フン姐さん
一ぴきの、それはそれはきれいな、姐さんねこが、へいの上から、建ちくげんばを見おろしていました。
そして、フンッ!
鼻をならしました。
「フンッ、ばかなやつ」
姐さんは、このあたりの、ボスねこの……なんでしょう? 奥さん? 恋人? とにかく、なんというか、お相手です。
こわーいボスねこ。いつものっしのっし、いばって歩いているボスねこも、この姐さんには頭があがりません。
姐さんのことが大好きで、いつも、猫なで声でごきげんとって、ほしいものは、なんだって、プレゼントしています。
でも、だからって、姐さんは、ありがとうのひとことも、いってあげないんですって。
「なによ、こんなもの。あたし、ほしいなんて、いわなかったわ。あんたが、かってに、もってきただけ。でも、かわいそうだから、もらっておいてあげる。ありがたく思いなさいな」
そして、フンッ!
鼻をならすのです。
ボスったら、そうやって、フンッてされたら、かえって、よろこんで、えへっ、えへへっ、ってなっちゃうの。
それで、なんだって、姐さんの、いいなりに、なっちゃうんですって。へんなの!
その姐さんが、いま、見おろしているのは、じゅうたく地のすみっこの、建ちくげんば。
ずっとあき家だったのを、いったんこわして、たてなおすんだって。
ここのところ、なんびきかのニンゲンが、まいにち、あきずに、トントン、カンカン、やってます。ものずきですね。
でも、ものずきなのは、姐さんも、いっしょかしら?
だって、このところ、姐さんは、その工事げんばを、ちょくちょく、のぞきにきているのですもの。
なんでって?
そう、それは……。
*
子どものころ。
うんと、ちいさかったころ。
姐さんは、こわされるまえの、そのあき家に、すんでいたの。
やさしいおかあさんがいて。
やさしい兄さんたちがいて。
ちびの弟だって、いたのです。
みんないっしょに、にゃあにゃあ、ごろごろ。
あそんだり、ごはんをたべたり、おかあさんに、甘えたり。
そのころは、姐さんも、まだ、フンッ、ばかりは、いっていなかったのよ?
でも、なにしろ、ボスも、手下も、わかいのも、おじさんも――オスっていうオスを、みんなむちゅうにさせてしまう、姐さんだもの。
兄さんたちだって、やっぱり、しょせん、オスよねえ。妹のことが、すきで、すきで。もう、かわいくって、しかたないって感じ。どれだけ甘やかしても、たりないみたいでした。
姐さんも、めいっぱい、甘えてあげたの。そしたら、兄さんたちったら、ごはんでも、おやつでも、オモチャでも、なんでも分けてくれるのです。よこどりしたって、おこらないの。
「もう、妹ちゃんは、しょうがないなあ」
かえって、はりあいが、ないくらい。
弟だって、そう。
姉さん、姉さん――まとわりついてきて。うっとうしいから、けっころがしてやったのに。あそんでもらえたと思って、かえって、なついてくるのだもの。ほんと、ばか。
たまに、おかあさんに、お小言をもらうことはありました。
でも、それだって、毛づくろいしながら、やさしく、いいきかせるだけ。女の子はもっと、すなおでなくっちゃあ、ですって。
フンッ!
そんなんじゃ、生きていけないわ。ノラってキビシイんだから。まわり、みんな、テキなんだから。
顔にはださなかったけれど、こころのなかでは、姐さんは、いつだって、そう思っていたのでした。
*
ほんとの、ほんと。あんのじょう。じっさい、生きていかれなかったじゃない、そんなんじゃ。
いまだって、姐さんは、そう思います。
だって、おかあさんは、ある日、ごはんを狩りにいったっきり、とうとう、帰ってこなくなったから……。
ニンゲンにつかまったか、交つう事こにあったか、テンテキのヘビにでもやられたか、知らないけれど――
そらみたことか。いわんっこっちゃない。
どうせ、どこかで、のたれ死んだんだわ。
姐さんは、そう思いました。
そして、フンッ!
思いっきり、鼻をならしました。
そのときからですよ。
姐さんが、フンッ、フンッ、ばかりいうようになったのは。
しかも、そのあと、いちばん上の兄さんが、
「おかあさんを、さがしてくる」
そういって、出ていったの。
そして、それきり、帰ってこなかったの。
そらみたことか。いわんっこっちゃない。
どうせ、どこかで、のたれ死んだんだわ。
姐さんは、そう思いました。
そして、フンッ!
