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手合わせ


 それはまるで騎士が振るう剣のように。

 剣技の教本というものがあれば、きっとそう書いてあると思われるほど、基本に忠実は綺麗な剣の太刀筋。

 それはまるで拳闘士が交える拳のように。

 相手の吐息が感じれるほどの至近距離で、互いの足や膝、肘や拳を交え合う、まるで野獣同士が戦うような激しいぶつかり合い。

「……ほほぅ。随分と上達したじゃねぇか、おい?」

「当たり前だろ? 師匠に言われたように、散々実戦って奴を経験してきたからな」

 レグナムは傭兵として、「大陸」中を渡り歩いた。

 現在の「大陸」には、大きな戦争はない。だが、野盗などとの小競り合いはどこに行ってもあるし、魔獣などから村落を守る仕事もいくらでもある。

 そんな仕事を請けながら、レグナムはあちこちを渡り歩いたのだ。

 得物と得物を。拳と拳を。肩と肩を。それぞれ激しくぶつけ合いながら、二人の達人同士の立ち会いはその後も続いた。

 だが、その二人の顔に浮かぶのは笑み。

 相手を殺さんばかりの勢いで得物を振るい合いながらも、当の二人は心底楽しそうだった。

 老婆が手にした大剣(グレートソード)が、砂塵を巻き上げながら横薙ぎに振るわれる。

 その太刀筋を見切った青年は、身体を大地へと沈めて大剣を躱し、低い姿勢のまま数歩踏み出し、右手の長剣(ロングソード)の切っ先を老婆の喉元へと突き出す。

「今のを躱すか。やるじゃねぇか……だが、まだまだだな」

 老婆の足が、足元の砂を青年の顔目がけて蹴り上げた。

 青年は左手の小剣(ショートソード)で目だけを覆う。だが、一瞬視界から老婆の姿が消えた際、老婆は小柄な身体を宙に舞わせて青年の長剣を回避した。

 だが青年は、老婆の身体が宙に浮いている間に追撃を行なう。

 左手の小剣を老婆目がけて投擲。いくら老婆が最強の存在でも、空中ではその動きはおのずと制限される。

 それでも、老婆は手にしていた大剣を上半身の筋力だけで軽々と振るい、迫る小剣を弾き飛ばした。

 だが、それもまた青年の思惑通り。

 青年は老婆が小剣を迎撃している内に肉薄し、残された右の長剣を老婆へと最短距離で鋭く突き出す。

 長剣の鋭い切っ先が老婆の身体に届く直前、老婆はあろうことか自分に迫る長剣を足場に更に跳躍。さすがにこの神業に、青年が一瞬呆気に取られる。

 その隙に老婆は空中で姿勢を制御して大剣を大地に突き刺しながら着地。手放した大剣を足場に()(たび)跳躍した。

 今度は青年へと向けて。

 空を滑空し、あっという間に青年に肉薄。そのまま鋭い回し蹴りを、青年の顎へと華麗に見舞った。




「…………ぅぐっ!!」

 短い苦悶のうめきを漏らしつつ、青年──レグナムは倒れそうになる身体を、下半身に喝を入れてなんとか踏み止まらせた。

 上半身を起こす反動を利用して、最後の抵抗とばかりに長剣を振る。

 だが、その一撃は、いつの間にか老婆──ヴァンガードが手にしていたレグナムの小剣で受け止められた。

「最後まで抵抗するかい。……へ、ちったぁ根性も養われていやがるな。特に肉弾戦相手の防御は随分と上達したなぁ? 儂はてっきりあのカミィって娘と、毎日乳繰りあって弱くなっているとばかり思っていたんだがよ」

「当たり前だ。徒手空拳が相手ならカミィと毎日鍛錬しているからな……って、オレはあいつとは乳繰りあったりしてねぇっ!!」

「なに? あの娘、只者じゃねぇとは思っていたが、それほど達者なのかぃ?」

「ああ。少なくとも、武器を持たない戦闘術なら、師匠より強いかもしれないぜ?」

「そいつは聞き捨てならねぇな。よし。後であの娘とも立ち会わせな」

 すっかりのその気になっている自らの師匠に、レグナムは苦笑するしかない。

 まあ、カミィのことだから、師匠との手合わせの後で美味しいものを食べさせてやると言えば、ほいほい乗ってくるだろう。

「まぁ、なんだ。とりあえず、鍛錬は怠っていなかったようだなぁ。安心したぜぃ」

「当たり前だろ? オレは師匠に言われて実戦を体験するために武者修行の旅に出たんだ。そこで鍛錬を怠ってどうするんだよ?」

 何でもないことのように言うレグナムに、今度はヴァンガードが苦笑する。

 人間とは、とにかく楽をしたがる生き物だ。

 どれだけ素質を持って生まれようとも、どれだけ熱心に鍛錬を積み上げようとも、それを続けなければあっという間に劣化する。

 酒や賭博、時には異性との情愛から、鍛錬に対する熱意を失う人間は実に多い。素質を持ちながらも、そのような理由で衰えていった人間を、ヴァンガードはこれまでに何人も見てきた。

