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狂信者


「あ、あばばばば! わ、我が愛しき方々よ! こ、ここは傭兵であるレグナム殿に任せて、わ、わわわ我々は安全な所へ避難しましょう……っ!! わ、我々のような非力な存在が傍にいては、レグナム殿も全力で戦えないというもの──」

 周囲を取り囲むように展開する凶賊たち──おそらくスギライトの狂信者──を怯えた瞳で見つめつつ、イプサムが震える声でカミィとクラルーに提言する。

 言葉に合わせてじゃらんじゃらん鳴るリュートの音も、いつもに比べて力がない。

 わたわたと路地の片隅へと避難するイプサム。その際、カミィとクラルーの袖を引いて彼女たちも避難させようとしたが、二人はそれを素っ気なく振り払う。

「カミィ。クラルー。今朝も言ったが……」

「うむ。覚えているのだ」

「わたくしも承知しております。殺さずに捕えればよいのですね?」

 レグナムとカミィそしてクラルーは、自分たちを取り囲む狂信者たちに不敵な笑みを向けた。




 狂信者の一人が、不意に手にしていた針を投擲する。

 その標的はカミィ。外見上、最も倒しやすいとでも判断したのだろう。

 もちろん、その判断は謝りである。自分の顔目がけて投擲された針を、カミィは顔色一つ変えずに防ぎきる。しかも、飛来する針を人差し指と中指で挟み取るという神業的な手法で以て。

 その外見からは想像もできない彼女の技量に、狂信者たちの間に僅かだが動揺が走る。そして、それを見逃すようなレグナムとクラルーではない。

 だん、という大きな踏み込みの音と共に、一瞬で狂信者の懐へと飛び込むレグナム。

 彼が腰に佩いているのは長剣(ロングソード)小剣(ショートソード)。今のレグナムと狂信者との間合いは、そのどちらを使うにしても不利な距離である。どうしてわざわざ自分から不利な距離に飛び込んでくるのか、と狂信者が不審に感じる暇もなく。