鼻をならしました。
だけど、まだまだ、それだけじゃない。
つぎには、にばんめの兄さんが、
「兄さんを、さがしてくる」
そういって、出ていったの。
そして、それきり、帰ってこなかったの。
そらみたことか。いわんっこっちゃない。
どうせ、どこかで、のたれ死んだんだわ。
姐さんは、やっぱり、そう思いました。
フンッ! フンッ!
鼻をならしました。
そして、とうとう、さんばんめの兄さんまで、いったのです。
「おかあさんも、兄さんたちも、しんぱいだけど。でも、このままじゃ、お腹が空いて、死んでしまうよ。ぼく、ごはんをさがしてくる。おまえたちは、待っておいで」
ああ、もう、ばかみたい。
ひとの、しんぱい、してる場合?
ほんとの狩りなんて、したことないくせに。
おかあさんが、用意してくれた、手ごろなエモノで、ちょっとれんしゅうしたことがあるだけのくせに。
それだって、兄さんたちのなかで、いちばん、ヘタなくせに。
なにが「待っておいで」よ。
かっこ、つけるんじゃ、ないわよ。
姐さんは、いらいら、いらいら、いらいら――しました。
だから、いったのでした。
「いやよ。兄さんまで、帰ってこなかったら、どうするの。あたし、いっしょに、いくわ。おいしいごはん、とってくれたら、うんと、やさしくしてあげてよ」
兄さんったら、ちょっとぺろぺろしてあげたら、赤くなって、もじもじして。
「じゃあ、おいでよ」
フンッ。
チョロイったら、ないんだから。
*
そうして、ちびの弟をおいて、二ひきは外へ――。
でも、兄さんったら、かっこつけたくせに、やっぱり狩りがへたくそで。トカゲ一ぴき、とれなくて。おまけに、ずっとなんにも食べてないから、へろへろで。とうとう、へばってしまったの。
すると、そこへ、あの三下の、おじさんねこが、あらわれたのだわ。
「わっはっは」
いったい、いつから見てたのでしょう。ブロックべいの上にじんどって、笑うのです。
「ぼうやに狩りなんて、じゅうねん早いぜ。おとなしく、ママのおっぱいでも、すってるんだな」
ヤなやつ。兄さんみたいな、こねこあいてに、おとなげない。どうせ、弱い相手にしか、いばれないんでしょ。強い相手には、ペコペコ、へいこら。どっしようもない小物よね。
……でも、さいしょの"ふみ台"には、ちょうど、てごろな相手かしら?
そう思って、姐さんは、さそいをかけてみたのでした。
「ねえ、あなただったら、あんなの、かんたん?」
そしたら、そのおじさん、にやっとわらって、へいから、とびおりて。つぎに顔をあげたときには、もう、トカゲをがっちり、くわえていたのでした。
フンッ!
なにさ、ぺてん師
さきに狩っておいたトカゲを、あらかじめ、そこに、かくしておいただけじゃない。
それを、さも、でんこうせっか、その場で狩ったみたいに、見せかけたのよね。
姐さんには、バレバレでした。
でも、だから、なに?
いまは、とにかく、ごはんにありつくのが、せんけつです。
そのおじさんねこが、そうまでして、姐さんの気をひこうとしているんなら、かえって、だましやすいというものです。
だから姐さん、おじさんのにおいを、がまんしながら、すりすり、うふん。
「あなたって、つよいのね」
おだてて、こびて、あげたのでした。
おじさんねこは、えへら、えへら。鼻の下をのばして、よろこんで。見られた顔じゃ、ありませんでしたよ。
そうして、姐さんは、そのおじさんに、ついていって。しばらく、いっしょに、くらしたの。
まいにち、思わせぶりに、気をひいて。だけど、じらして、つきはなして――さんざん、きりきりまい、させてあげたわ。
わかい女の子に、モテたくってしかたない、おじさんねこは、もう、なんだっていいなりです。
こうしてあげたら、チューしてくれないか。ああしてあげたら、どうだろう。だって、ツンツンするのは、てれかくし。ほんとは、あの子だって、おいらのことを、好きなはずさ……なんて。
きたいして、うらぎられて、それでも、あきらめられない。
そんな、三下のおじさんを、
「フンッ!」
姐さんは、ゴミを見る目で、見てあげるのでした。
そしたら、おじさんは、かえって「ぞっこん」に、なるのでした。
*
ときどき、さんばんめの兄さんを、思いだします。
おきざりにしたけれど、あのあと、どうした? どうなった?
姐さんには、わかりません。
でも、どうせ――
どこかで、のたれ死んだんだわ。
そう思います。
そして鼻をならします。
フンッ!
あたし、知らない。知ったこっちゃない。
兄さんが、わるいのよ。
あたしなんか、信じるから。
それが、メスってものじゃない?
