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【最終話(後編)】天使の君を追いかけて

「お客さんさぁ、いい加減教えてよぉ。こんな夜遅い時間に脚立なんて持って僻地に何しに行くのかって」


 タクシー運転手のおじさんは不穏な声色でセンターミラー越しに僕の顔色を何度も伺う。

 それもそうだろう。

 深夜の時間帯に脚立を抱えて廃病院のある僻地に向かうなんて酔狂な高校生がいたら、誰だって怪しがるに決まっている。


「大した事じゃないですよ」


「そんなわけないでしょーよ。脚立なんて持ってさぁ……。まさか首でも吊るつもりじゃないよね。まさかね……?」


「違いますよ。まぁでも、賭けみたいなものです」


 僕は楽し気に応える。

 どうしてか自分でも説明できないが、変にテンションが上がっている。

 命が懸かっているからか、深夜のテンションになっているからなのか。


「賭けって……あ、あぁ!友達の家で博打するってことかい?」


「廃病院でです」


 えぇ…………と運転手の顔はみるみる青ざめていく。

 勘弁してくれよと言いたげだ。


「おじさんはさ、君の心配もしてはいるんだけどね。自分の心配もしてるんだよ。自殺するかもしれない君を現地まで送ったなんて知れたら、自殺ほう助?っつー犯罪で捕まっちゃうかもしれないんだわ。頼むからさ、おじさんを助ける意味でも自殺は勘弁してくんねーかな?頼むよぉ」