 レグナムの鋭い膝蹴りが、狂信者の鳩尾に見事に食い込む。

 覆面の中で顔面を蒼白にし、狂信者の一人がその場に呻きながら崩れ落ちる。そして、その倒れる音と重なるように、何かが空を切り裂く音が響く。

 ひゅんひゅんと連続して唸るそれは、クラルーの触手だ。

 長く伸ばされた袖口から飛び出した数本の触手が、彼女を取り囲む狂信者たちの身体に巻き付く。

 そして触手に隠された毒針が、狂信者たちを強制的に夢の世界へと誘っていった。

 瞬く間に半数以上が倒された狂信者たち。不利を悟った彼らは、目配せさえせずに一斉に逃走に移る。

 だが、それも遅い。

 路地の奥へと逃げ込もうとした彼らの前に、小柄ながらも美しき少女が素早く回り込んでいた。

 彼女はその類まれな美貌に凄絶な笑みを浮かべると、目にも止まらぬ速度でその小さな拳を振るう。

 ずどんという拳が狂信者たちの身体にめり込む音が、ほとんど重なって聞こえた。それほどまでに、カミィの拳撃は速いのだ。

 最初の一人をカミィが倒してから、それほどの時間を必要することもなく。

 レグナムたちを強襲した狂信者の一団は、何ともあっさりと迎撃されたのだった。




 計算違いだ。

 スギライトの狂信者どもと標的の戦闘の一部始終を見ていたその人物は、心の中で忌々しそうにそう呟いた。

 相手は実質一人。聞けば相当な手練の傭兵だそうだが、数人で一斉に襲いかかればどうとでもなる。傭兵の男さえ殺してしまえば、残る女二人を攫うのは造作もない。

 もしくは、狂信者どもが男を足止めしてる間に、女たちを拉致する。

 そう考えていたのだ。

 だが、実際は男が予想以上の手練であったことに合わせ、女たちの方までもがかなりの実力者だった。

 お陰で計画はあっさりと破綻。それどころか、連中は狂信者どもを誰一人として殺してさえいない。それほど、彼我に実力差があったのだ。

 まあ、いい。

 その人物は考えを切り替える。

 連中の手に落ちた狂信者どもからは、どうせ大した情報は得られはしないのだ。

 何か別の手段を考えて、あの二人の女は拉致すればいい。いくらあの連中が手練揃いとはいえ、人間である以上はどこかで隙ができるはずである。

 あれほどまでに美しい女たちはそうはいない。あの二人を神へと捧げれば、我が神もお喜びとなるに違いない。

 そう決断すると、その人物は次の手段を考案し始めた。




 倒れた狂信者たちを、レグナムは予め用意しておいた縄で手際良く縛り上げていく。

 念の為、全員の覆面を剥がし、その覆面の布で猿轡も咬ませておく。もちろん、自害防止のためだ。

 そして全員を縛り上げたところで、レグナムは壁に背中をくっつけたまま呆然とこちらを見ているイプサムへと振り向いた。

「イプサム。悪いが衛兵の屯所までひとっ走り行ってきてくれないか? そして、ブレイザーのおっさんを呼んできれくれ」

「ブレイザー……おお、衛兵長のブレイザー殿ですな。承知しました。し、しかし、レグナム殿は元より、我が愛しき方々までもがここまでお強いとは……まさに美と強さを兼ね備えた至高の存在。美しくも鋭いその存在、其はまるで神々が鍛えし剣のよう……」

 ぽろんぽろんとイプサムのリュートが景気の良い音を奏で上げる。

 更にカミィとクラルーを褒め称える言葉を吐き出し続けるイプサムを、レグナムは頭痛を堪えながらも蹴り出すように衛兵の屯所へと向かわせた。

 遠ざかっていくイプサムの背中とリュートの音。それを確認し終えたレグナムは、改めて捕えた狂信者たちを調べる。

 外見上は、どこにでもいそうな平凡な男たちだ。所持品も凶器の針以外はこれといって他になし。手がかりになりそうなものはないようだった。

 これで全ての狂信者を捕えたわけではないだろうが、少なくとも彼らから何らかの情報が得られるに違いない。

「……しかし、貴様の言った通りになったな」

「まあな。まさか、初日から釣れるとは思っていなかったが」

 自分たちがスギライト神を嗅ぎ回ることで、それを鬱陶しく思う狂信者たちが強攻手段に出るのでは、とレグナムは予測していた。

 そのことを、カミィとクラルーには今朝方、泊まった部屋で話しておいたのだ。

 万が一、狂信者たちが襲撃してきても絶対に殺すな。生かしたまま捕えて、連中に関する情報を吐かせろ、と。

 そしてその予測通り、こうして狂信者たちを釣り上げた、というわけだ。

「だが、やっぱり凄いのだ! 貴様はただの人間だというのに、見事に未来を言い当てたのだ!」

「べ、別に未来を言い立てた、なんて大袈裟なことじゃねえよ。こいつらが単純だっただけさ」

「謙遜するな。この我輩が褒めてやる。ありがたく思うのだ」

「お、おう……」

 カミィににっこりと満面の笑顔を向けられて、レグナムは視線を逸らせつつ火照る頬に少しばかり困惑した。




 その日の夜。

 『月光の誘い亭』で待機していたレグナム、カミィ、クラルーの元へ、この街の衛兵長にして『月光の誘い亭』の店主夫婦の父親でもあるブレイザーが顔を見せた。

 ちなみに、イプサムは情報収集と商売を兼ねて他の酒場や宿屋を回っている。

「どうだった、親父さん? 連中について何か分かったか?」

「それがなぁ……どうにも連中、支離滅裂なことしか言わんのだ」

 禿頭の偉丈夫は、椅子に腰を下ろすと肩を落としながら溜め息を吐いた。どうも、相当疲れているらしい。

 レグナムから知らせを受けたブレイザーは、すぐさま部下を引き連れてレグナムたちが襲撃された場所へと駆けつけた。

 そこでレグナムたちから襲撃者を引き取り、衛兵の屯所で早速尋問を行ったのだが、狂信者たちが口にするのは、意味不明の言葉や、会話が成り立たないような支離滅裂なことばかり。

「はぐらかしているとか、しらばっくれているって雰囲気じゃないな、あれは。儂だけじゃなく他の衛兵たちも皆いい加減げっそりしちまってなぁ。あの連中、本気で頭がイカレてやがる」

