なのか、はたまたマイペースなだけな子なのか。
手を引っ張る美少年の心内がつかめない。つかめないまま台所にはいり、最初に感じたのは甘い匂い。ダイニングテーブルには、クッキーやらマフィンやらの手作りらしきお菓子が並んでいた。
「わぁ。凄い!」
「えへへ」
エプロンを外しながら、照れくさそうに笑う。
「二人は、市役所に婚姻届を出してくるって言っていました。あの、ボク、二人の祝いがしたくて……合鍵をもらっていたので学校が終わってそのままこっちに来ちゃって……お菓子を作っていました。すいません! ボクも何かお祝いをしたくて、あの……勝手に台所を使って、ごめんなさい」
片手にエプロンを握り締め、ペコリと謝る姿は可愛い。
「ううん、すごいね! 美味しそうだよ! 二人も喜ぶと思うし! 私も、嬉しい!」
「えへへ」
「うふふ」
お互い、向かい合って笑う。
なんだ、この子。いい子じゃない。
「ボク、今日から織田レイになりました。改めて、初めましてお義姉さん」
「こちらこそ、初めまして。翠です。よろしくね。レイくん」
「レイ」
「?」
「レイって呼んでください」
「うん、わかった」
『お義姉さん』という響きがむず痒い。
和やかな空気の中、私の鞄の中から振動を感じる。
いや感じていた。敢えて無視をしていたのだ。
「ちょっと、ごめんね」と断ってから、スマホを取り出すと(瑛に、お揃いにしようと機種変更をさせられた)瑛からの着信履歴とメールの数々が目に飛び込んできた。
予想を裏切らない。わずか五分、一〇分の間に――着信履歴一〇件メール三〇件。なかなかのハイペース振り。
このままでは、全部の履歴を今の時間だけで瑛で埋め尽くされてしまう。でなくとも、ほかの人の名前が着信履歴に載るのを嫌がり、それが消えるまで電話をかけてくるから常に、私の着信履歴は「葛城瑛」一択になっている。
その画面を見て『僕色に染まったスマホを持っているあーちゃん。はぁはぁ(以下セクハラ用語)……』と、興奮度合いが気持ち悪かったので技をかけたけど『胸の感触が!!』と、更に気持ち悪くなった。……どうしたらいいんだ。
今日の昼休み。瑛に対しての私の対応はまずかった。早く釘を刺しておかないと。と、焦る気持ちがあるが初対面の義弟レイの前で対応するのもためらわれる。
スマホをしかめっ面で眺めているのを、心配そうに伺っているレイの様子を見て、こんないい子に瑛の変態が伝染ったら、これから逢うお義母さんに申し訳が立たないという気持ちにさえなった。これは義姉である私の最初の試練かもしれない。と、スマホをギュっと握りしめていると、レイが覗きこんできた。
「これ新機種ですよね? いいなぁ」
「そうなのかな? 幼馴染が(勝手に)選んでくれた機種みたいで。アプリとか色々全部お任せしただけだから……あんまり良くわかんないの」
「……へぇ」
〈ピロン〉
ああ、またメール着信だ。しょうがない。
「あのね! ……私も両親にお祝いしたいし、何か買ってこようかなぁ?」
よし、まだ外で待機中の瑛を、近くの公園にでも連れて行って落ち着かせよう。外に出る口実を口にした時に、レイに慌てて止められた。
「待ってください。もうすぐ、二人共、帰ってくると思うので……それに、まだボク……この家に一人は寂しいみたいです」
! あれ? あれ? あれれ? こんなに? え? こんなに弟って、可愛いものなの? 普段周りにいるのが、変態とか、変態とか、変態ばかりなのでこういう可愛い対応をしてくる男の子に戸惑ってしまう。
「ご、ごめん。まだ慣れていない家で、留守番してって無神経すぎたね。プレゼントはまた今度に買うよ」
(ちょっと、瑛が心配だけど)
スマホを鞄にしまっていると、背後から「ありがとう」というレイの無邪気な笑顔に癒されて、この後起こる事を考えないようにする。
だから――
「誰が、ラッキーすけべを狙っているって?」
彼の小さな低い呟きは、聞こえなかった。
◇
「ただいま」
