第一章第四話『傀儡』
柔らかい人形を組み立てているような感覚だった。等身大のラブドールか、あるいはそれに近い何か。
しかし背徳感や性欲の気配は微塵もない。あるのは技師としての純粋な高揚感と、この美しい女性に手足を作ってやれたという俺のエゴにも似た喜びだけだった。
義肢の総製作日数はおよそ6日間。速度も仕上がりも申し分ない、我ながら上出来だろう。
「接続の瞬間はもしかしたら違和感があるかもしれない。痛かったら言ってくれ」
「ありがとう。大丈夫よ、猜」
「オーケー。まずは右腕から」
右腕、右足、左足、左腕。損傷の酷さと義肢の面積を小さい順に並べて、接続が容易そうな部位から作業を開始する。右腕は肩から肘まで残っていたおかげで、造られた義手も比較的小ぶりだった。
「本当にこれでいいのか?今からでも義肢に人工の皮膚をつけて、ヒトの手足とそう変わりない状態にまでもっていけるかもしれない……が、」
「ううん。大丈夫。そのままつけて。一目で、義肢だってわかるようにして」
「……わかった」
意外にも、ミリアは本物と見間違うほどの精巧な義肢ではなく、まるでロボットのような機巧剥き出しの義肢を俺に希望した。理由はただ一つ、ノングラであることを隠すため。義足や義手に目がいけば、戦災で手足を失ったただの人間だと判断されやすくなる。目立つ手足に気を取られた人は、心臓の代わりに埋まった赤い宝玉のことなど想像だにしないだろうという目論見。〝木を隠すなら森〟とのことだが、年頃の娘が簡単にできるような選択ではないと思う。ミリアは、自分の身を使って身を守るための可能性に賭けたのだ。
実際、先の戦争で体の一部を失い、義肢に頼って生活している者は少なくない。赤虎のアジトにミリア落下の報をよこした蕎麦屋の主人…卜師の奴だって、見た目では分からないが実は体の一部が欠損しているのだとか。彼にコンタクトをとれば、ミリアに何か先輩としての意見をくれるかもしれないな。
「うん、いい感じだ。右肘と義手が少しずつ繋がっている。さすがになくなった体の一部を丸ごと再生するようなことはできないが、ちぎれた箇所に義肢を繋げるくらいなら、ノングラの力で賄える範囲なんだろう」
普通の人間が義肢を使用する場合は、あらかじめ義肢や体にソケットと呼ばれる接続部位を仕込むことで、両者が円滑に繋がるように慮る。しかしミリアはノングラであるがゆえに、〝体が直接人工物を取り込み、繋ぎ目を皮膚が自然と覆う〟であろうことが俺にはわかっていた。心臓の代わりに宝玉が鼓動を脈うつ、その仕組みと大差はないはず。
「ねぇ猜。もしもいつか……この世界のどこかに落ちているわたしの手足を拾えたら、そのときはまた繋げられるかもしれないの?」
「腐ってなければいけるんじゃないか?」
「ふふ……そうね。これはこれでなんだか、繋ぎ目が機械人間みたいでかっこいいかも」
不安に満ちた表情で涙を浮かべていた頃のミリアはどこへやら。冗談を言う余裕もできたのか、この数日間で少しずつミリアは明るくなったように思える。話しかけるたび、会話を重ねるたび、彼女の寂しそうな笑顔は優しい微笑みへと変化した。これが彼女の本来の性格なのだろうか。
思い返せば最近のミリアは、なにげない瞬間に俺の顔を見るとにっこり笑って、楽しそうに口角を上げることが増えた気がする。カルガモが初めて目にしたものを親だと思い込むかのように、彼女も地國で初めて話した俺のことを、何か父親か兄のように感じているのかもしれない。
「次は足だ。右、左と順に配置する。膝下だけだしこれもうまく繋がるだろう」
「わぁ。ブロックみたいに義肢と体がくっついていくなんて、普通の人じゃありえないよね?猜」
「ノングラの再生力は常人の理解を超えている。落下してきたミリアの頭や胴が潰れていないのも、その宝玉のおかげだろう……あれ?」
ひどいちぎられ方をしていた左腕の接続が難航している。肩の骨ごと切断するようにして奪われていた左腕は、たとえノングラの力があったとしても、即座に繋がるような状態になかったらしい。パーツ接着が不十分なおもちゃのように、何度繋げようとしてもすぐにポロリと剥がれてしまう。困った。
(左腕の接続が、拒絶されているのか……?)