姐さんは、頭をふって、フンッ、フンッ、フンッ!
「なによ、まけるもんですか」
だって、三下のおじさんなんて、ただのふみ台。
まだまだ、勝負はこれからです。
オスをだます、手れん手くだを、みがきに、みがいて。
ごはんも、おやつも、あんぜんなねぐらも、みつがせて。
しぼれるだけ、しぼりとったら、さっさとポイー。
オスなんて、つぎからつぎへ、とっかえひっかえ。
すこしでも、じょうとうな、つよいオスを、手にいれて。
のしあがって、いくのです。
つよく、生きて、いくのです。
むかしのことなんか、気にしている場合では、ないのです。
*
そうして、いつか、ご近所のオスねこたち、みんながみんな、とびっきりみりょく的な、姐さんに、むちゅうになって。
だれが、あの子のハートを、いとめるか――
いのちがけの、そうだつ戦が、はじまって。
とうとう、このあたりいちばんの、ボスねこが、勝利をおさめることになったのでした。
ボスねこは、姐さんに、もう「ぞっこん」。
むかしの三下と、変りゃしません。
思わせぶりに、気をひいて――
だけど、じらして、つきはなして――
かんたん、イチコロ。ちょろい、ちょろい。
姐さんったら、あっというまに、ボスねこを、すっかりお尻に敷いてしまいました。
姐さんを、おびやかすものなんて、だから、いまは、もう、なんにもありません。
ボスのなわばりは、このあたりで、いちばん大きくって。
手下だって、いっぱいで。
ごはんも、おやつも、あんぜんなねぐらも――ほしいものはなんだって手に入ります。
たとえ、あと何年かたって、ボスがおいぼれの役立たずになったって、姐さんは、まだまだ、じゅうぶんわかい、美人ねこ。
ボスのかわりなんて、いくらだって、見つかるでしょう。
「そうよ、あたし、勝ったのよ」
フン姐さんは、フンッ! フンッ! フンッ!
ブロックべいから、建ちくげんばを見おろします。
あたし、まんぞく。
あたし、おりこう。
あんたみたいな、おひとよしの、バカじゃないわ。
そのとき、建ちくげんばでは……。
*
「ほーら、タマ。ずいぶん、できてきただろう。パパたちの、おしごとだぞう」
作ぎょう員の、さとうさんが、とろけるような声で、いいました。
こねこを抱きあげ、建ちく中のたてものを、見せてやっています。
ごろごろ。
にゃあん。
こねこは、甘ったれた声をあげています。
なんだ、またきたのか――こうむ店の、なかまたちが、あきれたみたいに、いいました。
おしごとちゅうは、おるすばん。飼い主の、さとうさんも、いちおう、そういいきかせてはいるのですけれど。
でも、さとうさんのことが、だいすきな、そのこねこ。けっきょく、いつも、げんばに、きてしまうのです。いつのまにか、いるのです。
だめじゃないか、しかたないやつだなあ――なんて、口ではそういいながら、さとうさんは、もうメロメロ。
同りょうたちは、あきれて、ふたりを、わらいます。
でも、その同りょうのひとたちだって――ほらほら、ほれほれ――こねこののどをなでてみたり、そのへんのざっ草で、じゃらしてみたり。
なんだかんだ、その子を、かまいたがるのでした。
フンッ!
姐さんは鼻をならしました。
そうです。
それは、姐さんも、知ってる、こねこ。
さいごに、あき家にのこされた、いちばんちびの、弟ねこ。
工事のまえに、見つかって。てっきり、死がいだと思ったら、ぴくっと、うごいて、生きていて。
さとうさんが、あわてて、じゅう医さんに、かけこんで。
いっしょうけんめい、かんびょうして。
すっかり、元気に、なったのです。
それから、さとうさんが、むずかしい書るいなんか、かいてくれて。「タマ」なんて、名まえまで、つけてくれて。
よぼう注射は、いっぱい、痛かったけれど……。
はれて、さとうさんちの子に、なったのです。
姐さんは、ときどき、ようすを見にきます。
タマは気づいていません。
姐さんも、名のりません。
ただ、とおくから、見ています。
そして、フンッ!
鼻をならしてやるのです。
なによ、家ねこになるなんて、バッカじゃなかろか。
そんな、輪っかなんか、はめちゃってさ。
まあ、あんたみたいな、あまちゃんには、おにあいかしら。
せいぜい、かわいがって、もらうがいいわ。
しあわせに、なんなさいよ。
兄さんたちのぶんまでさ。
「……フンッ!」
姐さんは、さもケーベツしたみたいに、しっぽをふるのでした。




