お誘いと自己紹介
思う存分山羊乳を飲んで、久しぶりの満腹感にふわふわとしていると、彼は僕を抱き上げた。
そしてガン見するのは、僕の…である。
「うん、ついてないな。
顔も可愛いし雌だとは思ってたけど…。」
(解ってたなら見るんじゃないよ!!)
精一杯抵抗しようと足をじたばたさせるが、意にも介さず僕の身体をガン見する。
…あれか、この人間はそういう性癖なのか。
ゾゾ、と震えていると、そんな事を気にしないのか、人間は笑った。
「うん、流石に三日も寝ていた時は心配したけど、傷も治ってきてるな。」
(あ、そっちの確認??)
先ほどの確認といい正直この人間は性癖が…かと思ったがどうやら違うらしい。
くるくると僕の身体をまわし見たと思ったら、また僕と目線を合わせる。
目線があった時、僕はふと違和感を覚えた。
片方だけ、少し視線が合わない。そんな気がしたのだ。
(…気のせいかしら)
みぃ、と鳴こうとすると、ガラ、と何かが開く音がした。
音に驚いたのは目の前の彼も同じようで、二人で音の方に視線を向けた。
そこに立っているのは、目の前の彼と少しだけ顔立ちの似た青年で。
「佐介ー、体調はどう…。
お、そのチビ、目が覚めたのか、良かったじゃん。」
「いらっしゃい、兄さん。
うん、さっき目が覚めて山羊の乳を飲ませたところ。」
「お、そうかそうか。
で、見つめあってどうしたんだ?」
「傷の具合を見てたんだ。あと性別チェック。」
そう言って、佐介と呼ばれた彼、僕のお世話をしてくれた人がもう一人の人間に僕を見せる。
目があった、そう思った瞬間、そのもう一人は大きな声を出す。
「うわ!金銀眼じゃん!めちゃくちゃ綺麗な色だな!」
「兄さん、珍しくて驚くのは解るけど声小さくして。
この子、今の大声にびっくりして震えてる。」
「おっと、悪い悪い。
チビ助もごめんな。」
そう言って、来訪者?いや、もう一人の住民の男が僕の頭を撫でる。
その手付きは、佐介のように優しくて、僕の喉は無意識にゴロゴロ鳴る。
音に気づいたのか、手の主は苦笑いしたのか、少し呆れたような、脱力したような声を出す。
「こんな人懐っこくてよく今まで生きてたな、コイツ。」
「それに関しては同意見。」
うんうん、と二人で頷いている。
どうやら僕が随分とチョロい生き物と思ったらしい。
そこまでチョロくないぞ。その誤解は大変遺憾だ。
―なんて思った所で伝わるわけもなく。
ただ不満げにニィ、と鳴くことで精いっぱいの意思表示をするしか方法が無い。
「小さい鳴き声だなぁ…。
あれか、気持ちよくて眠たいのか?」
「もっと撫でて、って催促じゃない?
さっきも撫でてたら鳴いてたし。」
「あぁ、なるほど。
可愛いな、チビ助。」
―この拒否の鳴き声も撫でる催促ととられるのは最早わざとではないのかと僕は思う。
更に拒否をしようとジタバタしてみる。
元気だな、なんてニコニコ笑顔。
自慢の尻尾でペチペチ叩く。
この母様譲りのふわふわ毛が仇となり、喜ばれる。
(これ絶対解っててやってるでしょ…。)
精一杯の拒否も逃走しようと藻掻くのも、全て裏目にでる。
足掻けば足掻くほど、なんでこの人間二人はニコニコ笑うのか。
そういう性癖なのか…。
なんて遠い目をしたくなる。
そして僕はもう諦めて、なされるがまま、彼等に蹂躙された。
―どのくらい時間が経ったのか。
僕はされるがまま、男二人に撫でまわされ、肉球を揉まれ、腹を嗅がれた。
もはや死んだ魚の目で、僕は身を任せる。
逃げようと藻掻けば藻掻くほど、悪化するのだ。
なら置物のように、なされるがままのが良い。
…この男二人はつい先ほどまで僕が寝込んでいたのを忘れてないだろうか。
ようやく二人が満足した頃。
僕はある意味魂に抜けた。
当然だろう。あんなに何度も腹を嗅がれるのはもはや拷問だ。
僕も歴とした女の子なのに、極悪非道である。
「あー、やっぱ猫可愛い。」
「解る…。」
(…猫じゃないんだけどなぁ…。)
ようやく、蹂躙から解放される。
正直言おう、満身創痍だ。
疲れ果てて、クテ…。としていると佐介は山羊乳を飲ませた時のように僕を抱っこする。
流石に僕の様子が疲れてるのが伝わったのか、彼は苦笑した。
「ごめんね。普段はこんな事できないからつい夢中になっちゃった。
ねぇ、チビちゃん。これだけ触ってからいうのもあれだけど、家の子にならない?」
(…ほんとそうね。)
「家の子になってくれたら、毎日ご飯が食べれるよ。
あったかいお部屋でいっぱい寝れるし、安全だよ。」
「そうそう。今回みたいに他の動物から攻撃されることもないぞ。」
重ねるように、もう一人が言う。
確かに二人の言うことは魅力的だ。
ここで隠れていれば、あんな風に純血種に憂さ晴らしに暴行されることもない。
…まぁ、別の意味で蹂躙されるが。
なにより…。
(ご飯が…あの山羊の乳がいっぱい飲めるのは、魅力的。)
甘くて美味しかった。
母様が作ってくれた甘い甘いあの飲み物と似てて、凄く、好き。
けど、毎日アレが飲める確証なんてない。
閉じ込めたらきっと飲ませてくれなくなる。
なんて悩んでいると、僕の考えを見透かしたのか、彼等は言う。
「…家の子になれば、さっきの山羊乳、毎日夜に飲ませてあげる。」
(!!!)
その一言に、僕は陥落した。
みぃ!と元気に鳴けば、今度は正しく伝わったようで。
「じゃあ改めて自己紹介。
俺は佐介。絵描きを生業としてるよ。」
「俺は勇介。街で小さな商いをしてる。」
「「我が家へようこそ、小さなお姫様。」」
そんな自己紹介に、僕は精一杯答えるように大きく鳴いた。