「仕方ない。少しずつ皮膚が伸びてきているから、いずれは繋がってくれそうだが……左腕は、完全に接続されるまでギプスをしたほうがいいな。大丈夫か?」
「うん、ありがとう猜。右腕と両足が動くだけでも、すごく嬉しい」
「まぁそうだな……足が繋がったのは幸いだ。ミリア、立てそうか?」
「やってみる」
ミリアが南の川に落下したあの日から、今日でおよそ6日ほど。約一週間ぶりに立ち上がる、それも初めての義足で初めて地國の大地に足をつけようとしているミリアの姿は、弱々しくも頼もしく、美しいものだった。
しかし…ぐっと力を入れるようにして腰を上げ、上半身を起き上がらせたその瞬間。ミリアの体は前方に倒れ、顔面からまっすぐ床に叩きつけられようとしていた。当然だ。義足での歩行には訓練がいることがほとんどだし、ノングラといえど超人的な運動神経があるわけでもない。初めての義足に体が馴染まず、うまく力を入れられなかったのだろう。
俺はふらついたミリアを寸でのところで抱き止め、体を支える。無機質な手足とは裏腹な、柔らかく温かいミリアの体はまるで生きている人のようだった。俺がノングラであることを知らないミリアが、「猜の体はあったかいね」と笑っている。
「ありがとう。大丈夫だよ、もう立てると思う。最初だから失敗しただけ」
「わかった、手を離すぞ」
「うん……あ!ほら、みて。一、二……」
「やるな、ミリア」
「上手でしょ?ねぇみて、みて猜……わたし、歩いてるよ。あなたのおかげで……」
ふたたび自分の力で立ち上がったミリアは、おぼつかない足取りで歩行を開始する。やはりノングラの力か、義肢が早くも順応し始めているようだ。歩けるようになったことが嬉しいのか、ミリアは泣いているようにも笑っているようにも見える。
「嬉しいな。歩けるって素敵。踊り出したいくらい。ねぇ猜、ダンスはできる?」
「それは技師に期待することじゃないよ」
「ふふふ。わたし、ダンスはできないけれど踊ったことがあるの。確か……そんな気がする」
「生前の記憶か。何か思い出したことがあれば、いつでも教えてくれ」
「うん。ねぇ猜、わたしとたくさんお喋りしてね。思い出をいっぱいちょうだいね」
「……?あぁ、そうだな」
ミリアは二本の足を懸命に動かして、狭い工房の中をぐるぐると歩き回っていた。機材や作業道具にぶつかりそうな危うさがあるが、何より本人の楽しそうな様子に顔が綻ぶ。どこか誇らしくも照れくさい、不思議な達成感に心が満たされていた。誰かの役に立てたことが、ただ純粋に嬉しかった。
「……あとは左腕のギプスが外れるだけだな。しばらくかかりそうだが……さて、これからどうするか」
「あっ……ねぇ、わたし、猜とご飯を食べたいな。せっかく歩けるようになったし、地國をもっと見てみたいの。外に出てもいい?」
「そうだな……ノングラは飲食をしなくても死なないらしいが、食事は生きる楽しみのひとつだ。俺も、ミリアにはこの國のうまいもんを食わせてやりたい」
「やったー!」
「まずはアジトの向かいの蕎麦屋かな。ラーメンや寿司も捨てがたいが……蕎麦屋の店主は顔がいいから、店は女にも人気らしい」
「そういうのは、ちょっと……わたし、」
「しかしその前に、問題がある。うーん……これは美美に頼むか」
「ミミ?」
「ミリアはまず、服と下着を用意しないと外に出られないと思う。俺たちの国では、全裸で外を歩くと犯罪になるんだよ」
「!!!!」
指摘した瞬間に、今まで裸で歩き回っていたミリアが慌て出した。急いで毛布を渡してやると、包まったまま動かずに物陰から出てこない。顔が真っ赤になっている。失った手足を取り戻せた感覚に夢中だったのか、どうやらミリアは自分が服を着ていないことを忘れていたらしい。
「ミリア、ごめん。もっと早くに言えばよかった。あのとき服を切って以来、君は今……」
「もうお嫁に行けない……」
密室の工房に、少し気まずい空気が漂っている。だがこの青臭い雰囲気もまた、ノングラであるミリアと俺の〝人間らしい一面〟として受け止めつつ、そのまま衣服の手配を始める。年頃の女の趣味には詳しくないが、なぜかミリアには、手足を失ったときに着ていたような純白の服が似合う気がした。




