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第一章第一話『日落つる国へ堕ちて』

天國あまつくに地國ちのくに、ふたつの国から成るその世界には、人が死後にもう一度人生を始めるための方法がある。その方法を用いて蘇り2度目の人生を送る者たちは、世界に招かれざる客「ノングラ」と呼ばれていた。


ノングラは人間のふりをしていることが多く、外見からノングラであることを見抜ける者はほとんどいない。ノングラ同士は運命が引き合い何度も巡り合う。そして、ノングラにはそれぞれ数多の秘密がある。


蒸気と機械の力で天空に文明を築いた天國の民と、大陸と海の豊かさを糧に陸で進化を遂げた地國の民。


両国が休戦協定を結んでたった3日目に事件は起きた。


物語の主人公は天國人の少女「ミリア」と、地國人の青年、「猜」。これは愛されるために生まれた少女と、愛する意味を探し続ける片目の青年の物語。


挿絵(By みてみん)


 南の河原で、手足のない女の死体が発見されたそうだ。髪の色からしておそらく天國人との噂だ。


 物珍しい報せを聞いた赤虎せきとらが、俺の隣で興奮している。空賊団の頭領として血が滾るのだろう。女の死体から回収できるジャンクなんて基本的にはたいしたことがないはずだが、天國人の死体となれば話は別だ。死神にさえ無視されそうなほど寂れたアジトが、突然のホットニュースに湧いた。


 今からはるか昔。天國人たちが住まう天空の大地に空を覆われて以来、俺たちの地國は常闇の国となったらしい。地國から天國への移動手段は基本的にない。ゆえに、赤虎のような……いや、俺たちのような地國人は、基本的に天國人と接触することもない。接触しようにも、空に浮かぶ天國人たちの大地へ登る手段は存在しない。


 ただし一部のマヌケな天國人が時折、足を踏み外して地國に落ちてくることはある。もっともそうやって落ちてきた天國人はだいたいが死んでいるわけで、生きている天國人なんてのを目にする機会があるとしたら、それは戦争中だけだろう。それすらも、どちらかが戦死するまでの一瞬の話。戦いの最中は、両国の人間に許された唯一の逢瀬というわけだ。


 髪の色も、目の色も、文化も、信仰も、生き方も……多くのものが異なる天國と地國の人間は基本的にわかり合えない。争いも絶えない。現に、ついこの間まで天國と地國の両国は、領土の奪い合いで30年も戦争を続けていた。とある事件がきっかけで終戦、すぐに和平条約が結ばれて、今日でまだたったの3日。平和な日々が始まろうとしているこのときは、天國人が落下してくるタイミングとして違和感がある。少なくとも、投身自殺に適した時期ではない。


「おい、回収に行くぞ」


 赤虎はすでに準備を整え、南の川に向かう手はずを整えている。どうやら今回はいつものように空賊の仲間たちには報せず、一人で現場に赴くつもりのようだ。手足がないという天國人の死体から何を剥ぎ取るつもりかは知らないが、幼い少女や若者も混ざった空賊の仲間たちに、残酷なダルマを見せたくないのかもしれない。赤虎はバカだが、そういうところは思いやりがある。空賊の頭領然とした外套を翻す姿を目にした人間はみな、〝頼り甲斐のある男らしい空賊の親玉〟を想起するだろう。が、俺はこいつの部下ではない。空賊というわけでもない。ひとまず、この件に関しては断るべく口を開いた。


「俺はアジトで待つ。工房の技師に死体漁りをする理由はない。あと、お前の小型艇はオンボロだからよく揺れる。眼帯がズレて気持ち悪いんだよ」

「そう言うなよ、さい。お前だって天國人の技術には興味があるだろ?あいつらは蒸気と機械の力を使う。身につけている衣服も珍しいものばかり。胴体だけの死体にだって、何らかの収穫はあるはずだ」

「……胴体だけ、ね。まぁ顔がついてるなら、脳に機械が埋め込まれてる可能性はあるかもな」

「脳に機械??天國にはそんなわけわからん技術があるのか?」

「可能性の話だよ」


 赤虎は肩をすくめて大袈裟に驚いてみせると、そんなのどうでもいいとでも言わんばかりの仕草で、おもむろにゴーグルとメットを投げてよこした。どうやら俺に拒否権はないらしい。俺たちの薄気味悪い会話に怖気付いたのだろうか、アジトに報せを届けた向かいの蕎麦屋の主人でさえ、いつの間にかいなくなっていた。


