「どらごん日記」
魔聖暦193年
セラスティーヴァの月 上の旬 水の週4日
我輩はどらごんである。名前はまだない。ドラゴンというものは本来文字を使用しないものなのであるが、シルヴィア王女が書けというので仕方なくこうして筆を取っている。何が面白いのかはわからぬが、王女は我輩の側でなにやら腹を抱えて笑い転げている。なに? 我輩のような巨体が小さな筆でこうして日記を書いているのがおかしいとな? お前が書けと言ったのであろう。気分を害した。今日はもう筆を置く事にする。
セラスティーヴァの月 中の旬 空の週1日
王女のことを書き忘れていた。王女が我輩の洞窟の前に縄でぐるぐる巻きにされて置かれていたのは、確か4日ほど前のことだった。我輩がいい気分で寝ておるところだったのに、妙に洞窟の入り口が騒がしいので見に行ったら足首から肩にいたるまで縄でぐるぐる巻きにされた人間の女がいた。我輩が「何をしているのか?」と尋ねたら、女は「何をしているようにみえる?」と逆に聞き返してきたので我輩は少し考えて、その姿があまりに珍妙であったので「クロウラーのマネだろうか?」と答えたら「あんたいもむし食べるの?」と聞かれたので「我輩は菜食主義者である」と答えたら女はごろごろと我輩の方に転がってきた。
ちまちまと共通語を書くのは面倒なので少し話を端折ることにする。
女の縄をツメで解いてやると、女は自分は近隣の国の王女であり、我輩への供物として捧げられたと言う。しかし我輩は人間など食いはしないし、周りの国にそんな要求などしていないしとっとと帰れと言ったのだが、戻っても殺されるだけだから我輩の元に置けという。
勝手にしろと放って置いたら我輩の洞窟の隅に勝手に巣を作って住み着きおった。そうして我輩にエサを取って来いだの、日記を書けだのやいやいと騒ぎよる。腹が立ってきたので今日はここで筆を置くことにする。
(途中数十ページは失われている)
魔聖暦195年
ソラセアスの月 上の旬 火の週3日
わたしの名前はシルヴィスティア・レティス・サークリングス。今は無きサークリングス王国の第一王女であった。懐かしさと、一抹の寂しさを感じながら、今この日記を記している。
わたしを救ってくれたやさしいあなたはもういない。
あなたの日記の一部、いやほとんど全てをここから持ち去ることをどうか許して欲しい。
あなたとの思い出は、全てここにある。いや、もう、ここにしか残っていない。
あなたには墓標すら立ててあげることが出来なかった。
この日記をあなたの墓標代わりにここに埋めます。
どうか、安らかに眠って欲しい。
【ドラゴン】【王女】【日記】のお題で書かれました。
榊一郎氏の「ドラゴンズ・ウィル」(富士見ファンタジア文庫)を発想の元としています。
日記形式で、事件を、物語を、綴っていけたらなと思いついて書き始めたものの、十年以上お蔵入りしていました。途中を破る、という反則的な手段で短編として無理やり形にしましたが、いずれはきちんと書き上げたいお話。こんどは何年寝かせるんでしょう…。