──その愚直なまでの真っ直ぐさこそが、おめぇの強みなんだぁよ。

 決して本人には言わないだろうが、ヴァンガードはレグナムの本質をしっかりと見ていた。




 その後も何度か得物を交えて、久しぶりの師弟の鍛錬は終了を迎えた。

「おい、ボンクラ。おめぇがそれなりに上達したのは認めてやらぁ。だが、おめぇなんぞ儂からすればまだまだひよっ子だぁ。付け上がんじぇねぇぞぉ?」

「…………うっす……」

 大地に大の字に臥しながら、レグナムはなんとかそれだけ言い返す。

 ぜいせいと荒い息を繰り返す愛弟子に、一瞬だけ愛おしい視線を投げかけてヴァンガードは離宮の中へと入っていく。

「そんな砂塗れの姿じゃ、兄貴ンところに顔出せねぇだろ? 今、湯を用意してやっからもう少しそうやって寝ていやがれ」

 遠ざかっていく師匠の足音を聞きながら、レグナムは懐かしい思いに捕らわれていた。

 子供の頃より、何度もこうして師匠には大地に転がされたものだ。もちろん、今でも彼女に敵うとは思っていないが、それでも少しは近づけた実感がある。

 それがレグナムには何より嬉しい。

 そして、これからも鍛錬を続ければ、いつかは師匠を超えられると信じている。

「……だけど……その頃にはもう、師匠もさすがにくたばっているだろうなぁ……」

 ヴァンガードは既に高齢だ。レグナムが彼女の域に到達した時、いくら彼女が最強の武人でも生きてはいないだろう。

 できれば、彼女が存命の内に彼女を超えたい。それがレグナムの秘めた思いだった。




 師匠が用意してくれた湯で汗や砂を流して身体を清めたレグナムは、改めて兄の執務室を訪れた。

 やはり王城の中を歩いていると、様々な視線が向けられる。

 それでも中にはレグナムが第二王子であることに気づく者もいて、丁寧に病気回復を祝う言葉を向けられたりもした。

 その都度、レグナムは複雑な思いを胸中に隠して、差し障りのないことを言って早々に逃げ出すしかなかったが。

 ようやく到着した兄の執務室。そこでレグナムは思いがけないことを聞かされた。

「病気快癒の宴?」

「そうだ。後は、オルティアのシルビア姫の歓迎の宴でもある。そういう訳だから、お前にはどうしても出てもらなないとならない」

「ちょ、ちょっと待ってくれよ、兄貴っ!! オレはまだ────」

「修行の旅を続けたい、と言いたいのだろう? おまえの気持ちは分かるが、少しぐらいはここに逗留してもいいのではないか? 父上もおまえが花嫁を連れて戻ってきて、あんなに喜んでいるしね」

「う……」

 レグナムは、自分が父に見限られて勘当されているとばかり思っていた。それだけのことをした自覚があるからだ。

 だが、実際に帰ってきてみれば、父を含めた家族は今まで通りに暖かく迎えてくれた。それが嬉しかったのもまた、事実である。

 そればかりか、どこの誰かも知れないカミィまでもが、すっかりと家族の一員として認められている。

 兄から聞いたところによれば、そのカミィ──と、クラルー──は王族の女性陣と仲良くやっているらしい。

「それに、シルビア姫との縁談も正式に断らないといけない。こちらから一方的に断る以上、それなりの誠意を見せないと向こうだって納得しないよ? それなのに、当事者であるおまえの姿がなければ────」

「オルティアも納得しない……か……」

 兄の言うことは正論だ。それはレグナムにもよく分かる。

「現在大至急で国中の貴族に招待状が送られている。シルビア姫の一行がこの王都に到着する日程を考えると、時間的に余裕はないからね。おそらく、宴はシルビア姫が到着した数日後になるだろう」

「…………仕方ない、か。分かったよ、兄貴」

「ああ、無論、その宴にはカミィ殿にも出席してもらいたい。おまえの婚約者として、正式に発表しようと思う」

「…………」

 なんかどんどんと外堀が埋まっていく気がする。いや、間違いなく、誰かの意志によって自分とカミィをどうしても結びつけたいと考えている者がいるのだろう。

 例えば、某「愛の戦士」とか、某「腹黒王太子」とか。

 「愛の戦士」は純粋にカミィという存在が気に入ったようだし、「腹黒王太子」はカミィのことを認めながらも、ラブラドライトの王家に神の血が入ることを望んでいるに違いない。

 王家に神の血が混じっているとなれば、それはこのサンバーディアスにおいては外交にも大きな意味を持つ。

 彼らにそこまで気に入られたカミィを嬉しく思いながら、複雑な思いを抱えざるを得なかった。




 そして数日の時が流れ、オルティア王国の第三王女の一行が、ラブラドライトの王都へと到着するのだった。



 『あるない』更新。


 次回はレグナムとシルビアの顔合わせ。同時に、懐かしい面々との再会でもあります。


 では、次回もよろしくお願いします。


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