009_買物
翌日。私は私服を着て、ロビーの椅子に座ってソワソワしていた。昨日の業務後、エリサ達に買い物…家具を買いに行きたいと提案し、話し合った結果街の散策のついでで行くことになったのだ。万が一のことも考え、武器を携帯して、私服で9時ロビー集合。初日に来ていた数少ない私服の質素なワンピースをクローゼットから引っ張り出し、手作りのポシェットの中に職員証とハンカチを詰め込んで、まだかまだかと30分前から待機していたのだ。
「お待たせ。」
「…おはよう。」
「…あら、待たせたかしら?」
「だ、大丈夫だよ!」
5分前にエリサ達がまとまってロビーに到着した。エリサの格好は、大人びた黒のオーバーサイズのマウンテンパーカーに白を基調とした襟シャツとスカート、ワンポイントに紫を合わせたお洒落な格好だった。アルベルトはややくすんだ紺の丈長のフード付きジャケットに黒のTシャツ、更に黒のズボン。ジョゼフは見慣れた白シャツに傷んだズボン。
「2人共、フード付きなんだね。」
「…ああ。以前の仕事柄、顔を見られて因縁とか付けられるのが嫌だったからな…その名残だ。」
「私もまぁそう言った理由。…にしても、セシリアとジョゼフ…服装ダサ過ぎない?何その質素すぎる服は?」
「うっ…仕方ないだろ?施設にいた時に服がもらえなかったんだから。同じ服を着回すことも当たり前だったし…。」
「うん…。」
「なら、まずは貴方達の服を買う事からね!家具はその次!」
「…とりあえず表通りを見て、気に入ったものが無ければ路地裏を見て回るとするか。…あまり路地裏には行きたくないが。」
「そうね…。さ、早く行きましょっか。」
路地裏に何があるのか聞こうとしたが、それよりも先にエリサが入口に向かってしまい聞くタイミングを逃してしまった。
ここの区画──X区は中央に政府が位置し、3つの協会が正三角形の均等な間隔で配置されている。その協会と政府を繋ぐようにして表通りがあり、大通りの脇に細かく路地裏が整備されているそうだ。表通りには路面電車が整備され、協会を頂点とした三角形の辺の中心には区画間鉄道が通っている。この三角形の外側は住宅街がまばらにあるそうだ。
「ええっと…そこのビルに衣服店が多く入ってるみたいね。早く行きましょう!」
エリサはパーカーのポケットから板状の機械を取り出し、操作しながらビルを指差した。
「…その板は?」
「これ?ISPCMって言って、位置情報から近くの店の情報を探したり、これと同じものを持ってる人に遠くでも連絡が出来るようになってるの。これの旧型…連絡だけのPCMは格安で買えるから、路地裏でも割と流通してると思うのだけど。」
「それは俺も持ってる。」
「…知らない。」
「知らねぇなぁ…。」
「…買い物散策ついでに、色々教えることになりそうですわね。」
早速ビル内に入り、片っ端からジョゼフと共に色んな服を試着させられ、満場一致で似合うと判断された服を買うことになった。私はエリサとは逆の、白を基調としたマウンテンパーカーに黒を基調としたネックシャツとアシンメトリーのスカート、ワンポイントに髪と眼の色と同じ水色を合わせた服装。ジョゼフは白のパーカーに黒のジャケットを着込み、紺色のジーンズと黒のブーツ。因みに、支払いは職員証にはめ込まれたICカードから決済され、給料から引かれるようになっているそう。…まだ給料が入っていなくて心配だったが、事前にノエルさんが(何故か自慢げに)教えてくれたので、今まで出来なかった買い物が叶っているのだ。
「さて、他の店も回りますわよ!」
「え、ちょっと…!?」
支払いが終わった途端エリサが私の腕を強い力で掴み、出口とは真逆の上へ続くエスカレーターへ走っていく。…上の階は普段着ている制服とは程遠い、所謂"ロリータ"といわれるジャンルの服を扱う専門店のようだ。
「え、エリサ…!?」
「安心して!ここで買うのは私が支払うから!」
「そ、そういう問題じゃなくてぇ…!」
…それから怒涛のようにエリサに着せ替え人形にされたのは言われるまでもない。
「…ごめん。ああいうロリータ服に目が無くて。それに、色んな人に服を着せたいって欲求が昔からあって…ずっと着せ替えられる側だったから。」
「そうなんだ…。」
あれから2時間程暴走した後、ようやく落ち着いたようで、ビルから出てすぐの路地裏入口のカフェで昼食をとることになった。エリサは試着した服を全部買おうとしたが、流石に理性が効いたのか3着だけに留まった。…といっても、値段は1着あたりが先程買った服の5倍程。更にこの昼食もお詫びという事で支払いは全てエリサ(の私物のクレジット払い)。…金持ちって怖い。
「…エリサがああいう服が好きとは意外だな。」
「意外なんて失礼ね。まぁ…この見た目は極力フリルとか抑えてるからそう見られても仕方ないわね。」
そう言ってパーカーを脱ぐと、襟にはフリルが小さく施され、よく見るとボタンには小さな宝石があしらわれていた。袖はやや膨らんでいて、可愛らしい印象を受ける。
「…。」
「それで…家具屋が多いところってどこだ?」
「ええっと…此処から線対称側ね。この路地裏を突っ切れば早いけど。…最寄りの路面電車を利用するのも良いけど、次の停車時刻は30分後…到着は1時間後。」
「そうか…俺は別に突っ切っても良いとは思うが。」
「…判断は任せた。」
「セシリアはどうしたい?」
「…え?私?」