父の後に、恥ずかしそうにしている女性。
今日からお義母さんになるアニエスさん。なんと、フランス人。日本が好きで日本の大学に留学。そこで前の旦那さんと知り合い結婚。色々あってレイが五歳の時に別れたみたいだけど、日本にはそのまま住んでフランス語の講師をしているそうだ。
軽いウェーブのはいったレイと同じハニーブラウン色の髪がふわりと肩の上にのっている。同じ色をした大きな瞳に長いまつ毛。子どもの頃に持っていた、なんとかちゃん人形みたい。全体に小さく、可愛くて、護ってあげたくなるそんな女性だった。
(この人がお義母さんになるんだ……お義母さんよりも、雰囲気がお姉さん……いや、妹っぽいかも)
まだ正直、実感が湧かないがこれから仲良く出来たらいいなぁと思っている。
結婚する前に両者の子どもと顔合わせをしたりするのが一般的なのに、その段取りをすっ飛ばして早々と結婚に持ち込んだのが、父である織田孝太郎。肩書は警部補。職業柄か「スピード解決だ!」をもっとうに、半ば強引に持ちかけたと思ったら、なんとアニエスさんからの熱烈アプローチだったみたい。父も満更でもなく結婚を決意。大きな事件がない今がチャンスという事がスピード婚に繋がったみたいだけど。
父は通り過がりの人が目を背ける強面の顔で、アメリカのプロレスラーみたいな体型。新しいお義母さんと並ぶと、外国の女の子を誘拐した人に見えなくもない。願わくば父が職務質問を受けない事を祈るばかりだ。
「おかえりー」
「おかえりなさい」
ツーショットをマジマジと観察していた私の隣にレイがちょこんと続く。父は二人の様子をみて、視線で人を殺せると言われている切れ長の瞳をパチパチさせて「もう仲良くなったのか?」とはにかんだ。
ダイニングテーブルに並んだ数々のお菓子を見て、流石の父も驚いていた。あれから私も少し手伝ったんだけど、殆どがレイの作品だ。
「これを、レイくんが?」
「はい。あ……レイって呼んで下さい。お義父さん」
「……ありがとう。レイ」
父とレイのソワソワ感を全面に押し出した遠慮を含んだ対面の様子を眺めていると、背後から義母が話しかけてきた。
「翠ちゃん」
「……はい。お義母さん。私も翠でいいですよ」
いきなり、父に明日から新しい義母がくると聞かされた時は、正直、動揺もしたし、早すぎる展開についていけなかった。それに、産んでくれた実母の事も考えて複雑な気持ちにもなった。でも、父が選んだ人だから間違いないという直感と、早く父に幸せになって欲しかった気持ちの方がそれを上回ったのだ。実母が亡くなって、もう十三年経つ。出会って一週間? それがなんだ。父は十三年間も独りで私を育ててくれたんだ。一週間で結婚したいと思える女性と出会えたのは奇跡に近い。今逃したら次はないという危機感もあるし。
そんなわけで“父を好きになってくれてありがとう”を込めてニコリと微笑む。
「!!」
「お義母さん?」
「……やだ。『ママン』って呼んで?」
「へ?」
お人形みたいな顔の頬に両手をやり、ぷるぷると、小さい身体を震えさせるが瞳はキラキラ。なんだろう、見たことある。あ、ハムスターっぽい?
「翠ちゃん、こんなに可愛いなんて! 孝太郎さんに、いっぱい写真を見せてもらっていたけど、実物を見たら我慢出来ない! ぜひ私の事は『ママン』って呼んで! こんな可愛い子が娘になってくれるなんて! ジャパニーズビューティ! クールジャパン!」
勢いのままのハグ。そして、ぎゅーとしめられた。
抱きしめられながらも、背後には顔を抑えて「はぁー。またか」とため息のレイと「お! 翠もやられたな! 俺も、初対面の時にやられたよ」というニヤリ顔の父。
えっと、お義母さん? 手の動きが怪しいんですけど? 背中とか、お尻とか、隙間なく触ってるし。
「ウフフ、いいにおい」
ゾワワワワワワ。
お義母さんもしかして、幼馴染と同種の人?
すいません。別の変態が出ていました。
*人物紹介
織田 孝太郎 父
織田 アニエス 義母
織田 レイ 義弟