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もう一人の師匠


 初めて訪れたモルバダイトの街。

 生まれて初めて訪れた異国の地でもあり、彼は街の目抜き通りの真ん中に立ち止まり、周囲をきょろきょろと見回した。

 歳の頃は十五、六。

 つんつんと突き立てられた短い焦茶色の髪と茶色い瞳の、どこか育ちの良さそうな少年である。

 所々に補強の入った鎖帷子(チェインメイル)長剣(ロングソード)小剣(ショートソード)という出で立ちから、彼が旅の剣士か騎士であることを思わせる。

 目抜き通りを行き交う人々は、道の真ん中に立ち止まる彼をじろじろと見つめた。

 人通りの邪魔だと思う者。身に着けた物々しい武装を見て眉を顰める者。興味深そうに値踏みする者。

 などなど、彼に対する人々の思いは様々だ。

 中にはこの少年を手頃なカモだと判断したのか、ひそひそと良からぬ相談を始める人相の悪い数人の男たちもいる。

 そんな風に見られているとは思いもせず、少年は初めて訪れた異国の地を物珍しそうに眺めていた。

 だが、結果として少年が素行のよくない連中の毒牙にかかることはなく。

 人相の悪い男たちが動くより早く、この少年に声をかけた者がいたのだ。

「おい、そこの坊主。そんな所に突っ立っていたら往来の邪魔だろう。もっと脇へ寄れ」

「あ、ああ、済まない」

 少年は言われた通りに道の隅へと移動する。彼のその素直な反応に、声をかけた人物はにやりと人好きのする笑みを浮かべた。

「おい、坊主。見たところ傭兵志願か?」

 その人物──四十前後の大柄な男は、少年の姿を頭から足元まで無遠慮にじろじろと見ながら、おもしろそうに尋ねた。

「いや、別に傭兵になりたいわけじゃない」

「じゃあ、どうしてそんな物々しい格好なんだ?」

「オレは剣の師匠に言われて、武者修行の旅に出たところだ」

「武者修行だぁ?」

 男が思わず素っ頓狂な声を上げた。

 職業として傭兵を選ぶ者はそれなりにいるが、単に武者修行で旅をするような者はまずいない。そんな道楽じみたことができるのは、一部の金持ちだけだからだ。

 身に着けた武具の質から見ても、どうやらこの少年はそれなりの身分の出身のようだ。もしかすると、どこかの貴族の令息かもしれない。

「それで坊主。武者修行はいいが、何かあてはあるのか?」

「いや……とにかく、師匠が言うには『鍛錬は所詮は鍛錬。実戦を知らずして真の強者には成り得ない』らしい。だから、しばらくオレに旅をしながら実戦を経験してこい、と言われたんだ」

「……おまえの師匠とやらは、実に思いきったことをするな……」

 こんな育ちの良さそうな、世の中の右も左も知らないであろう少年を一人きりで放り出すとは。男は、彼の師匠とやらの正気を疑ってしまった。

 このままでは、この少年はそう遠くない未来に痛い目に会うだろう。

 あり金を奪われて身包み剥がれるのならば御の字。下手をすれば、奴隷として他国に売り飛ばされかねない。

 そんな少年の将来を想像した男は、持ち前の人の良さを遺憾なく発揮する。

「よっしゃ! 坊主の言う実戦とやらを、この儂が教えてやろうじゃないか」

「本当か?」

「おう、本当だとも。こう見えても、儂はこの辺りの傭兵の間では少しは顔が利くからな」

「よ、傭兵……? い、いや、オレは傭兵になりたいんじゃなくて、あくまでも武者修行として実戦を……」

「だから、傭兵になればおまえの言う実戦を嫌でも経験できるってわけさ。まあ、この儂に任せておけ! 悪いようにはせんぞ?」

 がはははは、と豪快に笑う男を、少年は思わずぽかんとした表情で見つめる。

「おっと、言い忘れておった。儂の名はブレイザー。ブレイザー・アスパイア。さっきも言った通り傭兵だな。で、坊主の名前は?」

「お、オレはレグナム……レグナム・スピアーノだ」

 これが後に「剣鬼」と呼ばれることになる凄腕の傭兵と、その「剣鬼」に傭兵としての基本を教え、彼にとってもう一人の師匠とも言うべき存在となるブレイザー・アスパイアとの出会いだった。