「頭や腹を捌くなら、その場で解剖することだってありうる。可能性の話、な。オレにはうまいやり方がわからん、お前の技術が必要なんだよ。眼帯はまぁ……ズレないようにゴーグルでもしときな」


 赤虎は嬉しそうに言い捨てると、アジト奥のほの暗いドックへ向かいエンジンをふかす。つぎはぎだらけの動力装置はほのかに赤い炎を吹き上げ、眠らない地國の夜に薄明かりをまた一つ増やした。


 赤虎の操縦する小型艇は本当によく揺れる。まるで、暴れ馬の背に無理やり縛りつけられているかのような激しい揺れだ。揺れるたびに、風に流れた赤虎の長い髪が顔にかかって邪魔だった。ゴーグルをしても結局こうだ。男の二人乗りには不向きすぎる。座席より荷台に乗ったほうがマシかもしれない。自分で作っておいて欠点ばかりを論う余裕があるうちは、俺にもまだまだ技師としてやるべきことがあるのだろう。


 死にかけのカバのようなこの小型艇だが、あらゆる動力系統も、機体を構成するパーツも、全て赤虎と空賊の仲間たちがかき集めてきたジャンク品で構成されている。赤虎に依頼されて作ったのは俺だが、彼らはこうして空を飛ぶ手段を編み出しては、ときには天空の大地……天國にすら物理的に近づきつつ、手に入れた落下物を再構築・再利用・転売して生計を立てていた。よく言えば廃品回収業者、悪く言えば空賊、といったところだ。


 俺は一年ほど前から、彼らの工房に技師として雇われている身。月に15万銭ぜにという格安の月給とはいえ、空賊ごときがそれだけの支出を賄うことができる点には驚いた。どうやら学のない彼らにとって、回収したゴミを使い物になるまでブラッシュアップできる俺のような人間は、なけなしの15万銭を払ってでも雇いたい存在らしい。賢明な判断だとは思う。どんな宝も、宝の形を成さなければ見向きもされないのが世の常だ。


 揺れに耐えながらもの思いにふけるうちに、小型艇は着実に目的地へと近づいていく。現場からここまで届いているのか、血の香りが漂い始めているのを感じた。相当な出血量なのだろう。


「おー……まだあるっぽいな」

「手足のない死体、しかも天國人のそれに近づくやつなんて空賊か乞食か、妖怪だけだ」

「うるせーよ。だが野次馬すらいねーのは幸運だ、サクッとやるぞ」


 赤虎は小型艇のエンジンを止めると、河原に放り投げるように手を離しまっすぐ死体へと駆け出した。夜の河原は薄寒く、弾けるような水の音が不安を誘う。早くも暗闇の中に、薄ぼんやりと赤い塊が見えているのがわかった。手足がないという噂は本当なのか、人間にしてはなんだかすごく小さく感じられて驚く。見ていてあまり気味のいいものではない。


「うわー。見ろよ猜。いい女だぜ。死んでるけどな」

「その下品な言い方はやめてくれ」


 顔を覗き込み、顔立ちの美しさに驚いているような赤虎を無視して近づくと、死体からの出血量に少し引いた。浴びるような血の匂いを嗅ぐのは久々だ。頭が痛い。目眩の気配をグッと堪えて、持参したランタンで死体をよく照らしてみる。赤虎の言う通り、それは亜麻色の髪をした美しい女のように見えた。


「どうだ?」

「そうだな……」


 左腕が完全に欠損しているものの、右腕は肘まで残っていた。下半身は目も当てられないほどの出血量で、両足の膝から下がきれいに切断されている。血でぐちゃぐちゃになってはいるが、肌がとても白い。天國人特有の白さなのか、死んでいるがゆえの血色か。血が、とにかく多い。


 そこまで眺めてたところで、俺は驚くべきことに気がつき息をのむ。俺の様子に気がついたらしい赤虎が、視界の隅でじっと傾聴の姿勢に入ろうとした。


「まず……天國からここまでの落下の過程で手足がなくなったわけじゃないな。欠損状態からして、意図的に誰かに切られたあとで突き落とされたんだろう。刃物で斬られたような跡がある」

