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迷宮は続く


 チャロアイトの迷宮、前人未到と言われる第六十五階層を更に二、三階下った階層で、レグナムとパレットはその光景を呆然と眺めていた。

「……どこだ、ここは……?」

 そう呟いたのはレグナムだったが、彼の隣でそれを見ていたパレットも全くの同意である。

 今、彼らの目の前にはただ広い荒野が広がっていた。

 それまでの迷宮は通路と部屋をいくつも連ねた構造だったのだが、この階層は違った。

 ただ、広大な荒野を思わせる荒れた土地が、見渡す限り広がっていたのだ。

 存在するものと言えば、彼らが降りて来た階段と、まばらに生えた立ち枯れの木。もちろん、頭上は空が広がっているようなことはなく、ごつごつとした岩肌が剥き出しになった洞窟のような天井。

 しかも、なぜかこの階層全体は夜明けの太陽が顔を出す直前程度にぼんやりと明るい。

「ここがこの迷宮……チャロアイトの迷宮の最終地点……なんてことはないわよね?」

「オレも違うとは思う……ってか、違うと思いたいところだな。ここが最終階層ではないと仮定するならば、この荒野のどこかに下へと続く階段があるはずなんだが……」

「正直、どこから探していいものか、全然分からないわね」

 結局、二人は今いる階段のある地点を基点として、その周囲から順に探っていくことにした。

 荒野の端は霞んで見えない。それが実際に霞むほどの距離があるのか、それとも何らかの目眩ましが施されているのかさえ分からない。

 現時点で二人が選べる選択は二つ。

 手当たり次第にこの広大な荒野を調べるか、これ以上進むのを諦めて街へ戻るか。

 だが、レグナムとパレットに後者の選択はあり得ない。

 二人は互いの顔を見て頷き合うと、天井から床を繋ぐ巨大な岩の柱をくり抜いて作ったような階段を基点に、荒野の探索を開始した。




「技巧神だと?」

 目の前で技巧神と名乗った少年。

 赤みの強い橙色の髪と同じ色の瞳を持ち、その見た目は十歳ほどに見える。

 チャロアイトの街に存在する彼の神の神殿では、その姿は大きな槌を携えた恰幅のいい男性として絵姿や彫像が祀られているが、それに比べると目の前の少年は全く似ていない。

 それらの絵姿とこの少年に共通しているのは、せいぜい髪と瞳の色くらいだ。

「いかにも……と言いたいところだけど、僕は技巧神の本体ってわけじゃないんだ」

 そう悪びれもせいずに言いながら、少年はにっこりと笑いってカミィを見つめる。

「僕は本体である技巧神から、この工房の管理を任された分体なんだ。僕の本体はちゃんと神々の座にいるよ」

「なるほど……どうりで神気(しんき)が弱いわけなのだ」

「いやあ、神気が弱いのはお互い様でしょ? それを君に指摘されたくないなぁ」

「それで、狙いは何なのだ? 我輩を……我輩たちだけをここに招いた狙いは?」

「いやだなぁ、そんなに警戒しないでよ。それに別に狙いなんてないさ。単に、僕の工房内でご同輩の気配がしたからね。どんな神なのか気になったんだ」

 それだけだよ、と続ける橙色の髪と瞳を持つ少年。そんな少年に、カミィはじっとりとした視線を向ける。

 どうやらその言葉に嘘はないと判断したカミィは、改めて自分たちが今いる空間を見回す。

 それほど広い部屋ではない。一辺が三ザーム──約九メートル──四方の部屋で、カミィたちが入ってきたものとは別にもう一つ扉がある。

 そして部屋の中はと言えば────はっきり言ってごちゃごちゃだった。

 部屋の中央に置かれた大きな机の上には、様々な工作用の器具が乱雑に放り出されている。

 それ以外にも造りかけの装飾品と覚しき細工物や、剣や槍や鎧などの武具、中には何に使うものか全く分からない謎の部品などもある。

 そして、乱雑なのは机の上だけではなかった。

 部屋中至る所に様々なものが積み上げられている。

 木の板や角材、製鉄された鉄塊、大きさのまばらな数個の岩、中には金や銀といった貴金属や、宝石の原石と思われるようなものまで無造作に積み上げられている。

 そして時折見受けられるのが、床から突き出た棒のようなもの。それが何らかの仕掛けを作動させるためのものだということはカミィにも分かる。なんせ迷宮内で散々見てきのだから。

 どうやら、ここが彼の神の工房だというのはあながち間違いではないようだ、とカミィは判断した。

「じゃあ、ちょっと待っていてくれる? 一方的に招いておいて、お茶の一つも出さないわけにはいかないからね。準備をしてくるから、それまでどこかに適当に腰を下ろしていてよ」

