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お花畑の子ねこたち

フン姐さん

作者: 七瀬みる
掲載日:2026/06/06

 一ぴきの、それはそれはきれいな、姐さんねこが、へいの上から、建ちくげんばを見おろしていました。

 そして、フンッ!

 鼻をならしました。

「フンッ、ばかなやつ」

 姐さんは、このあたりの、ボスねこの……なんでしょう? 奥さん? 恋人? とにかく、なんというか、お相手です。

 こわーいボスねこ。いつものっしのっし、いばって歩いているボスねこも、この姐さんには頭があがりません。

 姐さんのことが大好きで、いつも、猫なで声でごきげんとって、ほしいものは、なんだって、プレゼントしています。

 でも、だからって、姐さんは、ありがとうのひとことも、いってあげないんですって。

「なによ、こんなもの。あたし、ほしいなんて、いわなかったわ。あんたが、かってに、もってきただけ。でも、かわいそうだから、もらっておいてあげる。ありがたく思いなさいな」

 そして、フンッ!

 鼻をならすのです。

 ボスったら、そうやって、フンッてされたら、かえって、よろこんで、えへっ、えへへっ、ってなっちゃうの。

 それで、なんだって、姐さんの、いいなりに、なっちゃうんですって。へんなの!


 その姐さんが、いま、見おろしているのは、じゅうたく地のすみっこの、建ちくげんば。

 ずっとあき家だったのを、いったんこわして、たてなおすんだって。

 ここのところ、なんびきかのニンゲンが、まいにち、あきずに、トントン、カンカン、やってます。ものずきですね。

 でも、ものずきなのは、姐さんも、いっしょかしら?

 だって、このところ、姐さんは、その工事げんばを、ちょくちょく、のぞきにきているのですもの。

 なんでって?

 そう、それは……。


  *


 子どものころ。

 うんと、ちいさかったころ。

 姐さんは、こわされるまえの、そのあき家に、すんでいたの。

 やさしいおかあさんがいて。

 やさしい兄さんたちがいて。

 ちびの弟だって、いたのです。

 みんないっしょに、にゃあにゃあ、ごろごろ。

 あそんだり、ごはんをたべたり、おかあさんに、甘えたり。

 そのころは、姐さんも、まだ、フンッ、ばかりは、いっていなかったのよ?

 でも、なにしろ、ボスも、手下も、わかいのも、おじさんも――オスっていうオスを、みんなむちゅうにさせてしまう、姐さんだもの。

 兄さんたちだって、やっぱり、しょせん、オスよねえ。妹のことが、すきで、すきで。もう、かわいくって、しかたないって感じ。どれだけ甘やかしても、たりないみたいでした。

 姐さんも、めいっぱい、甘えてあげたの。そしたら、兄さんたちったら、ごはんでも、おやつでも、オモチャでも、なんでも分けてくれるのです。よこどりしたって、おこらないの。

「もう、妹ちゃんは、しょうがないなあ」

 かえって、はりあいが、ないくらい。

 弟だって、そう。

 姉さん、姉さん――まとわりついてきて。うっとうしいから、けっころがしてやったのに。あそんでもらえたと思って、かえって、なついてくるのだもの。ほんと、ばか。

 たまに、おかあさんに、お小言をもらうことはありました。

 でも、それだって、毛づくろいしながら、やさしく、いいきかせるだけ。女の子はもっと、すなおでなくっちゃあ、ですって。

 フンッ!

 そんなんじゃ、生きていけないわ。ノラってキビシイんだから。まわり、みんな、テキなんだから。

 顔にはださなかったけれど、こころのなかでは、姐さんは、いつだって、そう思っていたのでした。


  *


 ほんとの、ほんと。あんのじょう。じっさい、生きていかれなかったじゃない、そんなんじゃ。

 いまだって、姐さんは、そう思います。

 だって、おかあさんは、ある日、ごはんを狩りにいったっきり、とうとう、帰ってこなくなったから……。

 ニンゲンにつかまったか、交つう事こにあったか、テンテキのヘビにでもやられたか、知らないけれど――

 そらみたことか。いわんっこっちゃない。

 どうせ、どこかで、のたれ死んだんだわ。

 姐さんは、そう思いました。

 そして、フンッ!

 思いっきり、鼻をならしました。

 そのときからですよ。

 姐さんが、フンッ、フンッ、ばかりいうようになったのは。


 しかも、そのあと、いちばん上の兄さんが、

「おかあさんを、さがしてくる」

 そういって、出ていったの。

 そして、それきり、帰ってこなかったの。

 そらみたことか。いわんっこっちゃない。

 どうせ、どこかで、のたれ死んだんだわ。

 姐さんは、そう思いました。

 そして、フンッ!

