【第2話(前編)】天使と光の剣
「あ、そこは、だめ……、うっ」
「ここが弱点なのか?そうかそうか。分かりやすい奴め。ならそこを集中的に攻めてやるぞ」
「あ、ちょっ……、やばっ。やばい、もうやばい。あ、あぁ――――っっ!!」
10戦0勝10敗。ラファはスマブラが鬼強いということが身を持って痛感した。
ラファの病室内、スイッチを突き合わせた熱きバトルは一方的な虐殺と言って差支えないほどの戦闘力の差で、僕の操作キャラのピットはラファのインクリングに幾度となくローラーで地中に埋められ、吹き飛ばされた。
「いい加減相手の攻撃パターンを覚えろ。あとコンボが雑だしタイミングも適当だろう。動きがまだ素人なんだお前は」
「ラファ強いね。他のゲームもかなり強かったり?」
「試してみるか?」
ラファは薄笑いを浮かべながら個室に備え付けられた棚の引出しを開ける。
棚から出でし物達は、スプラトゥーン、マリオカート、ウイニングイレブン、遊び大全等々――――。
インクリングをメイン操作キャラに据えていたラファ相手にスプラトゥーンを選択するのは愚の骨頂。
遊び大全でボードゲームによる知恵比べも……うーん。
恐らくだが、ラファはかなり理知的で頭が良いように感じる。
冷静で達観していて、幼児体型に似合わず中身は大人びている。
態度や言動が落ち着いているし、会話の言葉選びもどこか秀逸さを感じることがあるのだ。
僕と同じ高校生らしさをあまり感じられなかった。
よって遊び大全もなし。
やはりここは僕の得意分野であるサッカーを生かしてウイイレにすべきか――――。
「ラファちゃん。検査の時間よ」
スマブラがひと段落するのを待ってくれていたのだろう。
ゲームの合間を待っていたようにタイミングよく扉が開けられると、そこにはいつぞやラファの病室の前で声をかけてきた若い看護師さんが立っていた。
すぐ行くと言ってラファはスイッチの電源を切り、ベッドから立ち上がる。
「今日はもうおしまいだ。また明日な」
「……分かった」
「何を物欲しそうな顔をしている。私は何も持ってないぞ」
気づいているのかいないのか、ラファは意地の悪い笑みを残して病室を出ていった。
小さくため息を漏らしたが、鏡で自分の顔を見てみるとやらしい顔をしたニヤケ面が映り込んだ。
不快な顔ではあったがそうなって当然っちゃ当然だ。
彼女の普段の不機嫌そうな表情が少しずつではあるが変化が生まれているのだ。
それは多分に僕の成果と言っていいだろう。
彼女の中で僕の存在感が大きくなっているのは素直に嬉しい。
両足骨折に見合うだけのリターンが返ってきたことを我ながら誇らしく思っている。
満足げな顔をしたまま車椅子を引いてラファの病室を出ると、ラファを呼び出したはずのあの若い看護師さんが暗い面持ちで立っていた。
どうやら僕を待っていたようだった。
嫌な予感がする。
「ラファちゃんと仲良くしてくれてるんだね。あの子、最近凄い楽しそうだよ。安心した」
「それにしてはちっとも安心したような顔には見えませんね」
看護師さんは何かを言い淀んでいる様子で僕はすぐに察した。
「…………ラファの残りの寿命は?」
看護師さんは悔しそうに歯噛みしながら重い口を開く。
「……………………3か月くらいだって」
覚悟していた台詞。
それでも、胃に鉛を入れられたような重苦しさを感じ、深呼吸をして一旦落ち着くのを待つ。
「そうですか。教えてくれてありがとうございます」
「ふーん。ずいぶん冷静なんだね。全然ダメージ受けていない感じで、大人だね。……ワタル君さ、ラファちゃんのこと本当に好きなの?」
「もちろんです」
看護師さんの瞳をまっすぐ見てはっきりと断言する。
「自分の両足を粉砕することも厭わないくらいには、彼女のことが大好きです」
そう言い切って看護師さんの前を通り過ぎた。
僕に向けた嫌味でないことは彼女の表情から容易に察した。
やり切れない思いを、救えない命を、ハッピーエンドのない人生を。
