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消えない烙印05

 王族らしい暮らしは窮屈極まりなかった。

 成人までの短期間に、本当に王女らしくするつもりらしい。

 政略の駒として嫁がせるのだから当然だろう。

 食事の時間すらテーブルマナーの時間になり、お茶会は気の利いた会話ができるか試金石となり、宴と言うのはダンスの実技試験であり、体のいいお見合いだった。

 幾人もの歳の近い、身分のある青年と顔を合わせた。

 宴が終わる度、父王や兄から決まって尋ねられる。

 『気に入った人はいたかい?』と。

 ダンスを踊っている時間だけとはいえ言葉を交わすことができ、外見をぶしつけに見たところで、相手も気にしないのだろう。

 ……選択肢があるだけでもマシなのだろう。

 ダンスが一緒に踊れるぐらいの身分と教養のある男性と結婚しろ、と言われているのだろう。

 アニスは誤魔化すように微笑みを浮かべるだけだった。

 本当に人形になったように、笑っていた。

 詰め込まれる課題の中で、本当に病弱な第三王女になってしまったようだ。

 公務に出席することも少なかったし、余暇の時間はベッドに横になっていた。

 レインドルク城で走り回るどころか、聖典を抱えて木登りをしていた。

 そんなことをアニスが言っても、誰も信じないだろう。

 アニスは本当に無趣味になってしまった。

 淑女らしいはずの趣味であった刺繍も王女にはふさわしくない、と言われて針にふれさせてもらえなくなったのだ。

 ベールの貴婦人たちが褒めてくれた独創的な図案は……確かに個性的すぎるだろう。

 公爵夫人が教えてくれた伝統的な図案ですら駄目だと言われたのだ。

 身分の高い貴族であっても、夫や恋人のためにハンカチに刺繍ぐらいはするものだ。

 公爵夫人など、息子のオルティカがいつまでも刺繡入りのハンカチを貰ってこないから不安がっていた。

 おかげさまでオルティカが使うハンカチは母親の公爵夫人のものと図案を習っていたアニスのものになってしまったのだ。

 貴族階級の女性は許されていても、王族は良くないらしい。

 まったく理解のできない線引きだった。

 余暇の時間はベッドの上で、アニスは横になっていた。

 目をつぶって、小さく息をひそめて、泣くのを堪えた。

 本当は大声を上げて泣きたかった。

 だが、泣く度に咎められたのだ。

 こっそり夜に声を殺して枕を濡らしても、すぐさまにバレた。

 侍女たちが両親に告げ口をしているのだろう。

 泣く度に公務で忙しいはずの清らかで麗しい母親が部屋を訪ねてきて『悲しいことがあっても涙を流さずに微笑んでいなさい。それが王宮で暮らすということなのです』と哀し気に言うのだ。

 アニスは灰青色の瞳を見て悟ってしまった。

 泣くに泣けずに微笑むしかない、という王宮の檻というものに。

 だから金の首飾りを握りしめ、悲しみをやり過ごすようになった。

 きっとこれが神さまが与えられた試練なのだろう。

 ただ聖リコリウスのように強靭な意志はなかった。

 運命という名の濁流に流されるままだった。

 信仰心があれば違ったのかもしれない。

 炎のような信仰心で、すべてを自然と受け入れられただろう。

 これならば、大神殿へ行って、巫女になった方が良かった。

 くりかえす後悔は漣のようだった。

 アニスの暮らしにある一片の喜びは、母親である王妃についていく公務だった。

 一緒に王宮の礼拝堂で祈り、聖典を読み、各地にある礼拝堂や教会を回る。

 敬虔な信者や富を持たない神に近しい者たちと語る。

 辛い病に侵されている者、治らない怪我で苦しむ者。

 そんな人たちの手を握りしめ『父たる神は見守っております』と告げるだけだ。

 金品を与えるような慈善事業はしてはいけないそうだ。

 そういったことは貴族たちの義務で、王族が関与しては政治が偏ってしまうらしい。

 バランス感覚が大切なのだ、と哀し気に母親は微笑んだ。

 涙を流してはいなかったけれども、母親も泣いていた。

 アニスとは違い信仰心の篤い母親にとって、助けられるのに助けられない生命というのは辛いものだろう。

 王妃という身分にふさわしくないほど穢れていない魂の輝きだった。

 世俗など知らない大神殿の巫女のようだった。

 詩人たちが聖王妃と歌うのも無理がない。

 だからこそ、アニスはうつむく時間が増えた。

 父たる神は顔を上げることを望んでいるのに。

 あるがままを良しとするのに。

 首から下げた金の首飾りが重たかった。

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