 鼻をならしました。


 だけど、まだまだ、それだけじゃない。

 つぎには、にばんめの兄さんが、

「兄さんを、さがしてくる」

 そういって、出ていったの。

 そして、それきり、帰ってこなかったの。

 そらみたことか。いわんっこっちゃない。

 どうせ、どこかで、のたれ死んだんだわ。

 姐さんは、やっぱり、そう思いました。

 フンッ! フンッ!

 鼻をならしました。


 そして、とうとう、さんばんめの兄さんまで、いったのです。

「おかあさんも、兄さんたちも、しんぱいだけど。でも、このままじゃ、お腹が空いて、死んでしまうよ。ぼく、ごはんをさがしてくる。おまえたちは、待っておいで」

 ああ、もう、ばかみたい。

 ひとの、しんぱい、してる場合?

 ほんとの狩りなんて、したことないくせに。

 おかあさんが、用意してくれた、手ごろなエモノで、ちょっとれんしゅうしたことがあるだけのくせに。

 それだって、兄さんたちのなかで、いちばん、ヘタなくせに。

 なにが「待っておいで」よ。

 かっこ、つけるんじゃ、ないわよ。

 姐さんは、いらいら、いらいら、いらいら――しました。

 だから、いったのでした。

「いやよ。兄さんまで、帰ってこなかったら、どうするの。あたし、いっしょに、いくわ。おいしいごはん、とってくれたら、うんと、やさしくしてあげてよ」

 兄さんったら、ちょっとぺろぺろしてあげたら、赤くなって、もじもじして。

「じゃあ、おいでよ」

 フンッ。

 チョロイったら、ないんだから。


  *


 そうして、ちびの弟をおいて、二ひきは外へ――。

 

 でも、兄さんったら、かっこつけたくせに、やっぱり狩りがへたくそで。トカゲ一ぴき、とれなくて。おまけに、ずっとなんにも食べてないから、へろへろで。とうとう、へばってしまったの。

 すると、そこへ、あの三下の、おじさんねこが、あらわれたのだわ。

「わっはっは」

 いったい、いつから見てたのでしょう。ブロックべいの上にじんどって、笑うのです。

「ぼうやに狩りなんて、じゅうねん早いぜ。おとなしく、ママのおっぱいでも、すってるんだな」

 ヤなやつ。兄さんみたいな、こねこあいてに、おとなげない。どうせ、弱い相手にしか、いばれないんでしょ。強い相手には、ペコペコ、へいこら。どっしようもない小物よね。

 ……でも、さいしょの"ふみ台"には、ちょうど、てごろな相手かしら?

 そう思って、姐さんは、さそいをかけてみたのでした。

「ねえ、あなただったら、あんなの、かんたん?」

 そしたら、そのおじさん、にやっとわらって、へいから、とびおりて。つぎに顔をあげたときには、もう、トカゲをがっちり、くわえていたのでした。

 フンッ!

 なにさ、ぺてん師

 さきに狩っておいたトカゲを、あらかじめ、そこに、かくしておいただけじゃない。

 それを、さも、でんこうせっか、その場で狩ったみたいに、見せかけたのよね。

 姐さんには、バレバレでした。

 でも、だから、なに?

 いまは、とにかく、ごはんにありつくのが、せんけつです。

 そのおじさんねこが、そうまでして、姐さんの気をひこうとしているんなら、かえって、だましやすいというものです。

 だから姐さん、おじさんのにおいを、がまんしながら、すりすり、うふん。

「あなたって、つよいのね」

 おだてて、こびて、あげたのでした。

 おじさんねこは、えへら、えへら。鼻の下をのばして、よろこんで。見られた顔じゃ、ありませんでしたよ。


 そうして、姐さんは、そのおじさんに、ついていって。しばらく、いっしょに、くらしたの。

 まいにち、思わせぶりに、気をひいて。だけど、じらして、つきはなして――さんざん、きりきりまい、させてあげたわ。

 わかい女の子に、モテたくってしかたない、おじさんねこは、もう、なんだっていいなりです。

 こうしてあげたら、チューしてくれないか。ああしてあげたら、どうだろう。だって、ツンツンするのは、てれかくし。ほんとは、あの子だって、おいらのことを、好きなはずさ……なんて。

 きたいして、うらぎられて、それでも、あきらめられない。

 そんな、三下のおじさんを、

「フンッ!」

 姐さんは、ゴミを見る目で、見てあげるのでした。

 そしたら、おじさんは、かえって「ぞっこん」に、なるのでした。


  *


 ときどき、さんばんめの兄さんを、思いだします。

 おきざりにしたけれど、あのあと、どうした? どうなった?

 姐さんには、わかりません。

 でも、どうせ――

 どこかで、のたれ死んだんだわ。

 そう思います。

 そして鼻をならします。

 フンッ!

 あたし、知らない。知ったこっちゃない。

 兄さんが、わるいのよ。

 あたしなんか、信じるから。

 それが、メスってものじゃない?

 姐さんは、頭をふって、フンッ、フンッ、フンッ!