「野蛮だなー。てことは、このおねーちゃんは罪人か何かかもな。あっちの國にはそういう刑があるのか?」

「可能性はゼロじゃない。が、もうひとつ気になる点がある。この女……多分、まだ生きてるよ」

「この状態で?」

「傷口から絶え間なく血が流れ続けている。とっくに失血死していてもおかしくない量だが、よく見ると微かに脈打つようにして血が流れているのがわかるだろ?つまり、心臓がまだ動いているんだ。死にかけだが死んではいない。まるでこの子の体の中で、次から次へと血が作られているような……」


 そこまで言ってハッとした。長い間戦争中の国にいたせいで、あるいは空賊の仲間とばかり接触して生活したせいで、俺自身も生死にたいする倫理観が狂い始めていたのかもしれない。もし彼女が本当に生きているのなら、死にかけの人間としてモノのように扱いまじまじと見つめて、ディスクリプションなどしている場合ではないだろう。


「赤虎、この子を助けよう」


 いい女呼ばわりした死体がまさか生きているとは思わなかったのか、赤虎はかなり驚いているようだった。俺の発言にさらなる驚きを重ねたのか、赤虎の大きな目が暗闇の中で見開かれている。


「えーと、マジで??」

「まだ生きてる。手足が無かろうが天國人だろうが、お前だって生きている人間を見殺しにはしないだろう」

「そりゃそうだが……今生きてたところで、こんな状態じゃどのみち長くはもたねーぞ」

「それはまだわからない。手を尽くしてから考えるべきことだ」

「手を尽くす?お前がこの死にかけに?なんで?」


 死体からジャンク品を回収しにきたはずが、救命活動に予定変更となれば赤虎もそりゃ驚くだろう。だが、これは俺の生き方として譲れない部分。生きている者を、目の前で見殺しにはどうしてもしたくない。〝なぜだかはわからないが、昔から根付いている本能〟のようなものだ。


「俺は技師だ。もしこの子の容態が回復することがあれば、義足や義手を作ることもできる。人体構造にもそれなりに詳しい。それに……俺なら最悪、〝魔女〟にも力を借りられるかもしれない」

「いやいや、なんで見ず知らずの天國人にそこまで……」

「まだ、生きているからだ」

「……」

「こいつはまだ死体じゃない、生きているんだよ」

「……」


「目の前で死なれたら夢見が悪い。それにこいつはどうみても軍人じゃない。危険性はそう高くないだろう。天國と地國は使用言語が同じだし、うまくいけばコミュニケーションをとって、天國人の技術を盗める可能性がある。仮に、失敗して死なせたところで赤虎にデメリットはない」


 そこまで言ってようやく、赤虎は腹を括ったようだった。覚悟を決めた後の彼は毎度潔い。俺は、赤虎のそういうところを気に入っていた。


「……わかった、猜。お前の言うことも一理ある。こいつをアジトに運ぼう。美人だし、胸もでかいし、まぁいいよ」

「最悪な回答をありがとう。ただアジトはだめだ、俺の工房に運ぶ」

「工房?あそこは極秘だろ。村の連中すら知らない場所に部外者を入れるなんて。しかも死にかけの天國人!そもそも医者を呼ばないのか?」

「死にかけの天國人を診てくれる医者なんていない。俺が手を尽くす。従ってくれ」


 刹那、突然女の目が勢いよく開いた。気配を察知したその瞬間、場の空気が一気に張り詰める。


「ゲッ?!!」


 赤虎が驚いて後方に下がる。彼は一瞬のうちに、腰に携えた銃剣に指をかけていた。戦争の名残か、天國人を警戒する癖が抜けていない。しかしやはり生きていた。俺も咄嗟に懐刀に手をかけたが、手足がない彼女は動きようがないのか、不思議そうに目をぱちくりとさせているだけだった。吸い込まれるような金色の瞳。夜闇の中で朧げに目が合うと、どこか懐かしい気持ちになった。なぜだかはわからないが、初めて会った気がしない。彼女の長いまつ毛の先から、血の滴が滴り落ちて河原の石に染み入っている。


「あの……」


 柔らかい女の声だ。遠慮がちに夜闇の河原に響き渡る澄んだ音が、ゆるりとせせらぎにこだまする。


「おい喋ったぞ……どうする猜」


 落ち着いて、冷静に。なるべく優しい声色で、手足のない彼女を安心させるように話しかけた。


「……今から、君を助ける。大人しくしてくれ。俺たちは敵じゃない」

「ありがとう。わたし……足がなくなったみたいで、すごく困っているの。手もないみたい。初めての体験よ」


(なんだこの女は。痛みや苦しみを感じないのか?)


