【第3話(中編)】私の不幸を礎に
次の日の午後、濁流のような勢いの眠気に襲われていた僕の元に、兄貴が見舞いに来てくれた。
しかも、入院生活の暇つぶしにと、最近発売されたばかりの新作ゲームを数本携えて。
オタク兄貴最高と歓喜し眠気が吹き飛んだ。
大学生の兄貴は居酒屋バイトでかなり稼いでいるらしく、羽振りが良い。
おまけになかなかのゲーマーときたもんだから、毎シーズン新作を購入してくる。
弟の僕は無料でそれらにありつけるのだから役得すぎる。
恐らく数時間プレイして自分に合わないと判断したのだろうが、それでもこの退屈な時間を紛らわせるにはもってこいだ。
来てから30分も経っていなかったが、兄貴は会話もほどほどにして颯爽と帰っていってしまった。
どのゲームを先にプレイしようかと目を光らせながらパッケージを眺めていると、入れ替わり立ち代わりで1人の少女が病室内に入ってきた。
小麦色の肌色にショートヘアー。小日向さんだった。
「ワタル君ってお兄さんいたんだね。大学生?」
「そうだね、21歳。来年就活らしくて、卒論だのインターンだのって最近よく騒いでるよ。あっ」
「どうしたの?」
「いいや、なんでもない」
就活なんてこれから未来に大きく羽ばたくような話をすべきではないと、口に出した直後に気づいて後悔した。
話のテーマ選びは慎重にすべきだというのに学ばないな僕は。
「それより、小日向さんは相変わらず元気そうだね。昨日はちゃんと寝れた?」
「昨日っていうか、今日の深夜だね。4時間くらいは寝たよ。ワタル君の方は体調大丈夫?」
「大丈夫だよ。いや、ちょっと眠いかな」
アハハハという僕の取り繕った笑みに小日向さんも笑って返してくれた。
ホッと小さく息を吐く。
「それより、僕に何か用があってきたの?」
僕の問いかけに小日向さんは爽やかな笑みで窓の外を指差した。
「私と外庭を軽く散歩しよう」
小日向さんの唐突の誘いに驚きつつも、僕は誘いを快く受けて外庭に繰り出した。
残暑が過ぎ去り、初秋のちょうどいい気温。
いつもより外庭を散歩する患者さんは多いが、相変わらずの高齢者比率で思わず苦笑いが漏れた。
車椅子を押そうかという彼女の提案は断り、ハンドリムを快適に回して彼女と並走する。
「ワタル君とラファちゃんが付き合ってるってタケルから聞いたの」
「付き合ってるけど、それがどうかしたの?」
「ラファちゃんってさ、…………本当に天使なの?」
返答に詰まった。
ラファ自身はそう言っているし僕もそうであると信じてはいるものの、聖書も読んだことがない僕が他人にそう断言できるほど確信はないのが正直なところだった。
「……たぶん?少なくとも本人はそう自称しているよ」
首を傾げながら曖昧に濁すことにした。
「なんで天使様が地上で人間に成り代わっているんだろうね」
「人間を理解するっていう神から与えられた使命を全うするためなんだってさ。そのために実際に僕ら人間と同じように生まれてきて、人間社会に溶け込みながら学習しているみたい」
「不思議だね。天使なら……怪我とか病気とか治せたりできないのかな」
「それができたらこの病院から患者さんは1人残らずいなくなっているだろうね」
「確かにその通りだね」
快活に笑う小日向さんに釣られて僕まで笑みがこぼれた。
彼女の明るさは周囲まで包み込んでいくようで一緒にいて自然と心が軽くなるのを感じる。
「光の剣のこと、タケルから聞いた。私も見てみたかったなぁ」
「一瞬ファンタジーの世界に来たと思ったくらい迫力があったよ」
「タケルもビビりまくったって言ってたよ。それに物理的に物を斬るわけじゃないって。見てない私には分からないけど本当不思議な話だね」
「ラファ曰く、物体の機能のみを斬り離すと言ってたかな。斬り離したそれを他の誰かに転移することもできるって」
「だからタケルは綺麗に両足が揃っているんだね。あくまで機能だけを奪われたんだ」
奪われたという表現に違和感を覚え、僕は説明を付け加える。
「ラファの沽券に関わるから念のため説明しておくけど、タケル君は自ら望んで自分の両足を手放したんだ。以前入院していたとある女の子を救うためにね。だから奪われたっていうのは語弊があるかな」
「もちろんそれは知ってたよ。タケルは自分がしでかした行為だって言ってた。一生の中で一番大きな後悔だって」
成長したじゃないか。
口の悪い奴から多少理解のある口の悪い奴にランクアップ。
「でも、私は彼がした行為が間違っているとは思わない。誰かを想うこと、自らを犠牲にする気持ちって
凄く大事な事だと思うんだ。お金なんかよりも」
「それが理想的ではあるけど、人間誰しも本音は自分が一番なんじゃない?この世で一番大事なものは
金だって母さんはよく言ってるよ」
皮肉っぽく返した僕に小日向さんは大笑いする。
冗談ではなく大真面目に言ったつもりだったんだが。
「ワタル君のお母さんはリアリストだね。その通りだと思う。でもね、死に際に立っている人間の一意見として言わせてほしいんだけど、生きる上で大事な事って、自己を犠牲にしてでも優先したい誰かがいるということだと思うんだ。その誰かに何かを遺してあげたいという気持ち。自分だけ幸せになったって寂しいだけだから」
何かを遺すと言っても高校生の僕に遺産なんてないし、あってもゲームや漫画くらいのものだ。
それを兄貴に遺産だと言って渡してもあっさりと断られる光景が鮮明に頭に浮かんでくるので参る。
「大切な誰かに遺す……ねぇ。小日向さんは家族とか近しい誰かに何かしておきたいこととかあるの?」
小日向さんは人差し指を口元に当て、意味ありげな笑みを浮かべて答える。
「さぁ、どうなんだろうね?」




