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赤い糸2X  作者: 山谷正二
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赤い糸が、どの様につながっていくのか?。判らなくなり母の暴走で、何が何だか判らなくなっていく、赤い糸

アッチャンとのことが、忘れられない、心のいたでと、その事を、他の人に見破られない様に、している事に疲れてきていた。そして、この状態から抜け出す、次の事を考えなければ、私は、なんだか、解らない寂しさに、立ち向かおうと、意地になっている気がした。そして、たとえ、間違っていたとして、次の事を考えなければと、頭を働かせていた。そして、ある結論が出てきた。アッチャンとのことが、そう簡単に、結論が出ることではない、一次的に棚上げして、アッチャンの代わりになる、女の子を探して、好きになろう。新しく好きになる女の子は、アッチャンの様に、のめり込まないように、学年が、変わる事に、好きな女の子を変えよう、私は、自分勝手に、アッチャンが、赤い糸で、結ばれていると結論を出した、しかし、出た結果は、私の考えることの出来なかった、途轍ない結論だった。赤い糸とは、簡単に、判断出来ない、不思議な糸のような気がした。難しい事より、次にする事は、好きになる女の子を探す事だった。同年代の女の子が、50人も居るのに、アッチャンに代わる容姿の女の子は、いなかった。やはり、アッチャンは、美人で、可愛かったのだ。そして、人柄も、良かったのだ。他の女の子を、探すほど、アッチャンが、恋しくなってくる、私は、じれんまに落ちて行き苦しくなって来た。もう新しく好きになる女の子を探すのは、無理だから辞めようと思った。      私の幼稚園は、地区ごとに、班により、集合場所に集まり、集団で登下校していた。その中に、かすみちゃという女の子がいた。かすみちゃんは、深く帽子をかぶり、はにかんだり、プイッと、怒ったときの顔が、可愛かった。私は、とりあえずは、かすみちゃで、良いのでないかと思った。どちらにしろ、あと半年で、小学校だ、小学校は、保育園の子たちが、一緒になるので、50人ぐらいは女の子が増えることになる、その時に、又、新しい女の子を探せば良いと思った。かすみちゃは、私の気持ちも、いい加減なのかもしれないが、私に対する反応が、何をしても鈍かった。考えてみれば、幼稚園に、通いだして、半年近く、かすみちゃと、接点を、持とうと、思ったことはなかった。アッチャンの事しか頭にないのだから、当然だ。少なからず、かすみちゃも、私とアッチャンの親密さは、知っているはずだ。かすみちゃにしてみたら、自分に、好意を持って接して来ているとは、思えないかも知れない。私は、本気でかすみちゃを好きにならなければ駄目なのでは無いかと思った。ただ、アッチャンのように、無防備で、好きになる事は、避けなければ。私は、一つの決断として、かすみちゃを、好きだと、ハッキリと、公表しようと思った。いきなり、好きだと言っても、かすみちゃも、困惑するだろうし、こういう時に、過剰反応する母に、言ってみてどうなるか、見てみたかった。「母ちゃんさ、かすみちゃて、知っている?」、「産業道路の向こう側の娘か?」、「そう」、「その娘がどうした」、「うん、オレ好きなんだよね」、「なに、ませたこと言ってんだ、そんな事、母ちゃんに言ったってしようがねいだろ」、「まったく、幼稚園に、何しに行って居るんだか、先が思い知らされるよ!」、予想通りの展開だった。私は黙り込んだ。それから、数日後、父ちゃんが、「マサ、お前、大矢の所のかすみが、好きなのか?」「?うん」「好きだと、言ったのか?」「うー!