 彼女の顔立ちの美しさも相まってか、まるで壊れた人形が録音された言葉を喋っているように思えた。欠損部位から大量に血を流しつつも、落ち着いた様子で淡々と喋る彼女の姿には違和感しかない。一瞬、嫌な予感が胸をよぎるが、そんな筈はないと自分に言い聞かせる。


「……見ればわかるよ。痛みはないのか?」

「痛みは、ないと思う。安心してね」

「……感覚が麻痺するくらいの状態、ということか。体力を使うべきじゃないな、喋らせてすまない。休んでくれ。今から君を小型艇で運ぶ」

「小型艇……?ここは、どこなの?あなたたちは、誰?」

「詳しい話は後にしよう。ここは地國の相模川だ。俺たちは地國の空賊。君を死体だと誤解して近づいたところ、生きているようだから助けることにした」

「チノクニノサガミガワ……?」

「少し揺れるぞ」


 ごく普通に会話をする俺たちに引いているのか、赤虎はポカンと口を開けて突っ立っている。固まったままの赤虎をよそに、俺は動けない女を小型艇のほうへと運ぶことにした。


 手足のない女とはいえ、しっかり頭がついているからか少し重い。そして……血の匂いに紛れているが、うっすらと香水の香りがする。よく見ると、頭には小さな花の飾りがたくさんついていた。あちらの国では身分の高い女性なのだろうか。いずれも血塗れな上に、落下の衝撃で頽れてはいるが、一つ一つに意匠を凝らされた高級品だとわかる。赤虎はきっと、こういうものを細かく回収するつもりだったんだろうが……俺の動向に気がついたのか、呆けていたはずの彼が慌てて手伝いにやってきた。荷台に女を載せてから小型艇のエンジンをかけると、河原に放たれたライトの光が、彼女の作った血溜まりを照らし出す。


「あぁ……わたし、痛くはないけれど、なんだか悲しい気持ちなの。ねぇ、今は夜なの?」

「この国はずっと夜だよ。何があったかはあとで聞こう。とにかく喋るな。このままじゃいずれ死ぬ可能性がある」

「そう?でも、人はいつか必ず死ぬのでしょ」

「今はそんな話はしていない。助けようとしているんだから、君はせめてもう少し生きてくれると助かる。俺の前で逝かないでほしい」

「ふふ、ありがとう。あなたは優しいね。そこの赤い髪のお兄さんも、ありがとう。お名前は?」

「お、おぅ。オレは赤虎という。陽の光に向かう虎、という意味だ」

「素敵ね。虎って、今はもういない古代の生き物だったかしら?」

「お??オレは学がないからな、ボケられてもうまく返せねーぞ」

「赤虎、飛ばしてくれ。彼女、頭もやられてるかもしれない」



 空賊団のアジトから一本裏道に逸れ遊郭通りを抜けた先にある、一つめのマンホールの蓋をこじ開けた。そのまま地下水路から抜け道を通った先、二つめの曲がり角の影に俺の工房がある。もともと戦況が悪化したときに使われていた軍の地下施設で、必要な工具や機会、医療器具はおおむね揃っている贅沢な工房だ。全国的に水道と電気が整備されたこの常闇の国は、辺鄙な場所にすらインフラが充実しており、なにかと日陰物が身を隠すのに便利な空間が多いのだ。


 空賊は法を犯しているわけではないが、その生き様や立場を快く思わない者からの攻撃を避けるため、商売の要となる工房の存在は秘匿されていた。あくまでも秘密裏に空賊行為を行う赤虎らが拾ってきた、ありとあらゆるものは一旦この工房へと運び込まれ、俺の手で再利用できる状態に組み換えられ市場へと出回る。ちょっとしたオーパーツからそれこそ小型艇に至るまで、大きさも価値も様々だ。


