第8話 桂木翔、柄にもなく大活躍その2
数メートル走って烈は喘いだ。四年間も閉じ込められていた後のダッシュは、きつそうである。
「翔、俺は走りは無理だ。この巻物を持って一人で行け」
「あほう、何のために来たんだ」
翔は烈を小脇に抱えると、ダッシュで走り出した。烈がかなり痩せていたので出来た技である。追っ手が後ろから拳銃で撃ってきた。慌てて走っていると急に前が開けた。足元は十メートルほどの崖で、下に小さな入り江があり、そこにモーターボートが何隻か繋いであった。急な石の階段で降りるようになっている。
「このまま降りても、標的になるだけだな」
翔たちは一旦追っ手を振り払わなければならないと考え、そこいらの松の木に身を隠し、拳銃を構えた。と言っても、烈が、松の木に身を隠したので、翔も真似をしたのだが、翔は隠れきれなかった。
「烈、俺って向うから見えていそうじゃないかな」
「見えてるぞ、人の真似するなよ」
「そんな、じゃ俺は何処に隠れるんだよ」
「俺に構わずさっさと逃げないからだ」
そうこう言う内に、追っ手が来て打ち合いになった。しかし考えてみると翔は両手で撃つんだから、
「まっ、これでもいいか」
と言う事で左右に顔を出しながら何とか追手の四,五人を倒し、また翔は烈を抱えて階段を降りた。そして翔と烈は速そうな新品のモーターボートを選んで乗って、脱出する事が出来た。次の追手が、崖っぷちの下の洞窟から出てきたが、翔は彼らを直ぐボートから撃って倒した。こっちの方の崖は岩ではなく土を削った断層になっていた。アジトの地下室と言うのは崖下の洞窟から出入りできるように見えた。
背鰭島を脱出して直ぐにすっかり日が暮れて、あたりは真っ暗だった。岸から見てももう闇しか見えないだろう。
「たぶん強さんはこっちに回って島に上がったんでしょうね、俺は向うの岩場を登ってきたんです」
翔は烈に話しかけると、
「どうやら、それが正解だったようだな。俺は今朝までアジトの地下室に閉じ込められていたんだけれど、お前らがやって来ると言う情報が来て、あそこに移し変えられたんだ」
と、烈は笑った。
翔は置いておいたモーターボートの近くまで戻ってみると、辺りは真っ暗でそのボートを見つけるのは一苦労だった。モーターボートのライトをつけてみたが、スイッチの変え方が解らず近くしか照らせない。
「この辺だと思うんだけどなあ」
翔が途方に暮れていると、アジトの方から大きな爆発音がして、一瞬辺りがぱっと明るくなった。たぶん強のした事だろう。そのお陰でボートの位置が何とか掴めた。
「ああ、あそこだったのか、やれやれあいつが居ない時でもお世話になるなあ」
「なんか、お前と強はいいコンビのようだな」
烈が笑いながらボートに乗ろうとすると、ボートの中から、
「お前らの方こそ、たいしたコンビぶりだったな」
と言う声がして、寝転がっていた陽炎こと強が起き上がった。
「早っ、先に戻っていたのか」
翔は驚いた。
「お前らが、お宝に目がくらんでいるうちに、さっさと爆薬を仕込んで逃げたさ。余裕こいているようだから先に戻ったけれど、あまりの遅さに呆れるよ。爆発する時にまだお前らがまごまごあそこに居そうだったら、迎えに行かなきゃならんとこだった」
それを聞いて、烈はけらけらと楽しそうに笑って言った。。
「何言っているんだ。俺たちのボートを追っかけて、此処までたどり着いていただろう。判っているんだぞ。翔がボートを捜してもたもたしているうちに、先を越したんだ」
「ははは、ばれたか。烈の笑い声を聞くのは四年ぶりだな。もう聞けないかと思った事もあった。翔、どうもありがとよ」
強は柄にも無くしんみりと言ってそのままくるっと後ろを向き、また横になった。
過酷な運命に翻弄された挙句、やっと四年ぶりの再会となった二人だが、抱き合って喜び合うでもなく、四年前も多分そうであっただろう様に、冗談を言い合っていた。俺が居るからきまりが悪かったのかなと、翔は思った。気を使おうにも狭いボートの上である。翔は黙ってボートを運転した。その時地元の警察らしいボートが何隻も通り過ぎた。