、まだ」「そうか、大矢の娘なら、父ちゃんに任せとけ、父ちゃんは、よく知っているから、話しといてやるから」、私は、妙な展開になって来たので困惑した。母が、父に、話したのは解ったが、父は、何を話す気になっているのか心配だった。数日後、かすみちゃが、妙に恥ずかしがって、私の事を、意識しているので、なんか、調子が狂ってきた。父が「どうだ、大矢の娘は、満更でも、なかったみたいだぞ」私は、返事を、あやふやにしたが、心の中で、なに余計なこと言っているんだよ、これじゃ、調子が、くずれて、どうして良いか解んなくなったよ。だいたい、父ちゃんは、色々と、面倒をみてくれるは嬉しいけど、ちょっと、違うんだよな。私は、面倒くさくなり、かすみちゃを、好きだとしても、どうでもよくなった。かすみちゃは、日替わり定食のように、そばに寄って話しかけると、うつむいて、恥ずかしがる。ほおっておくと、怒った眼つきで、にらできたり、わざとらしく無視する。今まで私が知っている女の子とは違い宇宙人の様な娘だった。怒ってる居る日や、ハニカンでいる日や、恥ずかしそうな日や、なにしろコロコロ変わるので、どうやって接して良いのか解らなかった。私は、面倒くさいので、もう、かすみちゃを、好きと言うだけで良いやと思っていた。しばらくして母が、「マサが、かすみを好きだなんて言うから、父ちゃんが、かすみの家に、入日だって居るみたいだ」「まったく、親子して、色気づいてんだら、やってられないよ!」母は、なにを言いたいかというと、父は、消防署に勤めていて、非番の日は、アルバイトで、日用雑貨などを販売しているお店の御用聞きをしていた。午前中に、注文を取りに行き、午後配達する仕事だった。まだ、電話の無い時代、こういう店が多かった。かすみちゃの家も、お得意さんだった。それで、かすみちゃのお母さんに、私が、かすみちゃの事を好きだと話したら、二人が結婚したら、親せきになるんだから、仲良くしようとなったみたいだった。かすみちゃには、2人の妹がいて、ちょっと用事ができると、子供が、小さいので、父に車に乗っけてもらったりしているのを見かけた近所の人が、母に、告げ口をしたようだ。この事は、父の問題であり、私には、何の関係もないのに、八つ当たりしてくのである。なぜこの母は、何でもかんでも、ゴチャ混ぜにするのか、いい加減にしてほしかった。結局、この母に話した私が馬鹿だったのだ。唯でさえ、アッチャンのことで、悶々としているのに、今度はかすみちゃのことで、悶々として、父と母の夫婦のもめごとの張本人が私で、分だり蹴ったりで、いじけて来た。こんな日が続き、解決策が無いまま、月日だけが過ぎていく。私は、いら立ちのあまり、だいたい、アッチャンが、引っ越すから、こんな理由のわからない、事になるんだ、いつの間にか、アッチャンを恨んでいた。アッチャンとの、楽しかった日々も、思い出すのも、嫌になった。結局この一連の出来事で、アッチャンとの事はわすれていった。怪我の功名化?。 ごたごたしながら幼稚園も終わり、一年生になった。入学式の日、父が、車で、学校まで送ってくれた。正確には、学校は、坂の上にあり、私と母は、坂の下で降ろされた。ここからだと、まだ、15分は、かかりそうだ。校門の近くまで来ると、一台の車が、校門の前で止まった。その車は父のだった。母が、「父ちゃんの野郎、ふざけやがって、大矢の親子を乗っけてきやがった、マサが、かすみの事を好きだなんて言うから、父ちゃんが調子に乗って、かすみの親子を学校まで車に乗っけて来やがった、それも、私達を坂の下で降ろして、かすみ親子は、校門の前まで乗っけて来て、ふざけんのもいい加減にしろ、だいたい、マサが、かすみの事を好きだなんて言うから、母ちゃんが、こんな思いしなきゃならないだからな、くやしい」この日母は、一日、きげんが悪く手がつけられなかった。入学式からこれじゃ、このさきどうなるのか?。   