 しかし……赤虎にさえ立ち入りを許していないこの工房に、まさか今日、こんな異物を運び込むことになるとは想像だにしていなかった。自分では動くことすらままない、四肢が欠損した女の体。それも、つい先日まで戦争相手だった天國人。作業台に彼女の体を横たえさせ一呼吸つくと、疲労に比例して謎の重圧と使命感が一気に湧き上がる。ここまで運ぶのは大仕事だったが、赤虎が手伝ってくれて助かった。


 まずは手指を消毒しマスクをする。左目に眼帯をしていることも相まって、作業時の俺は毎度ほとんど顔が隠れたような状態になる。我ながら怪しいが、もっと怪しいこの女はそんな視座にはいないようだった。


 次に手足を縛り簡単に止血をする。痛みがないのは本当なのか、顔色ひとつ変えていない。止血ついでにそのまま、体中の血を拭うことにした。すでに固まっている場所も多い。土汚れもひどく、元の白い肌との対比が印象的だ。しかしあまりにも汚い、特に下半身の損傷はひどい。この子は一体いつから、あの河原でこうして倒れていたのだろうか。


「あなたは、お医者様?名前はなんていうの?あなたのその黒い髪、とっても綺麗。後ろだけ長いのね。赤虎とお揃い?」


 自分が血まみれであることも、無骨な作業台にモノのように体を乗せられていることも、男に顔を触られていることもいっさい気にしていないかのような様子に調子が狂う。金色の美しい瞳にじっと見つめられると、この女に手足がないことなど忘れてしまいそうだった。


「俺は医者じゃない。軍医をやっていたこともあるが、今は空賊の雇われ技師だ。名前は猜。意味は俺も知らない。あと、若くはない。髪についてはただの趣味だ」


 質問に一つ一つ答えながら、清潔な布でまずは少しずつ顔を拭う。幸いにも、失血死するリスクが低そうなことがわかっている以上、窮地は脱したように感じられた。問題はここからだ。生気の感じられない下半身とは対照的に、彼女の上半身からは異常な力の噴出を感じる。服の下を確かめてみないことには始まらないだろう。


「猜。ありがとう。この國の人は、みな名前と一緒に意味を名乗るのね」

「なぜだろうな、そういう民族のようだ。君の名前はなんという?」

「わたしは……ミリア。多分、そう。意味は、なんだったかしら……」

「そうか。ミリア。……すまないが傷の確認をしたい。服を脱がせてもいいだろうか。命を助けること以外に、目的はないから安心してくれ」

「この服、わたしのものかどうかわからないの。でも、もうボロボロ。どうしようもないから好きにしていいよ」

「すまない」


 許可を得たところで、ミリアと名乗るその女の、血みどろになった服を少しずつ切り取る。汚れで原型はよくわからないものの、白いワンピースのように見えた。下半身の布は殊にズタズタだが、高級な生地であることは触感からじゅうぶんに伝わる。気になる点としては、腹部分に最近塞がったような大きな傷跡があること。しかし、結局はよくわからなかった。


 服と言い難いほどにボロきれ同然となったそれを剥ぎ取り、上半身をあらわにさせると……

白く柔らかそうな胸の谷間に、赤く燃えるかのように脈打つ、人の拳ほどの大きさの石が光る。

驚くべきことに、彼女の胸の中心には大きな石が嵌め込まれていた。さらにはその石が、心臓の代わりかのように血を全身へと送り出している。そのさまはまるで、体に赤い木が根を張っているかのような形に見えた。


 石は一定のリズムを刻んでいる。ドク、ドクと鼓動の音が聞こえそうなリズムを。間違いなく、彼女はこの石の力で生かされている。この石が、彼女の心臓。普通ではない。事実に気づいたその瞬間、俺は全てを悟った。


「ミリア……君は、ノングラ、なんだな」


その単語にピンときていない様子から、彼女がノングラになったばかりであることがわかった。


「ノングラ……?」

「記憶がところどころ曖昧なのもそのせいだな。君は、もう死んでいる。おそらくは天國で一度死んで……その後、なんらかの理由でノングラになったんだろう。なれた、いや…された、というべきか。君は心臓の代わりに〝宝玉〟を埋め込まれて、生き返った元・死体なんだ。君のような存在を、この世界ではノングラと呼ぶらしい」

