心配と
「よかった…っ!」
起きたことは、真逆の事で。
勇介と同じように、僕を抱きしめたのだ。
その手は、わずかに震えているのに、気づくのはすぐだった。
驚く僕とは裏腹に、佐介は口を開く。
そして、ぽた、ぽた、と零れる水滴に気づくのも、必然だった。
「ごめん、ごめんね、すず…っ。
怒鳴ってごめん、独りにしてごめん、ごめんな…っ!」
(…ちがう、違うよ。謝るのは、悪いのは僕なのに…。)
否定したくて、違うと伝えたくて、でも、上手く声が出せなくて、みぃ、とか細い、小さい声が出る。
精一杯、佐介が悪くないと伝えたくて、手を伸ばす。
伸ばして、ぽろぽろ零れる涙に手を当てる。
それでも、佐介は泣き止まない。
流石に見かねて、勇介が助け船を出してくれる。
「佐介ー、そろそろ落ち着け。
すずも困惑してるだろ。」
「…みぃ。」
「ほら。」
「……ごめん。」
そう言って、佐介はゴシ、と器用に涙を拭く。
正直に言おう。僕は大分混乱している。
精々僕が姿を消したのは、精々一刻程。
少し広いこの家でも、数刻も僕を見つけられないなんて事、無いハズだ。
現に僕を見つけた勇介はそれほど取り乱した様子もない。
なのになんで佐介はこんな泣くほど取り乱しているのだろう。
さっきまでは罪悪感と申し訳なさで自分自身、精一杯だった。
だけどこう、目の前に自分以上に取り乱した人間を見て、いきなり頭が冷静になってしまったのだ。
(…たかが畜生が一匹、一刻くらい姿を消しただけなのに。)
人の事を言えたものではないが、何故この男はこんなにも取り乱しているんだろう。
そう、思ってしまう。
だけど、次の勇介の言葉に僕は目を見開いた。
「だから言っただろ、ちゃんと帰ってくるって。
二日も見つからなかったからって狼狽えすぎだっつーの。」
(…え?)
二日?
今、勇介は二日と言った?
そんな筈ない。だって僕は押し入れに…。
―大丈夫、貴女もいつか『隠し』を使えるわ。だって、私達の娘なんだから。―
母様の言葉が、頭をよぎる。
そして、まさか、と思うのと同時に、もしかして、と期待してしまう。
(…もしかして、『隠し』を、やれたの…?)
『隠し』。
僕等狐猫の中でも妖力が強い一部が使える秘術で、別名『領域隠し』。
自分の姿だけでなく、特定の相手をを閉じ込めて隠す、ちょっとした空間秘術。
忽然と姿を消す怪奇現象『神隠し』の正体の一つだ。
だけど、これには致命的な欠点がある。
それは、『自分より強い妖力持ちには破られる』こと。
そして、『領域隠しは現世と時間の流れが違う』ことだ。
特に一つ目の欠点が致命的で、妖力が強い純血種から逃げきれず、殺されるのだ。
(…あんなに練習してた時は出来なかったのに)
佐介の腕に抱かれながら、自嘲した。
家族に褒められたくて、何度も何度も練習して練習して、でも出来なくて。
苦しくて、悔しくて、悲しくて、いつしか諦めた。
それなのに。
褒められたい家族から逃げ出した。
助けてくれた人間を怒らせた。
嫌われて当然な事をした。
そんな、そんな愚かな自分になってから、出来たのだ。
なんて、なんて…。
(皮肉な事か)
「良かった…本当に怪我してないんだね、すず。」
どす黒い思考に堕ちて呑み込まれていると、いつもの優しい声が頭上から響く。
そこには、目元を赤く腫らした佐介が僕を変わらない優しい顔で僕をみていた。
けれど、その顔が、声が居心地悪くて、僕は顔を隠すように身じろきする。
そんな僕を見て、勇介が笑う。
「ははは!流石に悪戯と家出した後だし、すずも居た堪れなくなるか。」
「…みぃ。」
「…すず。」
勇介に図星をつかれ、更に居心地が悪くなる。
もぞ、と佐介から逃げようと更に身じろぎすると、真面目な声の佐介に、名前を呼ばれる。
どうしも顔を見れなくて、じっとしてるとまた、呼ばれた。
流石にもう誤魔化せなくて、そろり、と佐介を見ると、いつになく真剣な顔で、僕を見ていた。
「すず、どうして俺が怒ったか解る?」
「みぃ…。」
「反省してる?もう二度とあの部屋に入らないって約束できる?」
「……。」
「すず?」
約束できるか、と問われた、答えられなかった。
僕はきっと、今回のように独りぼっちにされたら、無意識に佐介を探して、入るだろう。
どんな風に怒られようと、きっと。
だから、佐介の問いかけに、返事が出来なかった。
「す「ストップ、佐介。」…勇介?」
佐介が、僕に更に声をかけようとした時、勇介の声が佐介の言葉を遮った。
思わず勇介の方を見ると、その顔はさっきまでとは違って、少し険しい顔。
怒られるんじゃ、そう思ってつい身構えた。
だけど、勇介の言葉は僕じゃなくて、佐介に向けられた。
「確かに言いつけを破ったすずも悪い。
でも、お前も悪かったんじゃないか?」
「それは…。」
「『仕事が忙しかったから。』は理由にならねぇぞ。
それはすずを拾う前から周期的にあったことだ。」
「……。」
「すずの事、お前だってなんとなく解ってた筈だろ?
それなのに、お前は仕事にかまけて、すずを放置した。
その結果、すずはまた捨てられるんじゃないかって不安になって、言いつけを破った。」
「それ、は…。」
「大声出した時の、すずの様子を見て、ハッとしたんだろ。
だから、お前もあんなに焦って、すずを探してた。そうだろ?」
「……。」
「佐介。すずだって生きてるんだ。感情がある。
すずの境遇について、解ってたのに対策しなかったお前も悪い、違うか?」
「…。」
「餌をやっておけばいい。水をやっておけばいい。
そうじゃないだろ。すずは都合のいい愛玩具じゃない。
家族として大事にしたい、そうお前自身が言ってた事だろう。」
「…ぁ。」
そして少しだけ、悲しそうな顔で、勇介は言う。
「命の大切さは、家族の大切さは、お前がよくわかるだろう?」