「あっ、チーフに連絡し忘れていたのに地元警察が動いている。変だな」
翔が驚いて言うと、
「俺がさっき代わりに連絡しておいたよ。お前はどうせ忘れると思ったからな。ああ、俺だってスマホぐらい持っているよ。といっても保釈の時、あのチーフが連絡用に貸してくれたんだけどね」
翔は、チーフの野郎は俺を信用していないなとつくづく思った。
龍宮島に着いたが、店は閉まってお爺さんはもう居なかった。
「喜ぶ爺さんの顔が見られなくて残念だ」
と言いながら、翔たちは連絡船の乗場に行ってみた。運良く本土行きの最終便に間に合った。
かなり大きなフェリーだが最終便だからか、乗客は十人ほどしか居なかった。だが濡れ鼠の自分たちの格好に気が引けて、翔たちは二等客室には行かず船内のレストランに入った。夜十時といえば、食事には遅い時間だったので誰も居ない。その上、ウエイトレスさんも居ない様である。これはかなり都合が良かった。三人は食堂の片隅のテーブルについた。
今時珍しいほど痩せた栄養失調気味の男と、服を着たまま泳ぎを楽しんだらしい様子の二人の男。兄弟のように似ているから、多分夏のバカンスに来たんだろう。何か注文してくれないかなあ。このまま陸に上がったんじゃあ、この便の儲けは無いや。という声が聞こえてきそうなほど、こっちを見ているシェフに気が付いたのは、栄養失調の烈だった。
「翔金貸してくれないか。俺、なんか食べたいな」
翔はそうだったと、
「あっ、気が付かなくてすみません。なんか買って来ましょう。何がいいですか」
と言うと、烈は奥の壁に貼ってあるメニュー表を見ながら、即座に決めかねていた。視力もかなり良いらしい。
「どれも久しぶりだなあ、エビフライ定食にしようか、カツカレーも懐かしいなあ。でも、金が足りるなら、ステーキ定食にしてくれ」
「おい烈、翔は金は結構持っているから、たっぷり驕らせるのはいいんだが、久しぶりにまともな物食べる時に、そういう重たい物は消化に悪いんじゃないか」
と、強が口を挟むと、翔はそれもそうだと、
「そうだ、別にケチるわけじゃないけど、最初はうどんかお粥にしておいた方がいいんじゃないかと思うけど」
と賛成した。
「いやだ、俺はずっと捕まってた間中、逃げたら肉を食おうと思っていたんだ。誰がなんと言おうと肉を食う」
烈は見かけによらず主張を曲げない。と言うより翔の最初の印象は間違いだったと思える。
「うどんかお粥がいいですよ」
「俺が食うんだから、俺の食いたい物を買って来い」
「翔、こいつの言う事は聞くな。うどんを買って来い。たぶんお粥は売ってないだろう」
「ステーキ定食だ」
何を言い争っているか聞こえたシェフは、三人の座っているところまで行くと、気の毒そうに、
「すみませんが、もう遅いのでカレーライスか、すうどんしか有りません」
と詫びた。なんと言うバツの悪さ。
詫びられた烈は顔を赤らめて、言った。
「あ、どうも。じゃあ、うどんで良いです」
翔は、烈は顔が赤くなれるくらいだから、体の方はそれほど深刻な状態ではなさそうだな。やれやれと思ったのだった。だが、こんな状態になるくらいだから、今までは相当な苦労だったろう。しかし自由になったら、烈は全てを忘れたようにあっけらかんと、シェフ自らが持って来てくれたうどんを食べていた。それを見ていた強は言った。
「翔、俺のも頼んで来い」
「ああ、これ以外といけるぞ。翔、二杯目頼む」
うどんを注文しに行きながら、翔はあいつらの逞しさは父親譲りだろうと思うのだった。
お金を払うだけじゃバカバカしいので、翔は自分の分はカレーにして、遅ればせながら食べていた。他の二人はあっという間に食べ終わっていた。そして、少し離れて例の巻物を広げてみようとしていた。
「何で離れるのさ。こっちに来て、俺にも見せてよ」
