10.現在話は乙男で心配性な義弟がでているので要注意です-07
『05.幼馴染はハーフでシスコンの義弟ができたので団欒中です-02』のレイ視点
レイの過去話は前回分と長かったので、二分割にしました。
現役中学生なので、絶賛中二病発症中。
母からの『明日』『再婚』『義姉』それらのワードは、ボクの心を逆撫でした。
いつも、突飛押しもない事をしては、自分を困らせる母が苦手だった。しかし、母から自慢げに見せられた、『義姉』の写真で全ては覆される。
あの時の人。
ボクの恩人。
ボクの神さま。
◇
今日逢ったボクの神さまは変わっていなかった。容姿は女性らしくなり綺麗になっていたが、根本的なものが同じでボクの胸は高鳴った。ただ、ボクの事を憶えていなかったようで、若干の寂しさを感じない事もなかったが、ボクはホッとして『初めまして』の挨拶をする。
同時に、外で叫ぶ男の声が邪魔だった。
ドンドンドンドンドンドンドン
『あーちゃん、あーちゃん』
彼の方も変わっていない。少しは丸くなったらしいが、この辺ではあらゆる意味で有名な葛城先輩。
苦笑いをしている義姉を見て、この場から早く移動したかった。
自分の唯一の得意はお菓子作りである。
母以外の誰にも披露した事がなかったけど、この義姉なら認めてくれるだろうと思い、実は、学校を早退してお菓子作りをしていた。ドキドキしながら、義姉を台所に連れて行く。その時、思わず手に触れてしまったけど、動揺しているのはバレていなかったみたいで安心をした。台所にはいって、義姉の動作の一挙一動がボクの胸を打つ。
『すごいね! 美味しそうだよ! 二人も喜ぶと思うし! 私も、嬉しい!』
あの日と同じ笑顔、いや、もっと女性らしい綺麗な笑顔に、鼻の奥がツンとして、胸の上辺りから波が押し寄せてくる。
――ドクン。はねる心臓を押さえたい。
――ドクン。ダメだ。間違うな。
――ドクン。彼女はダメだ。望んではいけない。
そんなボクの心のさざ波なんて、露も知らない義姉は、しきりにスマホを気にしていた。良心が痛みつつ、こっそり覗き込む。
「……っ」
そこには普通の高校生が入れない、アンダーグラウンドの代名詞といったアプリが並んでいた。“監視系アプリ”“録画・録音系アプリ”など、殆どが遠隔操作で使えるもので、義姉は気付いていないどころか、幼馴染にいれられたと言った。次々入る、メール。着信音。そして今現在、この空間も盗聴されているかもしれない。冷水を浴びさせられる気分とはこういう事なんだ。
すぐに、義姉のスマホを破壊したい。でも、それがバレたらあの幼馴染は、玄関ドアを蹴破ってでも家の中に入って、義姉に被害が及ぶかもしれない。スマホは、カメラ機能もあるのだから。
異様だよ。こんなのおかしい。あの日の彼の“笑顔”が想いだされる。メールの着信で、外に出ようとする義姉を引き止めながらも、ボクは焦りに焦り策を練っていた。ふいに、スマホが大人しくなった。鞄の隙間から見えるのは真っ黒な画面。
(電源が切れた!)
すぐにチャンスだと思った。義姉にアプリの件を話して幼馴染を引き離そう。義姉を護らなくては。誰が“ラッキーすけべを狙っている”って? 馬鹿にしやがって。
「……お義姉さん」
「んー? お父さんとお義母さん遅いね」
「あの、そのスマホ」
「え? あ! 電源が切れているわ。よくあるのよ。幼馴染がいっぱい電話してきて。ああもう、充電のコードはどこ?」
声を潜め、口には人差し指をあて、『し―っ』のポーズをする。
「監視をされています」
「?」
「スマホの電源は切れたようですけど……もしかして、この部屋にも何か仕掛けられているかもしれません」
そんなボクの努力も虚しく、義姉はあっけらかんと普通の音量で返事をしてきた。
「あー瑛ね。大丈夫だよ! そういうの、お父さんがわかるから。家には仕掛けられていないよ。だから、レイも安心して?」
まるで、『いつもの事』のように話す義姉に、ボクはやり場のない怒りを吐き出した。
「〜っ! おかしいですよ!!」
「へ?」
手に持っていたエプロンを床に投げつけ、ボクは義姉に詰め寄った。
「おかしい。家になくても、そのスマホのアプリでお義姉さんのプライベート見られていますよ? 勝手にいれられたんですよね。葛城先輩、おかしいですよ。さっきだって玄関のドアをずっと叩いてて。おかしい。おかしい。こんなのストーカーじゃないですか、こんなの……」
