微睡
ふわり、と甘い匂いがして、僕の意識は浮上する。
意識ははっきりするのに、目を開けるまでは出来なくて。
そこで自分が気絶する直前の有様を、思い出す。
血塗れで、ボロボロになった自分の身体。
そして聞こえた、人間の声。
その全てをつなぎ合わせれば、答えなんて簡単で。
(…あぁ、そうか。僕、死んじゃったんだ。)
妖怪にとっては、忌み嫌う僕の毛並み。
人間にとっては、好かれる僕の毛並み。
そんな毛皮を持った小動物が死にかけていた。
なら、やることはたった一つ。
それは仲間と、同じ末路。
ただ、所有者が妖怪ではなく、人間になっただけ。
ただ、それだけ。
(痛い思い、しなくてよかった…。)
もう、あんな思いなんてしたくない。
痛くて、苦しい、あんな思いなんて。
死んでしまえば、こんなにもふわふわして、あったかくて、幸せなのか。
枯草の、かさついた肌触りも、吹き付ける冷たい風も、何もない。
ただあるのは、ふわふわで、あったっかくて、安心する匂い。
(…地獄って、もっと怖い所だと思ってた。)
生きる為とはいえ、沢山の殺生をした僕が、極楽浄土に行ける筈がない。
逝く先は、地獄だ。
沢山の罰を受ける、痛くて、怖くて、苦しい場所。
そう思っていたのに、今感じるのは、真逆な事で。
甘くて、あったかくて、美味しそうな匂い。
家族といた時のような、懐かしい、優しい匂い。
『周りがなんて言おうと、貴女は自慢の娘よ。』
そう言って、ふわふわの尻尾で僕を包んでくれた、母様を思い出す。
(…母様…。)
みぃ、と無意識に声が出た。
声が出てしまえば、家族を思い出しまえば、もう駄目だった。
(母様…。父様…。悧玖…。)
堰を切ったように、ぽろぽろと涙が出てきた。
会いたいと、みぃみぃと声が出る。
だけど身体は動かなくて。
そもそも僕は死んでいる。
もう会えない。
(会いたい、会いたい…。)
なんて馬鹿な選択をしたんだろう。
ずっと、ずっと大好きだと、可愛い大事な家族と言ってくれてたのに。
仲間から軽蔑の目で見られる僕を、守って、愛してくれてたのに。
だけど、そのせいで皆も傷つけられて。
それが嫌で、苦しくて、逃げだして。
泣きそうな声で、心配そうな声で、僕の名前を呼んで、探し続けてくれた。
知ってたのに、知らないフリして、逃げだした。
ぐるぐると、後悔が、懺悔が、渇望が、僕のなかで渦巻く。
(ごめんなさい。ごめんなさい…。)
みぃ、みぃ、と声が出る。
寂しい、苦しい、会いたい。
ぐるぐると感情が、回る、廻る。
そんな時、ふわりと、浮遊感。
そして暖かい何かが、頭を撫でる。
「…大丈夫、大丈夫。
もう寂しくないよ。」
優しい、低い声。
何度も、頭を、背中を、往復する、何か。
警戒しないとけないのに、その優しい手付きが、母様とそっくりで。
何度も響かせる、優しい声は父様のようで。
気が付けば、僕の意識はまた、闇に落ちていた。