私の学年は、180人以上で、本来は5クラスに、しなければ、いけなのが、教室の数が足りなくて、4クラスになった。1クラス、50人近いので、机で前から、後ろまで、いっぱいだった。女の子が、20人以上居るので、可愛い子を探していると、かすみちゃも、同じクラスにいた。なんか探しづらいなと思い、面倒くさくなり、他の男の子は、どの娘がいいか聞てみようと思い、大勢の男の子が、好きと言う女の子なら、かすみちゃからほかの子に乗り換えても、かすみちゃに、直接好きだと言った訳でもないし、かすみちゃとの関係は、あやがつきすぎたので、ここで、いったん終わりにしてもらおう、私は、勝手に結論を出した。あとは、かすみちゃが、どう思おうとも、関係ないと思った。クラス男の子の大半が、加藤龍江がいいと言っていた。龍江ちゃんは、幼稚園の時も人気があり、両親が、学校の先生で、ハイソな感じの子で、かばんから、服や、文房具まで、オシャレだった。今回は、かすみちゃで、こりたので、大勢の子が、好きだと言っている龍江ちゃんの、フアンの一人で行ことした。フアンの一人だと思うと、気が楽で、龍江ちゃんの、周りにいて、ワイワイしてれば良い、これは、これで良いのかもしれないと思った。学校に行って思ったのは、学校は、幼稚園とは違い勉強する場所で、毎日の勉強を覚えるのが大変で、好きな女の子をつくって、追っかけ回す余裕は無かった。1カ月が過ぎようとしている頃、いつものように帰りに途中まで龍江ちゃんの下校班と一緒に帰ろうと待っていると、いきなり、後ろから腕を組まれ、そのまま引きずられ引っ張られるまま昇降口に行った。「やまたに君は、龍江ちゃんなんか待ってなくていいの、私と一緒に帰ればいいの」私は、すごく怖くて、いったい何が起きたのか? いったいこの女の子誰なんだろう、私は見当もつかなかった。私は、横目で、胸の名札を見た、1ねん、1くみ、はしやまひろか、同じクラスの女の子だ知らなかった。私しばらく考えてから「ひろかちゃん、腕組み離してくれないかな~」、「だめ!、やまたに君、腕組み外したら逃げるから絶対だめ!」、「このまま、腕を組んで、私と帰ればいいの、絶対はなさなからね!」もしこのまま、腕を組んで下校したら、他の生徒からどう思われて、冷やかされるか、たまったものでわないと思った。どうにか、この理由のわからない状態から抜け出さなければ。「ひろかちゃんさ~絶対逃げないから、下駄箱から靴が取れないから、腕組んでると、ね~お願いだから、やくそくするから!」「だめ~絶対逃げるもん、嘘ついてもだめ~」私は、神にもすがる思いで、ひろかちゃんに、お願いした。「ひろかちゃんお願いだから、離して、俺を信用してよ、ねっねっ、絶対に逃げたりしないから、信用してよ、おねがいだから!」「本当に、逃げない、」「逃げない、約束する、」「信用していいのね、ぜったい逃げないでよ、」「わかった、約束する」「ジャア約束ね」「わかった」ひろかちゃんが、腕の力を抜いて、

組んだ腕を解いてくれた。私は、ゆっくりと靴を入れ替えて、外履きをしっかり履いて、今だと思い、この場を走り去った。後ろを見向きもしないで、3~4百メートル走った、先に出ていた私の下校班に、追いついた。私は、龍江ちゃんの下校班と帰りたかったので、自分の下校班が、帰り始めると、姿を消して、隠れていた。ひろかちゃんから逃げて、思いっきり走っていたら、自分の下校班に、追いついてしまったのだ。「デブイチ」に、みつかってしまった。デブイチは、下校班の班長で、威張っていた。私は気に食わはないので、下校班で、一緒に帰るのを避けていた。デブイチは、私に肩を組む振りをしながら、「おい、色男、遅かったじゃねいか」と言いながら、給食の時に出てた、一口サイズのマーガリンを、私の首筋に貼り付けた。