「で、その後にいきなりお父さんがレグナムを家に連れてきたのよねぇ」

「そうだったな。ブレイザーの親父さんの娘であるプリメーラとは、そこで初めて出会ったんだっけか」

 辺りは徐々に暗くなり始め、ここ『月光の誘い亭』も賑わいを見せ始める時刻である。

 そんな宿屋の酒場の片隅で、レグナムとこの店の女将であるプリメーラは昔話を懐かしそうに語り合っていた。

 レグナムはちびちびと酒を喉に流し込みながら、プリメーラの夫であり、この店の料理長でもあるラティオの料理をつつく。

 獲れたばかりの山鳥の肉を香りの良い香草で包んで焼き上げ、その上にラティオ特製のタレをかけたこの店の看板料理の一つである。

「カミィじゃないが、相変わらずラティオの料理は美味いな。これを食べないとモルバダイトに来たって実感が沸かないよな」

「うふふふ。ありがとう。ラティオも、レグナムが来てくれたからいつもに増して腕をふるったみたいよ?」

 レグナムが陣取った酒場のカウンターの向こうで、プリメーラが嬉しそうに微笑む。

 プリメーラのその言葉にレグナムが厨房へと目を向ければ、そこにはいつものように無言で包丁をふるうラティオの姿がある。

 その包丁がいつもより軽やかに踊っているのは、やはり懐かしい顔に再会できたことを喜んでいるのだろう。

 もちろん、それに気付くのは付き合いの長いレグナムと、彼の妻であるプリメーラだからこそだ。

 レグナムとラティオとの出会いは、彼がプリメーラと出会ったすぐ後。その頃、既にラティオとは恋人同士であったプリメーラが、二人を引き合わせたのだ。

 ある日突然父親が連れて帰った、どこか育ちの良さを感じさせる少年、レグナム。それまで兄弟姉妹のいなかったプリメーラにとって彼は弟のようであり、兄はいても姉のいなかったレグナムにとっても、プリメーラは姉のようで互いに新鮮だった。