「ちょっと、待って、えぇと……わからない。どういうこと?わたしはなぜ、手足がなくて、ノングラ?になったの?ゾンビってこと?」

「ゾンビ?妖怪の類か。ノングラはゾンビのように腐りはしないし、意識も思考も生前とはそう変わらない。見た目は普通の人間であることが多い」


 ミリアはひどく混乱しているようだった。初めて、ミリアの人間らしい感情を垣間見た気がする。それもそうだろう。


 天國と地國、ふたつの国から成るこの世界には、人が死後に二度目の人生を始めるための方法がある。方法とは、死体に宝玉を埋め込みその力で蘇生すること。そうして宝玉を用いて蘇り二度目の人生を送る者たちは、世界に招かれざる客「ノングラ」と呼ばれていた。


 ノングラは人間のふりをしていることが多く、外見からノングラであることを見抜ける者はほとんどいない。ノングラ同士は運命が引き合い何度も巡り合う。そして、ノングラにはそれぞれ数多の秘密がある。


「ノングラ、になったらどうなるの?」

「どうにもならない。ただ、ノングラとして第二の人生を生きるだけだ」


 ミリアがいつ誰に、なぜ宝玉を埋め込まれたのかはわからない。しかし、誰かに残酷な殺され方をしたことは事実だろう。おそらくは地國に落ちてくる直前に殺され、それほぼ同時にノングラになり、偶然か運命か、俺と赤虎に発見された。ノングラには痛覚がないことが、唯一の不幸中の幸いか。死に至るほどの衝撃を受けて一度絶命した者は、ノングラになったところで、そのショックから記憶を失ったり人格が変わったりすることもあるそうだ。


 しかし……曖昧な記憶の中、身動きの取れない状態で、真っ暗闇の地の國で目覚めたミリアの孤独を考えると胸が痛む。ノングラになった以上、彼女はもう簡単に死ぬこともできない。ノングラが死ぬとしたら、それは核となる宝玉を奪われてしまったとき。つまり……俺が今、ミリアの胸から宝玉を抜き取れば彼女の第二の人生は終わるわけだが……。


「……わたし、どうして死んじゃったんだろう?」


 不安げにミリアが尋ねてきた。涙に揺れる金色の瞳が、縋り付くような視線で俺を見ている。彼女を生かしてやりたい、そんな気持ちが無性に湧き上がるような視線だった。


「それはなんとも。だが……俺は、一度君を助けると決めた。それに君も、理由はどうあれノングラとして第二の生を受けた。幸と捉えるか不幸と嘆くかは君次第だが、俺は俺の美学のためにまずは手を尽くすつもりだよ」

「どうやって?」

「うん……まずは君の義手と義足を作る。おそらくノングラの……その胸元の宝玉の力があれば、接続した義理の手足だって、最初からそこにあったかのように動いてくれるはずだ。ノングラは普通の人間じゃあないから、手足がなくなったくらいじゃ死なない。しかし手足がなければどのみち生きにくくはあるだろう。それを、俺は技師として補助する」


 ミリアの涙を拭い、まずは欠損箇所の傷口を確認する。関節にあわせて綺麗に切断されている部位は問題ない。おそらく、宝玉の力で血管も筋肉も義手や義足に接続されるはずだ。問題は膝下で切断されてしまった両足だが、これもやってみないことにはわからないだろう。繋ぎ目に違和感が出るかもしれないが、四肢欠損のノングラを施術したことがあるわけもなく、結果については未知数だ。


 いずれにせよ、義肢が出来上がるまでの間、ミリアには今の状態で生きながらえてもらう必要がある。ノングラならそう簡単には死なないだろうが、誰にも見つからないように全てを済ませる必要があり、作業としては難易度が高いように思えた。しばらくの間、赤虎に人払いを頼んでやるしかない。


「本当に?猜、本当にわたしを助けてくれるの?」

「助けたいと思っている。だけど一つだけ約束してくれ。……君が殺された理由がわからない以上、君が生きていることはなるべく隠したほうがいい。君の存在はおそらく秘匿のものとなるが、それを受け入れてもらうべき状況にある」

「……そうね。わたしの命を狙って殺したやつが、この世界にいるってことだものね」


 自分に言い聞かせ、どうにか納得しようとしているのだろう。無惨な姿で懸命に考えているらしいミリアは、壊れた人形のようにも、余命わずかな深層の令嬢にも、かわいそうな被験体のようにも見えた。無機質なのに、人間らしい。アンナチュラルな存在。