この、デブイチは、あだ名の通り、デブで、豚の様な顔していた。デブイチも、龍江ちゃんが好きだが、龍江ちゃんと話しさえしことがない。普通に、龍江ちゃんと、話してる私に、ヤキモチを焼き、嫌がらせをしてくるので、私は、なるべく避けていた。私は、相当ムカついたが、ひろかちゃんとのことがあるので我慢した。このデブイチは、私に、焼きもちを焼いている暇があるなら、龍江ちゃんと、話す事でも考えればいいのに、変な奴だと思った。私は、デブイチに絡またことで冷静になった。なにか、ひろかちゃんに、悪い事をした気がした。いくら、不意に起きた事でも、恐がらずに冷静に他の対応も出来たのではないかと思った。それに、ひろかちゃんの、「本当に逃げない!信用していいのね!」私の事を、愛しんでいる感じが、頭から離れない。あんなに、愛しんでいた、ひろかちゃんを簡単に裏切った自分が許せなくなって来た。次の日私は学校へ行った。教室に入りひろかちゃんを捜した、ひろかちゃんも私をまっていたようだった。眼と眼があった、私は、「すまない、ごめんね」と言いたかった。ひろかちゃんの目は、寂しそうだけど、優しい目だった。私は、ちょこっと、頭を下げて、自分の席についた。いつもなら龍江ちゃんのそばに行くのだけど、そんな気になれなかった。この日から、私は、龍江ちゃんのご機嫌とりのようなことはだんだんとしなくなった。龍江ちゃんも、フアンの一人が、来なくなったぐらいしか思ってないのでよかった。ひろかちゃんは、目が合うと、寂しそうな目をしているが、優し顔で、ほほ笑んでいた。私は、ひろかちゃんと、話そうと思うのだが、まずは、謝らなければならないが、なんと言って良いか解らなかった。日が過ぎていき、謝るタイミングが、ずれていき、どうしょうもなくなった、だた、ひろかちゃんを観察していて見ていると、よく目が合う。その目は、寂しそうだった目から、だんだんと、穏やかな幸せそうな目に変わってきた気がした。たぶん、私が龍江ちゃんから離れたからだと思う、そして、愛しそうな微笑みになり、恥ずかしそうな感じだった。私も、この距離感がよく、人目につかず、2人だけの愛コンタクトの気がして、かえって、デレデレしたり、話したりしないで、愛コンタクトをしてる方が、言葉を交わしているより良いような気がした。とくに、デブイチの様な、人の事を干渉してくる奴からは逃れられた。ひろかちゃんは、おとなしめで、淑やかな感じで、勉強できる、クラスの女の子では、龍江ちゃんの次に、勉強ができるこだった。顔だちも、日本人形の様な顔で、すまし美人の様な感じだった。毎日、何回も愛コンタクトをしていると、話してる居るよう気がして心地よかった。いつの間にか、ひろかちゃんを好きになっていた。なぜこんなにも、淑やかで、おとなしく、控えめな、女の子が、あの様な激しい行動に出たのか?、私は、ひろかちゃんを観察し、愛コンタクトをしていながら結論が出た。私の、龍江ちゃんに対するフアンじみた行動に、「ひろかちゃんは、私の方が性格の悪い龍江ちゃんよりよほど良い。」その事を私に伝えたかったのだと思った。事実、龍江ちゃんは、性格の悪さで男の子から、だんだんと、人気がなくなっいった。ひろかちゃんは、その反対で、男女に好かれる様になり、みんなから信頼を集めるようになった。ただ、皆んなは知らない、ひろかちゃんの本当の姿は、激しい気性の持ち主だと、芯の強さから出ている優しさだということを。私は、このひろかちゃんと愛コンタクトを通して結び付いている自分に、優越感を感じていた。         秋になり、学校生活も慣れた頃に、私の住んでいる地区では、この頃、同年代の子が集まって七五三の、お祝いをする習慣があった。公民館に二百人近くの子が集まって、偉い方の話しを聞いて千歳飴袋をもらって、写真撮影するのである。