「自殺なんかしませんよ。廃病院で中学時代の友人達と待ち合わせしているんです」


 僕の言葉にようやく納得してくれたのか、おじさんはホッと胸を撫でおろした。

 ……まぁ、不法侵入なんですけどね。


 廃病院前で降り、荷台から下ろした脚立を抱える。

 真冬の深夜、気温は氷点下で、冷気がコートを突き抜けて僕の肌を震わせる。

 湿度が少ない冬の夜空は綺麗な黒のベールを身にまとい、そこに散りばめられたいくつもの星は宝石のように光り輝いている。

 生涯で一度きりだと思っていたが、まさか二度目の機会が訪れるとは。

 自嘲混じりにため息をついたが、頭は冴えて心臓が激しく鼓動を刻んでいた。

 深呼吸深呼吸。

 吸い込んだ息が冷たすぎてむせそうになった。

 息を整えて一旦落ち着いてから、廃病院の正門前に移動する。

 脚立を立てて登り、背の高いフェンスを乗り越えて廃病院の敷地内に入った。

 脚立なしじゃまず登れない高さ。

 入ったが最後、ここから自力で出ることは出来ないだろう。

 当然戻る気はない。

 敷地内に踏み込んでも、以前のように世界が切り替わることはなかった。

 あちらの世界とこちらの世界を繋ぐ道は閉ざされているのだ。

 ならばこじ開ける他ないだろう。

 雑草は伸び放題で、割れたアスファルトの隙間からも生え出していて、閉業してからそれなりの年月が経過していることが伺えた。

 窓ガラスは所々が割られ、壁にはスプレーによる芸術的な絵が描かれている。

 空のペットボトルや空き缶がそこらに転がっていて、一時は不良のたまり場にもなっていたのだろうと推測できる。

 とはいえ、こんな真冬の深夜の時間、廃墟に集まる馬鹿はいないだろうなと思いながら、半開きになった窓を開けて中に侵入する。

 月の光が僅かに入り込むだけの院内は真っ暗で、リュックからライトを取り出し点灯させた。

 深夜の廃病院だというのに怖さはまるで感じず、むしろ郷愁感すら覚える。

 ついこの間まで入院していたのだからそりゃそうだろう。

 いや、向こうの世界では今もなお入院していると考えれば、郷愁というのもおかしな話かもしれない。

 受付を通り過ぎて通路を真っすぐ進み、階段を昇る。

 迷いも淀みもない足取り。

 屋上へ向かってゆっくりと。

 屋上の扉は以前誰かが侵入した形跡があり、ドアノブは壊されて扉は開いていた。

 扉を開けると、凍り付くような冷たい風が吹きつけ足が竦みだした。

 震える足を無理やり前へ、一歩一歩踏み出す。

 フェンス越しに遠くを見渡すと、戸建ての家々も、走行する車も、道行く人々も、まるでジオラマのように小さな世界に見えて不思議な感覚だった。

 そして真下は、冷たく硬いアスファルト。

 3階の病室から飛び降りたどころの高さではない。

 ここから落下して地面に叩きつけられれば間違いなく死ぬ。

 それでも。

 ラファのいる世界へ。

 幸福が約束されない不安定な世界へ行くために。

 フェンスを乗り越えて死の淵に立った。

 肋骨を突き破るんじゃないかと思うくらいに激しく脈動する心臓。

 凍えるほど寒いのに額から吹き出る冷や汗。

 真下を見まいと目を閉じると、諭すような声が脳内に響いてくる。


――――自ら幸福な世界を手放すなんて馬鹿にもほどがある。

 

――――元の世界に戻ったところでラファは死に、自分は生涯童貞の末路を辿ることになる。

 

――――どちらが自分にとって有益かなんて火を見るよりも明らかだろう。


 その声にはっきりと答える。

 ラファのいない世界はあり得ない。

 彼女の最期を見届けた後は、不幸な童貞人生を精一杯楽しむさ。

 僕に語りかける誰とも言えない声は、乾いた笑い声を上げて最後に吐き捨てる。


――――人間は理解できないな。


 理解されてたまるか。

 ラファを想う僕だけの感情を、どこぞも知らない他人に知ったような口を聞かれるなんて。

 定量的に推し量られるなんて。

 達観して諦めて、妥協して大人ぶった人間なんてクソくらえと。

 常識を、正常を、冷静を司る神経を爆発させる。

 フェンスから手を放して屋上から勢いよく真っ暗闇の空へとダイブ。

 天使のような翼を持たない僕が空を羽ばたくことはなく、地球の重力に従って地上へ落下する。

 まもなく、地面へ叩きつけられて身体中の骨は砕けて脳漿がぶちまけられる。

 否、僕の幸福が約束されたこの可能性世界において、そんな不幸があっていいはずがない。

 だから、高所から落下して死亡するという僕の不幸はこの世界のエラーとして検知され、修正される……はずだ。

 でなければ……………………死ぬ。

 病院屋上と言っても、地上から屋上までの高さは100メートルもない。

 あっという間に終わりを迎えるはずが、時間が引き伸ばされているような錯覚を覚える。

 地上がゆっくりと近づき、近づく地面はすぐ目の前までやってきて。

 あぁ、賭けは失敗したかと諦めかけたが。




 エラーを検知しました。

 エラーを検知しました。

 エラーを検知しました。

 エラーを検知しました。

 エラーを検知しました。

 エラーを検知しました。

 エラーを検知しました。

 エラーを検知しました。

 エラーを検知しました。


 …………エラーを修正しますか?


 脳内に洪水のように流れ込んでくるエラー検知のメッセージと問いかけ。


 …………この世界を拒絶します。


 瞬間、世界は反転した。

 激しい眩暈と視界の揺らぎを感じたかと思うと、落下する地面が真っ暗なアスファルトから透き通るような綺麗な蒼に塗り替えられる。

 …………海?

 一瞬そう思いかけたが、波もなければ潮の香りもしない。

 何故か背中に固い地面の感触がある。

 上体を起こすと、自分は今地面に寝転がって青空を見上げているのだと認識した。

 患者着を着て外庭の歩道に寝転がっているのだ。


「そんなとこで寝ちゃいかんべ小僧」


 散歩をしているであろう患者着をきた爺さんが注意してきたので、横に転がって避けた。

 無事元の世界に戻って来れたのだ。

 仮説通りに上手く事が運んでホッと息をついた。

 僕の高所からの飛び降り自殺が世界のエラーとして検知、修正されるということは、自殺そのものがなかったことになり、自殺前の時間へと巻き戻ってしまう可能性が考えられた。

 しかし、僕があの可能性世界の幸福そのものを拒絶する、つまり、時間がたとえ巻き戻ったとしても、何度も自殺を続けると意思表示をすれば、エラーを修正する意味がなくなってしまう。