「もう一つ言うなら、殺したやつだけでなく君をノングラにしたやつもいる。同一人物の可能性もあるが、目的が不明な以上は用心すべきだ。宝玉は手に入れようと思って手に入れられるようなものじゃない、必ずなにか特別な意図がある」

「……殺して、ノングラにする意図……。その人は、わたしになにを求めたんだろうね」

「さあな。あとは……そうだな、君がノングラであることは、俺とミリアだけの秘密だ」

「なぜ?普通の人間じゃないことは、いずれバレてしまうんじゃ……」


 義肢のための測定作業を同時進行しながらミリアの質問に答えていく。ミリアはおとなしく……というか、おとなしくするしかできない胴体だけの体を横たえ、俺の顔をじっと見つめていた。


「要はその宝玉には、一度死んだ人の命を蘇らせるほどの力があるということだ。喉から手が出るほど欲しがる奴もいれば、こんなものは存在するべきじゃないと考え、慈善活動のつもりで破壊しようとする奴もいる。人それぞれ、宝玉にたいする価値観も正義への考え方も違う。まぁ、宝玉はこの世界に複数存在すると言われているが…体に宝玉が埋まっていることを知られるのは、ノングラにとって基本的にリスクだよ」

「……わかった」

「あと……義肢の完成までには時間を要する。何日かその状態で過ごしてもらうことになるが、我慢してくれ。体には毛布をかけておく」


 目に毒だったミリアの胸をそっと隠して、ふたたび計測作業を再開する。こういうときに、まだ自分の中に男としての感情が残っていることを実感して不快だった。


 それにしても……ミリアは、もともと手足がとても細いのだろう。骨格から生前の姿をイメージしながら義肢の設計図を思い描いたところ、あまりにも儚い、少女のような姿が想起された。本来であれば、多くの人に愛されるであろう可憐な姿。しかしその割に…左腕を切り落とした箇所の傷口は荒く、まるで恨みでも込められているかのような残酷な切り口になっている。生前の彼女に、何があったのだろうか。


「猜、あなたはなぜ、ここまでしてくれるの?」


 意外な質問に一瞬たじろいだが、顔色を変えずに答えた。今すべきことは、一刻も早く義肢を作成し、ミリアを5体満足の体へ近づけることだ。


「……深い理由はないよ。目の前に死にかけている人がいたら、手を尽くすのが普通だ。地國人はそういう民族なんじゃないかな」

「そう……ありがとう。ねぇ、少し疲れたから、寝るね」

「わかった、ミリア。おやすみ。この國はいつも暗いからわかりにくいが、もう丑三つ時だ。真夜中なんだよ」

「ありがとう。こんなふうに助けてもらえて、わたしは幸せ者」

「……、早く寝な。そのまま死ぬなよ」

「猜、ありがとう」

「……」


 俺は瞳を閉じたミリアを一瞥し、作業を続けた。


 工房の灯りがミリアの亜麻色の髪を照らして、優しい光を拡散する。何故だろう、ミリアを見ているとまるで、光の届かないこの國に穏やかな昼が訪れたように感じた。そしてこの時間は、手脚と羽をもがれた美しい蝶を、丁寧に縫い合わせるためだけに存在するかのよう。甘美な作業に集中していることだけが、この温もりの理由じゃないはずだ。


 隣に誰かがいてくれるあたたかさ。誰かのために力を尽くす、魂の熱。そして、その熱に活かされる誰かの心と、生かそうと努める手の温もり。それらが皆、この世界であまりにも普遍的になってしまった人の生き死ににさえ、特別な意味を持たせてくれるように思えた。人が人を求め、絆を育み、ときには愛し愛され、あるいは憎み合い、それでも人と関わろうとするのは、孤独にさえ理由と熱を求めてしまうからなのだろう。がむしゃらに天國のノングラを助けようとしている、今の俺のように。


こんな気持ちにさせられたのは、


俺がノングラになった24歳のあの日以来、まるきり初めてのことだった。





(ノングラは人間のふりをしていることが多く、外見からノングラであることを見抜ける者はほとんどいない。ノングラ同士は運命が引き合い何度も巡り合う。そして、ノングラにはそれぞれ数多の秘密がある。)











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