この写真撮影の時、付き添いの母が、私の手を握りしめ、グイグイと引っ張て行くのである。母は、独り言のように「いない、いない、どこに居るんだ」「いたいた、かすみちゃがいた、ほれ、こっちだ、」かすみちゃの並んで居る処に、廻の子を退けながら私を引っ張て行った。母は、「ほれ、かすみちゃの隣で写真を撮れ、記念だかな、ね~かすみちゃ」私は呆然として、なに言ってるんだ、この馬鹿と思い、隣のかすみちゃを見たらソッポを向いていた。私は、どうして良いのか解らなかった。写真撮影が終わり、かすみちゃは、ソッポ向いたまま、私から離れて行った。何か凄く気分が悪くなり、帰り道母に、何であんな事をしたのか聞いた、母は、「七五三の良い思い出になるだろう、好きな子並んで写真撮ったんだから、感謝しろ」私は、呆れ返った、頭にきていたので口が滑ってしまい。「ふざけるな、いまは、好きじゃい、他に好きな子がいる」と、言ってしまった。「なぬ??、誰が好きなんだ」よせばよかったたのに頭にきていたので、私は、「ひろかちゃんだよ」と、言ってしまった。母は、「まったく、誰に、似たんだか、次から次に。どこの子だ、そのひろかちゃんていう子は、」私は、ひろかちゃんの家の場所を、説明した。母は、その後すごく機嫌が悪く疲れた。数日後、父が、「マサ、お前、本橋園の娘が、今度は好きなのか?」私は、まずい展開なったと思った。父が言うには、本橋園は、屋号で、私の、地区ではかなりの資産家の家らしかった。本橋園の娘なんか嫁にもらったら、  一生、左うちわで、遊んで暮らせるぞ、だんだんと、資産家の娘を好きになるなんて、将来が楽しみだと言われた。なんだか、金めあてで、女の子を好きになったみたいで嫌だった。それに、ひろかちゃんが、私しに好意を持ったので私が、ひろかちゃんの好意に乗った感じだった。そして、いつの間にか好きになっていた。    この父の話の数日後、ひろかちゃんが、頻繁に、愛コンタクトを、送ってくるようになった。父が、また、御用聞きの時に、何か話したなと思った。私は、この頃から偏屈になり正直に話しをすると、ろくな事は無いと思う様になっていた。ひろかちゃんとの愛コンタクトは、しばらく続いた私は、この関係で良いと思っていた、アッチャンとの二の舞いは御免だった。2年生になり、産業道路に、信号機が設置されたので道路を渡って良いことになった。私の行動範囲は、広がった。私の学校の学区範囲は、下地区、中地区、上地区、栄団地地区に分かれていた。私家は、下地区の端にあり、産業道路を渡らなければ、他所の処には行けなかった。産業道路を渡って下地区、右手に行くと栄団地、左手に行くと、中地区、上地区となる。基本的には、下、中、上地区の子のは、中地区に有る保育園行くのだが、私は、スベリ台が螺旋だった栄団地の幼稚園を選んだ。この頃のこの地域は新しく出来た栄団地に対して心良く思っていなかった。子どもの世界でもそれが反映されて、下、中、上地区の子は、栄団地の、子に対して、対抗意識を持っていた。私が、小学校に入る年までは、運動会は、地区対抗だった。地区対抗だと、その地区の爺さん、婆さん、商店や、名家人達と、地区応援で凄い盛り上がりだった。その様な地区意識が強い関係の中、私は下地区でありながら、栄団地の幼稚園の出なので、保育園の出の子と、幼稚園の出の子の同学年のパイプ役になり、2年生になる頃には、ボス的な存在になっていた。どの地区に遊びに行っても、同学年の子や、年上の子とも、遊べた。年上の子との中は、兄の存在が大きかった。兄は、10歳年上で、この地域では、アチョーさんと呼ばれている愚連隊の一員だった。私が山谷と苗字をいうと、年上の子が、アチョーさんの弟とわかるので可愛がってくれた。学校では、ひろかちゃんと、愛コンタクトをして、学校外では、いろいろな地区に遊びに行き楽しかった。