 橙色の髪の少年はそう言うと、カミィたちが入って来たのとは別の扉を潜って部屋から出ていった。

 その後もしばらく部屋の中を見回していたカミィだったが、ふん、と一つ鼻を鳴らすと手近にあった手頃な大きさの岩に無造作に腰を下ろす。

「カミィ様……?」

「いいだろう。待たせてもらうのだ。あいつが……我輩の相棒がここに辿り着くまでな。なに、それほど時間はかからないのだ」

 静かにそう言い放ったカミィの美しい顔には、いつものような不敵な笑みが浮かんでいた。




「…………ま、まさか、こんな所にあったとは……」

「あはは……まさに『角灯(ランタン)の真下は明るくはない』という発掘屋の格言通りだったわね」

 目の前にぽっかりと口を開けた下へと続く階段の前で、レグナムとパレットが心底疲れたといった感じで肩を落とした。

 下の階層へと繋がる階段を求め、広大な荒野を探索し始めたレグナムたち。

 だが、その探索は容易ではなかった。

 天井と床を繋ぐ柱状の巨大な岩。その内部を螺旋を描いて上の階層からこの階層へ続く階段はあった。

 そして、その階段の出口を基点に、レグナムたちはこの広大な荒野のような階層を探索し始めたのだが、しばらく歩くと基点と定めた階段のところに戻ってきてしまうのだ。

 どうやら何らかの不可思議な力が働いているらしい、とレグナムとパレットは判断した。

 このチャロアイトの迷宮は神が造り出したとされているが、このような不可思議な現象を目の当たりにすると、その説もあながち的外れではないかもしれない。

 その後、進む方角を変えて何度試してみたが、やはり階段のある場所へと戻ってしまう。

 とりあえず少し休もうというパレットの意見を聞き入れて、階段の近くに腰を下ろそうとしたレグナムだったが、ふと思い立って周囲を調べ始めた。

 何かパレットの興味を引くようなものがあり、彼女が手を出す前にその危険を排除しようと思ったのだ。

 そして、天井と床を繋ぐ巨大な柱のような岩の反対側へ回り込んだ時。レグナムは思いもしないものをそこに見出して呆然としてしまった。

「…………階段…………」

 そう。

 そこには、レグナムたちが必死に探していた下へと続く階段があったのだ。

 レグナムの呟きが聞こえたのか、慌ててやって来たパレットも階段を前にしてぽかんとする。

 どれくらい二人してじっと階段を見つめていただろうか。突然、レグナムがやりきれないとばかりに大声を出した。

「何なんだよおおおおおおおおおっ!! この人をおちょくったような階段の設置の仕方はああああああああああああああっ!?」

 思わずレグナムがそう叫んだのも無理はないだろう。




 階段を発見した後、予定通りに小休止したレグナムとパレットは、改めて階段を下る。

 薄ぼんやりと明るかった前の階層とは違い、階段の奥はこれまで通りに暗い。二人はそれぞれ角灯を片手に持ち、ゆっくりとした歩みで進んでいく。

 だが、ふと気づけばレグナムの歩みはいつの間にか早足になっている。レグナムは自分でそのことに気づき、歩く速度を意識的に落とす。

 その度にパレットの顔に影が差すが、レグナムはそのことに気づかない。いや、気づく余裕がない。

 数回ばかりそんなことを繰り返す内に、階段は終わりを告げて平坦な通路へと変わっていた。

 そしてその通路も、やがて一枚の扉によって遮られる。

 わくわくした顔で前に出ようとするパレットの首根っこを捕まえて取り押さえ、代わりにレグナムが扉へと近づく。

 背後でふてくされた顔をしている誰かを無視して、慎重に扉へと近づくレグナム。扉に触れることなくじっくりと検分し、異常がないことを確かめると扉の取っ手へと手を伸ばす。

 だが、レグナムは弾かれたように手を引っ込める。突然の彼の反応に、不審そうな顔のパレットが近づいてきた。

「どうしたの? 急に腕を引っ込めたみたいだけど?」

「あ、ああ。何か違和感を感じてな。嫌な感じだったから咄嗟に触れるのを止めたんだが……」

 角灯をかざしながら取っ手へと顔を近づけるレグナム。その彼の耳に、小さな虫の羽音のような音が聞こえた。

「何だ……?」

 改めてレグナムは取っ手を観察する。

 取っ手は茸のような形をした、捻って扉を開閉するよくある型のものだ。

 だが、羽虫のような音はその取っ手に近づくとなぜか大きくなった。

「……何かあるな、こりゃ……」

 レグナムはそのまま手で触れるのは危険そうなので止め、腰から引き抜いた小剣(ショートソード)で取っ手に軽く触れてみる。

 途端。

 甲高い金属音が響いた。何が起きたのかとレグナムとパレットが小剣に目を凝らすと、小剣の刃と平ぺったい茸の断面のような金属片がぶつかり合っていた。

「……何だ、こりゃ……?」

 罠に関する知識の乏しいレグナムが、一応本職の発掘屋であるパレットに尋ねる。

 問われたパレットは繁々と小剣と金属片を見比べると、ぽんと一つ手を打ち合わせた。

「なるほど! この平たい金属片が高速で回転することによって、その残像が扉の取っ手のように見せていたのね」

「はあ? そんなことにどんな意味があるんだよ?」

「ほら、ここ」

 パレットが指差すのは、金属片の端の部分。茸でいうなら傘の外周部だ。

「ここが刃物になっているわ。もしもあのままあなたがこの取っ手……取っ手だと思ってこの刃物に触れていたら……」

「今頃、オレの掌はずたずたになっていた、というわけか」

 今更ながらにレグナムの背中を冷たい汗が伝う。

 明るい所ならいざ知らず、こんな薄暗い所ではこの罠の見極めはとても難しいだろう。

「しかし、よくこんなのに気づいたわね?」

「気づいたというか……嫌な予感がしただけなんだが……」

 戦場で培った傭兵としての危機感知能力がそうさせたのか。レグナムは咄嗟の勘に従った自分を褒めてやりたくなった。



 『あるない』更新。


 今週は色々と更新したので、結局更新できたのは二話だけでした。

 とりあえず、仕事の方は小康状態といったところ。またすぐに慌ただしくなりそうです。


 さて、またもや私事で恐縮ですが、先日、一年半以上連載の続いた拙作『怪獣咆哮』が完結しました。

 それに併せて、新たな連載も計画しております。一応、三月中には新連載を始める予定。

 もしも気がむいたならば、そちらも覗いてやってください。


 では、次回もよろしくお願いします。


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