翔はカレーを食べながら呼ぶと、
「お前の側だと、食い物を溢されて大事な巻物が汚れちゃ困るからな。見たけりゃこっちに来い」
強に言われて翔はムッとした。歳は少ししか離れてないくせに、親父面するなっていうんだ。と思いながら席を立ち言ってやった。
「だいたい、そういう古文書は、昔言葉で書いてあるはずだ。あんたら外国育ちの癖にそういうのを読めるのか」
「親父から少しぐらいなら習っているさ」
言いながら、強は巻物を解くと、絶句した。
「ほら見ろ。読めないくせに、俺の姉たちは大学の国文科に行っていたんだ。その時俺はその教科書を良く見ていたんだ」
翔は余裕の微笑を浮かべながら、ほらを吹きつつ巻物を見てみた。
「なんだこのミミズの走ったようなのは、これが字か。漢字の所もぐしゃぐしゃじゃないか。なんと言う下手糞な字。これじゃあ読めん」
烈は笑いながら、
「本国育ちにしちゃあ、草書っていうものも知らないようじゃないか。お前は」
「ソウショ?なんだそれ、まあ家に帰ってお姉ちゃんたちに見せれば読んでくれるよ。それは間違いない。とにかく、ここには汝の敵を愛せよ、いやお前の敵、お主の敵だったかな、まあそういった意味の事が書いてある。これは本当だ」
翔は汚名挽回とばかりに、先日広永和夫から聞いたばかりの事を受け売りで披露した。
すると強は呆れたように翔を睨むと、巻物のミミズを指差し、
「あほうそのくらい俺らの一族では常識だ。そのあとに、もじゃもじゃ書いてある、ここん所が知りたいんだ」
強に馬鹿にされて、
「なにがあほうだ。お前は俺の今日の活躍を見ていないから、そうゆう俺を馬鹿にした態度しか取れないんだ。烈、ちょっと説明してやれよ」
「はいはい、翔は偶然とは言え最短で俺の所へ来たよ」
「偶然とは何だ、偶然とは。おれはちゃんと情報不足の処は自分で推理して行ったんだぞ」
翔はまたほらを交えて言い返すと、強にまたやり込められてしまった。
「島の婆さんに聞くのが推理か」
何故か知らないけれどこの男は何でもお見通しだ。初めから分っていた事ではないか。しょんぼりしていたら、
「もうこいつは外すか。うるさくてかなわん」
と強は翔のシャツの首筋から小さなマイクを外した。
翔は、そうだったのかと、何時付けられたのか判らなかった隠しマイクを睨みながら、気を取り直して無事に救出した事を家に報告しようと、スマホを掛ける事にした。父に報告すると、何時戻ってくるか聞くので、
「川田に迎えに来させるつもりだ。明日の夕方までには帰る」
と、伝えておいた。きっと宴会の準備をするつもりだ。次に川田に連絡をして迎えを頼むと、
「今からかよ、もう夜中だろう。家に帰って眠ろうと思ったとこなのに」
渋る返事だった。
「なんだよ、明日の朝そっちを出発してもどうせこっちには夕刻しかつかないし、そしたら、帰りはどうせ夜中じゃないか、同じことだよ。さっさと来いよ。それに宴会が、」
と翔が言いかけると、川田は遮って口調を変えていった。
「あ、リラさんが運転してくれるって言ってますから、直ぐ出ます」
翔は驚愕した。
「なんで横にリラさんが」
すると川田はのんきそうに言った。
「あれ、今俺、翔んちに居るって言っていなかったっけ」
「俺の家に居たのか、いや、別にいいんだ」
翔は、リラが川田を値踏みするためにデートしているとか、川田がリラを気に入ってデートに誘ったとか、想像したのを感づかれまいと慌ててスマホを切った。
「どうかしたのか」
強が、翔の様子が変わったのに気が付き訊ねた。
「いや、なんでもない。明日の朝こっちに迎えが来るから。本土に着いたらどこか泊まる所を捜さないと。俺一寸外の風にあたって来るよ」
そう答えた翔は、ふらっと外へでた。動転した気持ちを落ち着かせるためだ。
というのも、リラが川田と一緒に居ると勘違いした時、翔の心にジェラシーの炎が、チロリと燃えたのだった。その事が自分でも意外でショックだったのだ。