 父親と共に傭兵として仕事にでかけるレグナムと、その二人の帰りをモルバダイトで待ちわびるプリメーラ。

 そんな生活は、彼女の父親が傭兵を引退するまで二年ほど続いた。

 その頃にはレグナムはすっかり一人前の傭兵となり、ブレイザーが引退した後は一人で傭兵として各地を放浪するようになったのだ。

「ところで、親父さんは元気か?」

「ええ、元気よ。相変わらず、部下の人たちをしごきまくっているわ」

 ブレイザーのしごきと聞き、レグナムは思わず苦笑する。

 彼もまた、駆け出しの頃にブレイザーのしごきを味わっている。剣の師匠の鍛錬も相当だったが、ブレイザーの訓練も同じ位に厳しいものだった。

「もっとも、最近は例の行方不明事件で飛び回っているみたいだけど」

「行方不明事件、か……」

 先程も聞いたこの街で起きている異変を思い出し、レグナムは何となくちらりと横を見る。

 すると、そこには彼の予想した通り、目をきらきらと輝かせた娘さんが一人。

「この街で何か事件が起きているのか?」

「ああ。この街で連続して行方不明が……って、さっきもプリメーラが説明してくれただろうが。聞いていなかったのかよ?」

「うむ。美味い食事に夢中だったのだ。聞いているわけがないのだ」

「自慢気に言うことじゃねえからな、それ」

 そう言いながらレグナムがカミィの脳天を軽く小突けば、いつものようにカミィも「むきゃっ」と可愛い声を上げて脳天を押さえる。

 そんな二人のやり取りを、プリメーラは微笑ましそうに見つめる。

「仲、いいのねぇ。何か妬けちゃうけど、これって弟を他の女の子に取られた姉の気分って奴かしら?」

「だ・か・らっ!! オレとこいつはそういう関係じゃねえって言っているだろうっ!?」

「はいはい。そう言うことにしておいてあげるわ」

 レグナムがどんなに否定しても聞き入れないプリメーラ。結局、レグナムは姉貴分(プリメーラ)の視線を無視して、そっぽを向きながら酒を喉に流し込んだ。

 その際、彼の頬が若干赤かったのは、酒のせいなのかそれとも他の理由からなのかは、誰にも分からなかった。




「それで、この街でどんな事件が起きているのだ?」

 酒場から部屋へと引き上げたレグナムたち。部屋に入った早々、カミィがレグナムに尋ねた。

「プリメーラが言うには、この街で若い女が何人も行方不明になっているらしい」

「ほう! ならばその事件、我輩が見事に解決してやろう!」

 言うと思った。レグナムは言葉にはせずに心の中で溜め息を吐く。

 なんせチャロアイトでは、鎧鼠(よろいねずみ)を倒してある程度の名声を得たものの、迷宮踏破者としての名声までは結局得られなかったことでカミィは機嫌を曲げてしまったのだ。

 もっとも、美味いものを食べさせたら、その曲がった機嫌もすぐに回復したのだが。

「まあ、オレとしてもこの街はプリメーラたちを始めとして知り合いが多いし、事件の解決に助力するのは賛成だ。となると、まずはブレイザーの親父さんに一言話を通した方がいいだろうな」

 五十を前にして、年齢的にさすがに傭兵として最前線で戦えなくなったと判断したブレイザーは、現在この街の太守に請われてモルバダイトの衛兵長に収まっている。

 どうやら太守とは旧知だったようで、以後は協力し合ってこの街の治安維持に努めているそうだ。その傍ら、後進の指導にも熱心で、部下たちを厳しく鍛えているのだろう。

「後は情報収集だが……そういえば、カミィ」

「何なのだ?」

「この街に来てすぐ、神気(しんき)を感じるとか言っていたよな? それってまだ感じるか?」

 カミィはちょっとだけ眉を寄せると、目を閉じてじっと何かを考えるように黙り込む。しばらくそうしていた彼女が再び目を開けると、何も言わずにただ首を横に振った。

「駄目なのだ。さっきは確かに感じた神気だが、今はまるで感じないのだ。もっとも、さっき感じたのも極めて薄いものだったが……」

「もしかして、誘拐事件にどこかの神が関与しているなんてことはないだろうな?」

 つい最近、とある神──の分体──と出会ったばかりのレグナムである。思わずそう考えてしまうのも無理はないのかもしれない。

「それはないのだ。そもそも、神が人間を誘拐して何になる? 本来、神とは人間がどれだけ集まっても到底届かぬ高みに存在するもの。神が人を何人も攫う必要などないのだ」

「……それもそうだな……」

 改めて考えてみれば、カミィの言う通りだろうとレグナムも思う。

 御伽噺や神話などには、神が人間を配偶者に選ぶという物語がよくある。

 仮に今回の誘拐事件が神が配偶者を求めたからだとしても、対象はせいぜい一人か二人のはずだ。何人もの人間が必要だとは思えない。

 それに神に配偶者として選ばれるとなれば、それは極めて名誉なことであり、人間がそれを拒否することなどあり得ないだろう。

 では、何らかの理由で労働力としての人手が必要となったのか。

 それもあり得ないだろうとレグナムは思う。

 最近チャロアイトで出会った技巧神の分体のように、労働力が必要ならば何も人間を攫わずとも神獣を作り出せばいい。

 神獣は人間よりも余程優秀な労働力だ。なんせ、賃金を要求するようなこともなければ、仕事の内容に文句を言うこともない。

 しかも、作り主たる主人に絶対服従する。となれば、わざわざ人間を攫ってまで使う必要などないのだ。

 以上の理由から、レグナムも神が人を攫うとは思えなかった。

「とりあえず、ここであれこれ考えても埓が明かない。まずはブレイザーの親父さんに話を通して、それから詳しい情報収集だな」

 そう結論を下したレグナムは、カミィを伴って再び階下の酒場へと向かう。

 プリメーラに頼み込まれて酒場で働かせておいたクラルーが、何か有用な情報を掴んでいるかもしれないとほんのちょっぴり期待しながら。



 『あるない』更新。


 なかなか物語が進みません(笑)。

 前回が「ダンジョン」ものだったので、今回はいわゆる「シティアドベンチャー」ものになる予定。

 そして「シティアドベンチャー」の基本は情報収集。ということで、次回レグナムたちはその情報を求めて動き出します。情報といえば情報屋。何とか怪しい雰囲気の情報屋を考えねば。


 では、次回もよろしくお願いします。


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