話を振られ、飲もうとしていたコーヒーの手が止まる。…行く前にアルベルトはあまり路地裏に対して良い思い出がなさそうな表情を浮かべていたが、もしかしたらその理由を知れるかもしれない。けれど、それがトラウマで掘り起こして辛い思いをさせてしまうかもしれない。それでも──
「…突っ切ろっか。」
「決まりね。…アルベルト、後で文句言わないでよね?」
「分かってる。」
昼食を食べ終え、カフェのある路地裏を真っすぐ突っ切る事となった。最初こそ小綺麗だったが、奥に進むにつれ薄暗くなっていき、辺りにゴミが散乱しガラの悪そうな人達が跋扈している。小さな子供が薄汚い服を着て追いかけられているのを見て助けようとしたが、エリサに止められ姿を見送ることしか出来なかった。
「…路地裏は表通りと違って、治安はあまり良くないの。協会直属事務所が一区画の治安を維持してるところもあるけど、ああいったゴロツキが組織を成して力で支配してたりするのよ。」
「…事務所?」
「事務所って言うのはまぁ、所謂協会の下位互換みたいなものね。協会が区画の表通り…都心部の治安維持をするのに対し、事務所は路地裏の治安維持をしたり、郊外の住宅街に住む人達の保護を目的としてる。因みに、政府と協会は似たようなものだったりするのだけど、明確な違いがあるらしいのよね。…詳しくは知らないのだけど。」
「へぇ…。」
「…。」
先程からアルベルトの様子がおかしいように感じる。表通りの時と違って目付きが鋭くなり、腰に帯びているサーベルの柄を押さえ、何かを警戒しているような…。
「アルベルト、さっきからどうしたの?」
「…悪い、気にしないでくれ。」
「警戒することに越したことは無いけど、1人で抱え込まないの。今は私達もいるのだし、ね?」
「……そうだな、すまない。」
「謝る事でもないでしょ。」
それからは何事もなく路地裏を突っ切ることが出来、E区の支店を数軒回ってシンプルなカーペットと座布団、それからPCMを購入、契約をした。…エリサも色々と買ったらしく、アルベルトに荷物を押し付けて山のようになっている。意外にもジョゼフは小さなサボテンの鉢を買った一方で、アルベルトは殆ど買っていないようだった。
「…買わないの?」
「別にいい。いつ死ぬか分からない以上、下手に物を増やしたくないだけだ。」
「そっか…。」
次の店に回ろうと歩き出した時、
「あ、あの…!」
不意に声を掛けられ、足を止めた。声のした方へ視線を向けると、エリサと同年代位の少年がモジモジしながら立っていた。ぶかぶかの黒い生地に青の縁が施されたジャケットに青いネクタイと襟シャツ、髪はボサボサで黒い髪から青と白のオッドアイを覗かせている。
「何か用、ですか?」
「えっと…その…こ、これ…差し上げます…!」
「え、あ、あの…?」
「し、失礼します…!」
差し出されたものを受け取った途端、緊張の糸が切れたようですぐさま踵を返して直ぐに走り去ってしまった。受け取ったのは、3センチ程の鮮やかな翡翠。開発課で見たような、磨かれていないごつごつとした状態。
「あの子…私達と"同じ"ね。」
「同じ、ってどういうこと?」
「協会所属ってこと。黒に青縁は、P区の協会。政府と協会はネクタイの色で部署が決められていて、青は人事。ボタンでどこの協会か分かるのだけど、よく見えなかったわね。」
「…これ、どうしよう。」
「別にいいんじゃない?もしかしたら一目惚れで渡したのかもしれないし。」
「なっ…!」
私…ではなくジョゼフがぎょっとする。
「これって…加工してもいいのかな?」
「良いと思うわよ。折角だし、開発課で加工してもらったら?」
「うん、そうする。」
そうして買い物を終え、ロビーで皆と別れて自室に戻った。
* * *
「はぁっ…はぁっ…!」
久しぶりに緊張した。…緊張したのは冠色授与の通達以来だろうか。いや、そうでもないか。これが一目惚れ…といったものなのだろうか。彼女を見た途端、胸が熱くなって目を離せなくなってしまった。思わず声を掛けてしまったが、何と言えばいいのか分からず咄嗟に能力で作った翡翠を渡して逃げてしまった。
「あ、いた!もー、離れないで下さいよ。何かあってからでは大変なんですから。」
「ごめんって。」
「それにしても、急に逸れるなんて珍しいですね。」
「う、うん…気になる人がいて…。」
「気になる人?」
「えっと…目が離せなくなって、胸も熱くなって…。」
「ちょっ…一目惚れって奴じゃないですかそれ!で、告ったんです?」
「…それが、言葉が出なくてつい翡翠渡しちゃった。」
「何してんですか!あー…課長に怒られますよ。あの人怒ると超怖いんですよね…。」
「だからさ、2人だけの内緒ってことで。」
「…仕方ないなぁ、O区177番地のミートパイで手を組もう。」
「うげっ、あそこ人気店じゃん…まぁいっか。」
「やったー!約束ですよ!ちゃんと守ってくださいよねー!」
「はいはい。…また会えるかな。」
「また此処に来れば会えるんじゃないですか?」
「そうかなぁ…。一緒に居た子達の雰囲気を考えると、多分此処の政府か協会の人だと思うし…。」
「うーん…どうでしょう。我々とこの区画はあまり縁が無いですし、難しいでしょうね。」
「そんなぁ…でも諦めきれないし、休日通いで此処に来れば会えるでしょ!」
「その意気ですよ!まぁ、頑張ってください。」
「お前も手伝ってよ!」
「なんでや俺関係ないでしょ!」
「今話してる時点で関係大有りだよ!」
「いやまぁそうですけど…。」
「ということで!当分はパシリな!」
「そんなー…。」