痛ましく感じて誰かに吐露したいだけなのだ。
だったらラファの残り短い人生を最高にハッピーにしてあげるのが彼女にとっての唯一の救いだろう。
最も近い立ち位置で彼女に尽くすことができる僕も最高にハッピーなのだと自分に言い聞かせながら、熱くなる目頭を必死で抑えた。
とは思ったものの。
僕とラファはどちらも病人で、病院を外出してお洒落なデートをすることは不可能。
映画デートも水族館デートもスカイツリーも江の島散歩もプールも海も遊園地も何もかも、デートの選択肢から除外される。
だからといって、スイッチというゲーム画面の中の世界ばかりをデート場所にしてしまうのはナンセンスといえよう。
かくなる上は――――
「なぁワタル、いつも通りスイッチでゲーム対戦でいいんじゃないか?」
「たまには気分を変えて外で日光を浴びないと干からびちゃうからね」
「お前が今にも干からびそうだぞ。外庭で車椅子散歩はきついだろう。私が押してやろうか」
「いや、自分でやるから大丈夫だよ」
さんさんと日光が降り注ぐ太陽の下、額から滴る汗を腕で拭いながら車椅子に乗って病院の外庭をラファと散歩している。
ラファの純白の髪は、今日も今日とて日光を反射して白銀に輝き、神々しさを放っている。
天空の庭を散歩する天使。
僕はポエマーでは断じてないが、そんなフレーズがふと頭に浮かんだ。
「天使の私でも日光の暑さはきついものだな」
「…………なんて?」
「あの輝かしい星に向かって羽ばたいたイカロスの翼が熱に溶けてしまったというのも頷ける」
ラファは天を仰ぐように手を空へと伸ばした。
天界へ還りたいと天使が願うように。
「ラファは天使なの?」
「そうだ。私は天使なんだ」
天使のように可愛いと自称してしまうか。
彼女の構成要素に自信家を追加せねば。
白髪で幼児体型で不機嫌顔で不治の難病持ちで自信家とは設定盛りだくさんだなぁ。
「なにをニヤけているんだキモいぞ」
おまけに毒舌家でもある。
ラファのジト目を受けながら歩いていると、向こう側から見知った車椅子の女の子と、彼女の乗る車椅子を押して一緒に散歩している男子がこちら側に向かって歩いてくる。
彼女は入院してから知り合った栗田さんだった。
「こんにちわ、ワタルさん。…………病院から飛び降りたって話は本当だったんですね」
栗田さんは僕の両足のギプスと車椅子姿を見て驚いたように言った。
「まぁ色々あってね。栗田さんはリハビリ順調?」
「全然。両足の感覚はほとんど戻らないんです。お医者さんからはこのままリハビリを続ければまた歩けるようになるよって励まされるんだけど、実際どうなんだろうね」
栗田さんは困ったように笑いながら答えた。
彼女は交通事故で脊髄を損傷し、下半身不随となってしまったと本人から聞いた。
16歳という若さで背負ってしまった大きすぎるハンデ。
僕より1つ年下という年の近さからか、奪われた未来も青春も全てがリアルに想像できてしまい、それがより一層痛ましく感じてしまう。
その絶望をまるで感じさせない彼女の笑顔がどうにも気まずくて目を合わせられない。
不慮の事故で治る見込みのない彼女と違い、僕は自ら高所から転落し車椅子となっている。
それに骨折程度はいずれ治る。
そんな僕が彼女にかけられる言葉なんてあるはずがない。
彼女からかけてもらう言葉は、もっとない。
「葉月、誰なんだそいつ」
栗田さんの車椅子を押す男子が訝し気に僕を観察するような目で見ている。
「病院で知り合ったワタルさん。タケルはワタルさんとは初対面なんだから乱暴な口調は使っちゃだめだよ」
「そんなん関係ねーよ」
タケルと呼ばれた生意気男子は、うざったそうな態度を露骨に僕にぶつけてくる。
「ごめんなさい。彼は幼馴染のタケルです。私より1つ年上だからワタルさんとは同年代かな?週に1回お見舞いに来てくれてるんです」
「週2回な」
「いつもありがとうね」