「ってことは、有用な手がかりは一切なし、か?」

「済まんな。折角おまえが事件の尻尾を掴んでくれたってのに」

 ブレイザーは、娘のプリメーラが運んできた酒を一気に喉に流し込む。

 意気消沈しているブレイザー。レグナムにしても、この結果は期待外れなものだった。

 今日襲撃してきた狂信者たちは、連続行方不明事件に関わっている連中の一員なのは間違いない。例え彼らが末端であったとしても、何も知らないということはないと思っていたのだ。

 自棄になったように次々と酒を流し込むブレイザーを眺めていると、レグナムはとあることを思い出した。

「そういえばカミィ。おまえ、スギライトの神殿の前で気になることがあるとか言っていたよな?」

 相変わらずこの店の店主の料理に夢中だったカミィが、レグナムに呼ばれて顔を上げる。

「うむ。貴様にも言ったはずなのだ。我輩がこの街に入った時、僅かだが神気を感じた、と」

「ああ。確かに聞いたぞ。それがどうした?」

「あの時感じた神気……あれはスギライトのものではないのだ。今日、スギライトの神殿へ行って確信した。あの神殿の神気は確かにスギライトのものだが、街に入った時に感じたのは別の神気だったのだ」

「な、なんだとっ!? それじゃあ、この事件にスギライトは関係していないのかっ!?」

 がたり、と音を立てて椅子から立ち上がるレグナム。

 店内にいた他の客たちの視線を集めるが、今の彼にはそれどころではなかった。

 困惑するレグナム。だが、当のカミィは店主にして料理長であるラティオ謹製の料理を、口の周りを汚しながらも美味しそうにぱくついている。

「お、おい、カミィ……?」

「案ずるな。この件にスギライトが……いや、奴の狂信者どもが関与しているのは確かなのだ。現に、今日捕えた連中はスギライトの狂信者に間違いないのだ」

 首を傾げつつ、レグナムはそれでも再び椅子に腰を下ろす。

 わけが分からないのは彼だけではない。クラルーもまた、不思議そうな顔をしてカミィとレグナムを何度も見比べていた。

 そして、ブレイザーは酒の入ったジョッキを手にしたまま、眉を寄せてカミィを見つめている。

 彼はカミィの正体を知らない。そのため、やけに神々について詳しい彼女が何者なのか、判断に困っているのだろう。

「おい、レグナム」

 結局いくら考えても分からなかったらしく、ブレイザーはレグナムの耳元に口を寄せて囁いた。

「おまえの嫁は、どこかの神殿の関係者だったのか?」

「あ、ああ、まあ、そんなところだ。実はこいつはとある下級神の聖別者でな。小さい頃からずっと、その神を祀る神殿で育てられた巫女なんだ……って、こいつはオレの嫁じゃねえっ!!」

 以前に考えておいた建前上のカミィの生い立ち。それをブレイザーに説明しつつ、レグナムは最後の最後で我に返って慌てて「嫁」という部分を否定する。

 プリメーラといいブレイザーといい、カミィを自分の嫁扱いする者が最近は随分と多い。

 そのことにうんざりとする反面、どこか嬉しいのもまた事実であり。そんな自分に当惑しつつも、当のカミィへと視線を戻す。

 彼女は相変わらず口元が汚れるのを気にすることもなく、ラティオの料理に舌鼓を打っている。

 レグナムは取り出した布で、カミィの口元を拭ってやる。

 まるで子供だなと思いつつも、にっこりと微笑み返してくるカミィのことは決して嫌ではなく。

 そんなことを感じつつ苦笑を浮かべるレグナム。だが、カミィが次に発した言葉に、再び音を立てて立ち上がるはめになる。

「まだ気づいておらんのか? 事件の手がかりは既に貴様のすぐ傍に転がっているのだ」



 『あるない』更新。


 今章は何とも地味な展開ばかり。うーん、もう少し派手な戦闘でも取り入れないと。

 とはいえ、そろそろ今章もクライマックス。最後は派手に行きたいと思います。


 さて、次章は「剣鬼帰郷編」を予定しております。

 レグナムが故郷に帰ります。そこで、彼の家族とか師匠とかも出したいと考えております。


 では、これからもよろしくお願いします。


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