頭に血が登る。こんなに声を荒げた事がなかったので、感情が高ぶる。
「……ボクは、お義姉さんを助けたい」
世界が滲む。
「……いい子ね」
ふわりと頭を撫でられた。
いつの間にか、ボクは泣いていたみたいだ。ポタポタと涙が絨毯にシミを作る。
情けないけど気持ちよかったので、されるがままになっていた。「やっぱり猫みたい」って言われたけど気にならなかった。
義姉はひとしきりボクを撫でた後「でも、大丈夫だよ。だってそんな事、日常茶飯事だもん。いい加減免疫もつくよ」となんでもないように話す。うふふふと華が舞うように笑い「“葛城先輩”かぁ、あの変態の名前、知っているんだね。流石、見た目だけがいい有名人ね」とつぶやいた。
「……っ! せめて、アプリは消しましょう」
「消しても、きっと他の手を使ってくると思うし。別に気に……あ、着替えの時は注意しなきゃ。……ちくしょう……あの変態。後で締める」
後半、小さくつぶやいて義姉は、顔をしかめた。
「嫌じゃないんですか? こんなに束縛されて」
「うーん。出逢った時から変態だったし。もう十三年も変態行為をされていたら慣れたというか麻痺したというか。免疫? がついたのかな。でも、これでもマシになった方なんだよ? 日頃の調教の賜物かな」
「……はあ(調教?)」
「それにね。これが一番大事なんだけど……」
「はい」
「私も瑛が好きなの」
真っ直ぐな瞳。
「瑛の想いには嘘がなくて、真っ直ぐな心が痛いくらいに心地いいんだ」
義姉の周りには澄み切った空気が漂う。綺麗な瞳。強い瞳。そんな瞳で愛おしそうな顔で幼馴染の事を語る。
……うん……よかった。
……ボクとお義姉さんとのあまり身長が変わらなくて。
俯いても顔は見られない。こんな情けない顔なんて見られたくない。泣き顔よりも、酷い顔をしているはずだから。わかっていた。だから、ボクはあの日出逢った彼女を『初恋の人』と思わないようにして『神さまみたいな人』と思った。いや、思うようにしていた。
彼の頬に容赦ない平手を打った時の瞳は――彼に向ける瞳は本気の色をしていたから。
ボクの恋は叶わない。
はじめる事すらできない。
俯いたボクを「まぁ、変態とセクハラだけは許せないけど」と、なんでもないふうに笑って、また撫でてくれた。義弟の立場も心地いいものと教えてくれる。
「あ……でも」
「はい?」
「私は、レイの方が心配かも」
「え……」
義姉は深刻な顔をして、下唇を噛む。
「瑛は異様に嫉妬深いし。本当はベタベタの甘々に甘やかしてから義弟ができるって教えるべきだったのに。テンションだけで教えちゃったから……レイを殺しにかかるかも……冗談じゃなくて」
ボクがどういう反応をするか心配そうにする義姉に、かっこをつけたくなり平然と答えた。
「……ああ、外で『ラッキーすけべ』がどうのこうの言っていたあれですか?」
「うわー。やっぱり、聞こえていたんだ。ごめんね。ただの変態の戯言だから許して。後でちゃんと躾るから安心して」
“ごめんね”のポーズに、思わず目を逸らしてしまう。拳を握り締め姿勢を正してから、義姉に向かいなおした。
「お義姉さん、お願いがあります」
「ん?」
「葛城先輩の、ボクへの殺意を最大値にあげてくれませんか?」
「はぁ!? 危険だよ? あれでも一応、強いよ? 私と一緒に行こうね? ちゃんと言い聞かすから」
「いや、ボク一人で行きます。お義姉さんと一緒に行くと、ちゃんと解決しないと思うんです。それに早いうちに直接対決しないと、生きた心地をしないというか」
義姉は真剣な表情で、ボクの真意をはかろうとする。
「勝算はある?」
「……多分。協力してもらえるなら」
その後もかなり心配をされた。今迄に義姉の周りの人がどうなったとかいう話には、ゾッとしたけど、聞けば聞く程早く解決しないとと思った。
だって、ボクはこれから義姉のそばにいるんだから。
織田翠は、とても魅力煽れる女性で、きっと普通に出逢っていたら簡単に『恋』に落ちていた。
でも、葛城瑛の存在で、ボクの恋は絶対に実らない。あの男の異様な執着もあるが、何よりも義姉がちゃんと葛城瑛に恋をしているから。あの恋する瞳を見せられたら、負けを認めるしかない。
だから『義弟』としては一緒にいてもいいよね?
『恋人』や『幼馴染』よりも、ちょっと遠くて『友達』よりも近い関係。
だって『家族』になったから。
ボクの神さま。ボクの義姉。
ずっと絆はきれないよね。