栗田さんのはにかんだ顔を見て恥ずかしそうにタケル君は目を逸らした。
あぁなるほど、ジェラシーを感じて僕に悪態をついたってことねそういうことね。
残念だけど僕には隣の天使ちゃんがおりますので。
こちらも彼女を紹介してあげねばなりませんな。
「僕の隣の子はラファ。最近付き合い始めたガールフレンドだよ」
だから君の彼女は狙っていないよとタケル君に向けた静かなるメッセージ。
……伝わってなさそうだなぁ。
「よろしくなー」
「おぉー!!ワタルさんって見た目に反して男子力凄いですね」
「男子力?」
今けっこう失礼な内容が含まれていたような……。
「タケルも見習わないと。彼女できないよ!」
「うるさいなぁ、ほっとけよ」
2人は特に付き合っているわけではなさそうだった。
シンプルに幼馴染の関係。
幼い頃から積み上がった純粋無垢な繋がり。
彼らが眩しく、そして自分がとても不純なように何故か思えてしまうがそれは考えないようにした。
「期間限定の関係だがな」
「……どういうこと?」
ラファの意味深な発言に栗田さんは疑問を浮かべる。
不治の難病にかかっている可哀そうな子なんです、なんてこの場で説明するのは気が引けるし、とはいえ咄嗟に上手い言葉は思いつかったので、適当に話を切り上げることにした。
「い、いやそんな変な意味じゃないよ。それより喉乾いちゃったから、僕とラファはここで失礼して院内に戻ることにするよ」
急にどうしたのだろうと首を傾げる栗田さんとタケル君は残したまま、慌ててラファと院内へ戻る。
「なんとなく知っているとは思うが、私の寿命はそれほど長くは――――」
「…………今はその話はやめてほしい。まだ今は、考えたくないんだ」
「でも覚悟は今のうちにもっておかないとワタルが――――」
「なんだか腕が疲れちゃった。車椅子を押してくれないかな」
続けざまに言葉を遮られてさすがに諦めがついたのか、ラファは何も言わず僕の車椅子を押してくれた。
残りの短い時間を悲嘆に暮れながら過ごしたくはない。
そんな僕のワガママに付き合ってほしいと彼女は察してくれたのかもしれない。
次の日、日曜日のせいか診察待ちの人やお見舞いに来る人々で午前中から院内の人口密度は高く、世間話をするご老人達の賑わいがあちらこちらから聞こえてくる。
僕とラファは目的もなく院内散歩デートに繰り出している。
女たらし坊主なんて野次を爺さんから飛ばされることもあったが、僕はそれを涼しい顔で受け流す。
いや、むしろ心地良いくらいに感じちゃうね。
「なにニヤけているんだキモいぞ」
毒舌家だなぁ。
既視感の感じるやりとりを彼女と交わしながら廊下を歩いていると、病室内で栗田さんとタケル君が楽しげに会話しているのを目にした。
声をかけようかと迷ったが、邪魔したら彼にどつかれそうだと思いそのまま通り過ぎようとして、
「おい栗田。昨日ぶりだな」
ラファは空気を読むこともなく先輩風を吹かせたように2人に手を振った。
思わず顔に手を覆いたくなったが、ラファにやや遅れる形で僕も手を振ることにする。
「あ、ラファちゃん。ワタルさんも。こんにちは」
「2日続けてこいつらの顔見るのかよ……」
車椅子で轢き倒してやろうか。
歯に衣着せぬ物言いなんて表現があるが、それは失礼とは紙一重であっても意味は完全に異なる。
彼はただ無礼な人間であるというだけだ……なんて諭しても無駄な体力の浪費になるだけだと思い、とりあえず今は矛を収めておく。
優しいって損な役回りになるよなぁなんてつくづく思う。
「今日も栗田の見舞いに来るとは精が出るな。2人は付き合っているのか?」
ラファの率直な物言い。
だが彼女の発言は失礼とは違う。
紙一重だなぁ。
「ち、ちげぇよ。そんなんじゃねぇって。幼馴染だから見舞いに来てるってだけだ」
「栗田のことが好きじゃないのか?」
「そ、それは……。もういいだろそんな話は」
「タケルは、私のことが好きなの?」