 キリがなくなってしまうのだ。

 それはすなわち、あの可能性世界の根幹を成す論理が破綻し、成立しなくなるということ。

 僕が世界を拒絶することで、僕自身がエラーとなり、世界から弾き出されるという仮説だ。

 もちろん僕がそのまま普通に死ぬ可能性も大いにあったが、試した甲斐はあった。

 最良の選択とはとても言えないし、この先後悔するかもしれない。

 それでも、こちらの世界で生きると決めたのだから。

 ラファの最期を見届けようと彼女の病室に向かって駆けだした。


 ラファの病室にはタケル君と小日向さんがラファのいるベッドの傍に立って悲しげに彼女を見下ろしていた。

 ラファの顔、身体のあちこちから結晶が突き出ており、美術館にあるような黄色いオブジェになりかけている。

 それでも、まだ息はしていた。

 病室に入ってきた僕に気づいたラファはヒューヒューと浅い息を繰り返しながらも身体を起こして大きく目を見開く。


「なんで…………どうやって戻ってきたんだお前…………」


 ラファの様子に釣られてタケル君と小日向さんもこちらを振り返り、驚きの声を漏らす。

 僕は彼女に近づき、何も言わずそっと優しく抱きしめた。

 背中に腕を回すと、彼女の背中のあちこちから結晶の突起物があちこちから突き出ていることに気づき、結晶になるべく触れないように手を置く。


「君と最期まで一緒にいたいんだ。生涯童貞人生に一片の悔いなし、なんてね」


 僕の言葉に彼女は小さく肩を震わせる。

 彼女の顎を乗せた右肩にほんのり湿り気を感じた。


「自ら幸福を手放すなんて信じられないほど馬鹿な奴だお前は。せっかくの天使からの厚意を踏みにじるなんて……」


 悔しそうに文句を垂れるラファの背中をそっと撫でる。


「そうだね。ごめんね。それでも僕はずっと君のそばにいたいから」


 優しく祈るように告げる僕に、ラファは涙声で続ける。


「人間を、いや、お前の事が理解できない。己の幸福を捨ててまで愚かな道を選択するお前の事が、全く理解不能だ」


 それもそうだろうと苦笑してしまう。

 僕も自分自身がどうしてここまでラファに必死になるのか理解できていないのだから。

 ラファが僕を理解できるはずがない。


 しかしそれは、一つの事実と結論に繋がる。

 

――――それは、彼女が人間をそこまで理解できていないということ。


――――すなわち、彼女は使命を未だに全うできていないということ。


 その事実が天界にいるであろう神とやらも認識してしまったのかもしれない。

 天使化目前だった彼女を覆う結晶が、塵となって空気に溶けだし始めた。

 背中から生えた結晶の突起物も消えていく。

 結晶化が崩壊していく。

 それは幸でもあり不幸でもある。

 僕にとっては彼女の生存は幸であるが、彼女にとっては天使に未だに戻れないという不幸なのだから。

 それでも僕は、何とか延命した朧げな幸福に感謝する。

 そして彼女に謝罪をする。

 抱き寄せた彼女をそっと離して彼女の泣き顔に向き合い、ごめんねと、嬉しそうに謝った。

 そんな僕を包むように首に手をまわして抱き寄せ、軽く口づけをする。

 レモンの味がした。

 それから泣き笑いの顔で僕に告げた。


「最期まで責任取れよ」


 彼女の言葉に大きく頷く。

 あなたの最期を見届けるまで、傍にいさせてください。

 僕との恋愛を通して僕を、人間を理解したら、彼女はやがて再び結晶化してしまうだろう。

 その最期の時まで。

 生涯童貞コースなんてハッピーエンドとは言えないが、彼女が人間として生きている僅かな間だけは、ハッピーに生きてやるぜと、天から見下ろしているであろう彼女の同族達に向かって高らかに宣言した。

【難病を患う幸薄少女は天使だった。】最後までお読みいただきありがとうございました。

ラブコメというジャンルは初挑戦でしたが、最後まで楽しく描くことができました。

物語が面白い、ラファちゃんが可愛い等々この作品が良いと感じてくれた読者の方々、是非評価感想等いただけると嬉しいです(*´ω`*)


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