「なによ、まけるもんですか」


 だって、三下のおじさんなんて、ただのふみ台。

 まだまだ、勝負はこれからです。

 オスをだます、手れん手くだを、みがきに、みがいて。

 ごはんも、おやつも、あんぜんなねぐらも、みつがせて。

 しぼれるだけ、しぼりとったら、さっさとポイー。

 オスなんて、つぎからつぎへ、とっかえひっかえ。

 すこしでも、じょうとうな、つよいオスを、手にいれて。

 のしあがって、いくのです。

 つよく、生きて、いくのです。

 むかしのことなんか、気にしている場合では、ないのです。


  *


 そうして、いつか、ご近所のオスねこたち、みんながみんな、とびっきりみりょく的な、姐さんに、むちゅうになって。

 だれが、あの子のハートを、いとめるか――

 いのちがけの、そうだつ戦が、はじまって。

 とうとう、このあたりいちばんの、ボスねこが、勝利をおさめることになったのでした。


 ボスねこは、姐さんに、もう「ぞっこん」。

 むかしの三下と、変りゃしません。

 思わせぶりに、気をひいて――

 だけど、じらして、つきはなして――

 かんたん、イチコロ。ちょろい、ちょろい。

 姐さんったら、あっというまに、ボスねこを、すっかりお尻に敷いてしまいました。


 姐さんを、おびやかすものなんて、だから、いまは、もう、なんにもありません。

 ボスのなわばりは、このあたりで、いちばん大きくって。

 手下だって、いっぱいで。

 ごはんも、おやつも、あんぜんなねぐらも――ほしいものはなんだって手に入ります。

 たとえ、あと何年かたって、ボスがおいぼれの役立たずになったって、姐さんは、まだまだ、じゅうぶんわかい、美人ねこ。

 ボスのかわりなんて、いくらだって、見つかるでしょう。


「そうよ、あたし、勝ったのよ」


 フン姐さんは、フンッ! フンッ! フンッ!

 ブロックべいから、建ちくげんばを見おろします。

 あたし、まんぞく。

 あたし、おりこう。

 あんたみたいな、おひとよしの、バカじゃないわ。


 そのとき、建ちくげんばでは……。


  *


「ほーら、タマ。ずいぶん、できてきただろう。パパたちの、おしごとだぞう」

 作ぎょう員の、さとうさんが、とろけるような声で、いいました。

 こねこを抱きあげ、建ちく中のたてものを、見せてやっています。

 ごろごろ。

 にゃあん。

 こねこは、甘ったれた声をあげています。

 なんだ、またきたのか――こうむ店の、なかまたちが、あきれたみたいに、いいました。

 おしごとちゅうは、おるすばん。飼い主の、さとうさんも、いちおう、そういいきかせてはいるのですけれど。

 でも、さとうさんのことが、だいすきな、そのこねこ。けっきょく、いつも、げんばに、きてしまうのです。いつのまにか、いるのです。

 だめじゃないか、しかたないやつだなあ――なんて、口ではそういいながら、さとうさんは、もうメロメロ。

 同りょうたちは、あきれて、ふたりを、わらいます。

 でも、その同りょうのひとたちだって――ほらほら、ほれほれ――こねこののどをなでてみたり、そのへんのざっ草で、じゃらしてみたり。

 なんだかんだ、その子を、かまいたがるのでした。


 フンッ!


 姐さんは鼻をならしました。

 そうです。

 それは、姐さんも、知ってる、こねこ。

 さいごに、あき家にのこされた、いちばんちびの、弟ねこ。

 工事のまえに、見つかって。てっきり、死がいだと思ったら、ぴくっと、うごいて、生きていて。

 さとうさんが、あわてて、じゅう医さんに、かけこんで。

 いっしょうけんめい、かんびょうして。

 すっかり、元気に、なったのです。

 それから、さとうさんが、むずかしい書るいなんか、かいてくれて。「タマ」なんて、名まえまで、つけてくれて。

 よぼう注射は、いっぱい、痛かったけれど……。

 はれて、さとうさんちの子に、なったのです。


 姐さんは、ときどき、ようすを見にきます。

 タマは気づいていません。

 姐さんも、名のりません。

 ただ、とおくから、見ています。

 そして、フンッ!

 鼻をならしてやるのです。

 なによ、家ねこになるなんて、バッカじゃなかろか。

 そんな、輪っかなんか、はめちゃってさ。

 まあ、あんたみたいな、あまちゃんには、おにあいかしら。

 せいぜい、かわいがって、もらうがいいわ。

 しあわせに、なんなさいよ。

 兄さんたちのぶんまでさ。


「……フンッ!」


 姐さんは、さもケーベツしたみたいに、しっぽをふるのでした。


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― 新着の感想 ―
お姉さん猫の生き方、生き抜くために逞しくて賢いけれど悲しいですね。 フンッという口癖がそれを表しているような気がします。 弟猫の幸せに嬉しくなりました。 お姉さん猫も遠くから見守っていて、それがお姉さ…
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