完全に蚊帳の外に置かれた僕を他所に、あらぬ方向に会話が進んでいっている。
船長のラファは会話の舵をマイペースに動かしているご様子。
栗田さんは目を丸くしてタケル君の目をまっすぐ見ている。
彼は盛大に目を泳がせながら言い淀んでいた。
栗田さんの目を見て口を開いては閉じてを繰り返している。
もはやこれは告白したも同然といえるくらいの狼狽具合だった。
「…………私、両足が不自由なんだよ?」
「…………そんなの関係ねぇよ。足が不自由でも葉月は葉月だろ」
「遊園地にもプールにもハイキングにもどこにも行けない身体なんだよ?そんな子が隣にいても面倒に感じるだけなんだよ?」
「どこにも行けなくたっていいよ。病院だけでもいい。ここでこうして話をしているだけでもいいんだ。好きだから、毎週こうして見舞いにきてるんじゃないか」
タケル君の告白に沈黙が舞い降りた。
栗田さんは考え込むように押し黙っている。
会話の外に追いやられた僕は何も言うことができず、沈黙の気まずさだけを押しつけられた気分だ。
何か喋ることはないかと言葉を必死で思案しているとき、沈黙を破ったのはラファだった。
「お前は今栗田を好きと言ったな。そう言い切るだけの覚悟は出来ているってことか?」
「覚悟ってなんだよ」
「彼女の痛みを共有する覚悟だ。たまに見舞いに来るようなペットの餌あげ感覚とはワケが違う。彼女の痛みや苦しみを理解して一緒の所まで沈むだけの覚悟だ。溺れている人間を助けてあげるんじゃない。一緒に溺れる覚悟があるのかと問うてるんだ」
ラファはいつもの不機嫌顔で、芯の通った力強い言葉をタケル君に突きつけた。
僕がラファに告白してきた時と同じ。
好きであるに足る覚悟があるのかという問いかけ。
タケル君は当たり前だと首を縦に振った。
「葉月の不自由な両足を俺の健康な両足と取り替えてあげたいくらいだ」
「…………男に二言はないな?」
ラファの再三の確認にタケル君は迷いなく頷く。
よしと一言、ラファは片手を天高く伸ばす。
「……何してるの?」
「まぁ見ていろ」
僕も栗田さんもタケル君も、何事かと黙ったままラファを見つめる。
錯覚だろうか。
日中の明るさのせいで非常に見えづらいのだが、ラファの伸ばす手へ光が集束しているように見える。
集束する光はどんどんとその輝度を上げ、目を眩ませるほどにまで光量を内包させていく。
やがて細く長く流動的に形を変化させ、それは剣の形を模した。
剣の切っ先は天井近くまで伸び、何物も切断する鋭利さを研ぎ澄ませていく。
「お前の自由な両足をいただくぞ」
ラファは短い言葉とともに光の剣を彼の両足に向け、勢いよく横に薙いだ。
僕含めた3人はあんぐりと口を開けて言葉を失っている。
一体どんな手品を見せたのか。
ただの奇術にしては異次元過ぎる現象。
「ラファって手品得意だったっけ?」
「手品じゃない。天使の剣だ。天使なら誰だって創り出せる」
「天使ってマジだったの?」
「大マジだ」
…………………………………………。
特にふざけている感じもなく、至っていつもの不機嫌顔、眠たげな目。
そんなファンタジーな存在が実在するのかを考察したいところだったが、その前に気にしなくてはいけない緊急事態があるだろうと思い直し、ハッとしてタケル君に視線を向ける。
光の剣を振るわれた後の彼の両足に外見的変化は今のところ見受けられない。
両足が斬り落とされて血が噴き出ることはなく、病院の窓を遊覧飛行した僕の両足みたいに粉砕しているわけでもなさそうだった。
表立った変化がないので気づくはずなどない。
それは彼の身体内部にのみ生じた異常現象、非科学の具現だった。
タケル君は突如電池の切れたロボットのように膝から崩れ落ちた。
床に倒れ込み、上体だけを起こして自身の両足に何度も触れる。
信じられない光景を目にした様子で自身の両足を観察しては軽く触れたり叩いたりを何度も繰り返している。
「両足の感覚が……………………ない」




