第一章第五話『春ゆかば』
※本日更新分より、一コマだけの挿絵を描くことにしました(過去エピソードも順次追加予定です)
全裸で毛布にうずくまるミリアを横目に、専用回路に繋いだトランシーバーから、美美の子機に接続する。通話はすぐに開始された。彼女はすぐそこのアジトにいたようで、ひとまずジャンク品の中から比較的綺麗な女性服を持ってくるとのことだった。赤虎からことの顛末を聞いているのだろう、話が早い。
「ミリア。空賊の仲間に一人だけ女がいるんだ。そいつに使いを頼んだから、着られそうな服を見繕ってもらおう」
「……女?猜の友達?」
「そんな感じかな。空賊団の奴らは基本的に俺たちの味方だ。心配ない。ただし、ノングラであることはバレないように」
「うん、わかった」
およそ15分後、工房のドアが勢いよくノックされた。覗き穴の向こう側では、ちんまりとした少女が地下水道のほの暗い明かりに照らされていた。
「合言葉は?」
「春ゆかば」
よどみなく答える美美の表情は、少し呆れているようにも見える。事情は承知の上といえど、急に女物の服を届けさせられることになった以上、思うところがあるのかもしれないな。
「ありがとう、美美。非常事態だ、今日は君も工房に入っていい」
「えっ?ラッキー。初めて入るわ、お邪魔しまーーす」
ふわふわとした雰囲気のミリアとは対照的に、美美は元気いっぱいの子供のような雰囲気を纏っている。何も知らない人が見たら、美美は10歳そこらの子供にしか思えないだろう。18歳で成人を迎える地國人からみても、あまりにも幼い姿形。これには事情があるのだが……彼女は別に、ノングラというわけではない。
「あ、あなたは?」
「あたしは美美。日々美しくあれ、という意味よ。赤虎の第一子分はあたし。そこの猜は第五子分くらいね」
想像よりも遥かに幼い少女が、一丁前に口を聞く姿にミリアは驚いたようだ。
「……こんなに小さい女の子でも、空賊なの?」
「あのねぇ、空賊は下賎な仕事ってわけじゃないの。あなたみたいな機械人間にはわからない事情があるのよ。立派なレディに向かって、小さい女の子なんて失礼だこと」
「喧嘩はやめろ。失礼なのはお互いさまじゃないか?美美」
「はぁい」
ベラベラと喋り倒し満足した美美はするりと俺の隣を抜けて、さっそく女物の服を次々に広げ始めた。天國のデザインにも見えるワンピースや、地國のトレンドだったパーカー、スカート、コートやジャケット……スタンダードな和服に至るまでいくつか種類がある。好みに合わせてミリアに選ばせようとしたのか、さまざまなデザインを見繕ってきてくれたようだ。この短時間で、そこまで気が回るのは流石。美美のキツい物言いとは裏腹な思いやりや優しさに、俺も赤虎も信頼をおいている。
「ごめんなさい、美美さん。あと…服をありがとう」
ミリアは素直に謝り、申し訳なさそうな表情を浮かべている。一目で美美の実年齢を見抜けるやつなんていないから、こればかりは仕方ない。義肢に浮かれて踊ろうとしていたときとは別人のように落ち込むミリアだったが、それだけ彼女の表情がコロコロ変わりうることや、素直に感情表現できることを知れたのは悪くない。ミリアは、とても素直な性格をしているようだった。
「実美でいいよ。あなたもそんな体になったなら覚えておきなさい。人の見た目にかんすることは、どんな内容でも極力口にするのを控えることね」
「本当に、そうだよね……ありがとう」
「もう気にしないで。あたしも言いすぎたわ、許してね。せめて可愛い服でも着て気分変えていきましょ。さぁ猜早く外に出て!」
「えっ……俺?」
突然白羽の矢が立てられたことに動揺して、思わず素っ頓狂な声が出てしまった。ミリアも戸惑っている。
「猜が外に?猜の工房なのに?」
「だって、これから着替えるのよ??裸なんて何度も見たのに今更ーーとか言うつもり?そういう無神経なところがあんたのモテない理由。あぁこの子、髪もギシギシじゃない。あたしがそこの流しで洗ったげるから!ロングヘアは乾かすのに時間かかるわよー」
ぐいぐいと背中を押し出されるようにして、半ば無理やりに工房のドアの外へと追いやられる。俺の秘匿の工房のはずが、いつの間にか美美とミリアのための女性更衣室になってしまった。想定外の事態に空いた口が塞がらない。
しかし……このような事態を想定して、あらかじめ、ミリアの胸の宝玉に人工皮膚を被せておいたのは正解だった。我ながらいい判断だったと思う。これで、美美にミリアがノングラだとバレずに済むだろう。
薄暗い地下水道で着替えをただ待ち続けるのも気が引けた俺は、そのまま地上に出て外の様子を見ることにした。義肢作りを開始して以降、およそ一週間ぶりの地上。マンホールの外には、いつもと変わらない相模の街並みがあるのだろう。そういえば腹も減っている。なんだか無性に、卜師のところの蕎麦を食べたくなった。
工房を背にして二つめの曲がり角をまっすぐ進み、通路を足早に駆け抜ける。地下水路に合流したあとは正面の梯子を登れば、アジトの一本裏道に出る。何度も何度も通った変わり映えのないルートも、一仕事終えた後だからか、どこか違う世界のもののような新鮮さを醸していた。
梅処の政策により、地國のインフラは過剰なほどに整備されている。ここは地下水道にもかかわらず不衛生な要素がいっさいなく、下水の悪臭のほんのひとひらさえ漂うことがない。そのため、まるで地下都市のようにマンホール下の世界が発展している街もあると聞いたことがある。俺はそんな、古き良き文化と近代文明が迎合した地國を好ましく思っている。
重たいマンホールの蓋を上に押し上げたその瞬間、ひらりと何かが目の前を舞った。
「桜……?」
暗がりの中に浮かび上がる、視界いっぱいの桜並木。俺が地下の工房に篭りきりだったこの一週間のうちに、いつの間にか桜が満開を迎えていたようだ。まるで吹雪のように舞い散る無数の花びらに、季節が春であったことを思い出す。
天國に桜があるのかは知らないが、ここまで立派な桜並木は地國広しといえどそうそうない。さらりと風が吹いて、心が洗われるときの涼しげな音がした。
(……ミリアに、夜桜を見せたら驚くだろうか)
ミリアの生まれた天國に、桜があるのかはわからない。それでも、彼女なら満面の笑みで綺麗だと喜んでくれるような気がする。
美しいものを見たときに、誰かに見せたくなる気持ちを愛だと歌ったのは誰だったか。泣くことも笑うこともめっきりなくなった俺の人生にとって、ミリアは通りゆく春のような存在になりつつあった。