しかし、ひろかちゃんは、進展のない愛コンタクトに、不満あるような感じがしてきた。私は、アッチャンの事があったので、深い付き合いになって、もし別れが来たら、私は、今度は、耐えられ気がした。ひろかちゃんには、申し上げ無いが、私は、これ以上この関係を伸展させる気は無かった。 この2年生の年の新年、姉が、成人式なので、父が、親せきを集めて、新年会と、成人式のお祝いを盛大にした。その疲れか父が急に腰の痛みで寝込んでしまった。この当時の町医者は、見立て違いが多く、検査技術もない時なので、神経痛と診断した。しかし、日に日に痛みが劇しくなり、1週間で、痛みに耐えらなくなり、他界してしまった。私が、父が他界した同じ45歳ぐらいの時に、急にこしが痛くなり、歩けなくなり、救急車で、聖マリアンナ医科大学病院に、運んでもらい、診断結果は、動脈硬化による、血栓と診断された。特に、遺伝的で珍しい一万人に一人ぐらいの足に3本あるはずの動脈が、2本しかなく1本はあるにはあるのだが細すぎてほとんど、機能してなとのことで緊急の閉塞している血管の他に、人工血管を通す手術が行われて私の脚は切断せずに済んだ。先生の話だと、脚の血栓の場合、血が流れたり、止まったりを繰り返したりするので、処置が遅くなり、足の切断が多いとの事でした。先生には、早く気ずいて良く来たねといわれました。血管がおかしいのは、遺伝だと言われたので、父の話をすると、たぶん、同じだと思うと言われて35年以上前なら、その時代の医学では、むりだねといわれました。父が他界して家族が、どんな形で変化して行くのか、8歳の私には、想像できませんでした。父の葬式の日、父の見送りに、クラスの全員が家まで来てくれました。クラス先頭に、学級委員のひろかちゃん居ました。いつものように、愛コンタクトを交わし、ひろかちゃんは、つらいと、思うけど頑張ってねと、微笑みかけている感じでした。父が他界して49日が過ぎた頃、母が人が変わったように我がままになりました。父が、生存の時から、わがままでしたが、その事を、押さえていた父が、亡くなり、勝手に暴走を始めたのです。本当の意味での毒母の始まりでした。少しでも、母の意思に、背くようなことがあれば、「お前なんか、父ちゃんが、産んてくれと言うから産んだんだ、俺が、育てると言うから産んだのに、勝手に死んで、いいか、云うことを聞かなければいつでも、孤児院にでも預けるからな。そうなれば、淋しい思いをして、肩身の狭い思いをして一生いきていくんだからな。」こんな調子で、なにしろ子育て放棄の言葉の連続でした。世間的には、母子家庭で、大変なように創ろうのですが、姉も働いていて、兄も働いて生活費を母に渡していました。すぐ上の姉は、県立高校なので、学費もかかりません、私も、小学生なので学費は、かかりません。父は、公務員だったので、遺族年金がもらえて、母子家庭手当も貰えます。家は、生前に父が建てたので、地代が年間で5千円です。極端に、父が、居ないから、明日から生活が出来ない様なことは無かったのです。しかし、母は、自分は、父親代わりも、しなくてはならないので辛くてしょうがないと世間的に創ろうのでした。そして、お金になると思い、生命保険会社に外交員として務めだしました。もともと、家事が嫌いな母は、家事仕事を子供に振り分けました。朝ご飯は長姉、夕ご飯は次女、掃除や洗濯は姉2人が交代で、私は風呂焚き、この当時の風呂は、薪で焚くので、2時間ぐらいかかり、毎日、4時半頃には、焚き始めないと、7時ぐらいに、炊き上がりませんでした。この家は、これからどうなっていくのか、不安しかありません。












































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