008_演習
ブザーが鳴ると同時に壁の閉じていたシャッターが開き、犬型のロボットが次から次へと姿を現した。視界に入ると同時に一目散に此方に向かって走ってくる──が、次の瞬間にはアルベルトの剣によって足が斬られ、頭を貫かれて動きを止めた。慣れた手つきで剣を引き抜き、ガラクタと化したロボットを蹴り飛ばす。
「…いいか、こういった獣は頭や首を狙うのが基本だ。難しいなら足を斬って動きを止める。心臓を狙っても良いが、直ぐに倒れることは無いから要警戒。」
「ああ。」
「う、うん!分かった。」
ほぼ同時にジョゼフと私も剣を抜き、習った通りに構えて呼吸を整える。次に出てきたのは先程の犬型ロボット多数と合わせ、人型ロボットに巨大な蜘蛛の形をしたロボット、更に小型の鳥型の飛行ロボット。
「蜘蛛は俺が請け負う。セシリアとジョゼフは犬と人を、エリサは鳥を一掃、終わったら援護頼む。」
「ええ、分かっているわよ。」
エリサも双剣を抜き、水で満たされた樽を蹴飛ばして剣先を水で濡らす。…そうしている間にアルベルトは蜘蛛ロボットの攻撃を受け止め、その隙間を潜り抜けて犬ロボットが噛み付く動きをしながら飛び掛かる。咄嗟に躱し、言われた通りに首を狙って剣を振り下ろす。まるで本物の犬のように短く鳴いて動かなくなる様子に罪悪感を抱くも、次から次へと現れる敵に手を止めてはいられない。意識を集中し直して呼吸を止め、足元を噛みつこうとするする犬ロボットを、心臓があるであろう位置に向かって胴体を半分に斬り裂く。更に上から襲い掛かる犬ロボットを首を斬り落とし、着地とほぼ同時に剣を後ろに振って人型ロボットを腹から半分にした。
…自分に襲い掛かるロボット群を一通り片付け終え一息つき、周りを見る。同じようにジョゼフも人型ロボットの大半を片付けたようで呼吸を落ち着かせていた。エリサは濡れた剣先を敵に向け、水滴を矢…否、弾丸のような形にして物凄い勢いで飛ばし、1体ずつ確実に落としていく。アルベルトは蜘蛛ロボットの足を全て斬り落としたうえで頭を貫き、いつもと変わらない涼しげな表情を浮かべて立っていた。
「…ふぅ、これで全部片付いたわ。」
「今のところ、"幻影"は来てないな。」
「となると…次か?」
多くの足音が聞こえ、すぐさま剣を構え視線を向ける。…その先には、先程と比にならない数の敵が山のようにいた。
「これは、流石の俺でも厳しいが。…どうする、エリサ。」
「…仕方がない、作戦やるわよ。アルベルト、セシリア、ジョゼフの順に撤退。…準備、頼んだよ。」
「分かってる。」
そう言ってアルベルトが前線から離脱したのを見送り、時間稼ぎをしつつ後退する。エリサの蹴飛ばした樽で出来た水溜まりを半分程後退したところで、踵を返して倒れたコンテナ裏に隠れる。残り3分の1の位置でジョゼフが撤退して合流したところで、アルベルトが切れた配線の先を慎重にコンテナの上まで運んできた。
「エリサ、準備出来た。」
「了解。じゃ、頼んだわよ!」
遂にエリサが水溜まりから出たところで身を翻し、此方に駆けだした。と同時に、アルベルトが配線を水溜まりに向かって投げ込んだ。水溜まりに目もくれずに入っていったロボットは途端に火花を散らし、バタバタと動きを止めて倒れ、ガラクタの山が出来上がる。更にエリサが水溜まりから大きな鋭い棘を生成し、ガラクタ山を登る残党を、それごと貫いた。
「…よし、感電作戦成功!」
「やっぱエリサちゃんって凄いや…あんな短時間であそこまで出来ちゃうなんて!」
数分前、作戦会議中。
「後は…そこの配線を活用するわよ。」
そう言って指差したのは、切れて火花を散らした配線だった。
「というと、敵を感電させるのか?」
「そう。だけどこれは最終手段にしておきたいのよね。最初に私が攻撃の為にそこの樽をシャッター側に倒して中身をぶちまける。で、私は空中にいる敵を倒すなり、貴方達の援護をする、と。それで、もし敵が4人で処理できない程出て来た時、前から順にそこのコンテナ裏に撤退。アルベルトは最初に撤退するから、敵が此方に集中している内にコンテナ上まで配線を持ってきて欲しい。でも、このコンテナ金属製だから、配線が触れない様に十分気を付けること。いいわね?」
「ああ。」
「これで大半は片付くけど、全部は片付けられないと思う。だから、下敷きになっている水溜まりから棘を作って丸ごと一気に貫く。…これでどうかしら?」
「良いとは思う。」
「じゃあその形でやるわよ。敵が複数体来た時の個別の討伐指示は、アルベルトにお願いするわ。全体の指揮は私が取る。それでいいわよね?」
「…了解!」「分かった。」
「はーい、演習終了!お疲れ様ー!」
「うわー…全部ガラクタになっちゃってる…。初心者だとかなり苦戦する筈の量なんだけどなぁ…これ。」
そんな暢気な声と共に観戦室からノエルさんが拍手をしながら降りてきた。隣にはサトルさんと、見慣れない白髪の青年がやや灰色がかった着物の袖の中で腕を組み、立っている。
「…結局、"幻影"は出てこなかったな。」
「私は"パラノーマリティ"の演習とは言ったけど、出てくる敵については何にも言ってないよ?」
「そうじゃな。言葉の捉え方には、気を付けた方が良いぞ?」
「…で、その方は?」
…声質は見た目の年相応だが、それに対し年寄臭い口調で青年は口を開く。私…おそらくその場にいた同期の皆が浮かんだ疑問を、エリサが代弁する。
「おっと、失敬。儂はツカサ、シラサワと申す。記録課の課長を務めておる者だ。」
「課長組の引きこもり1号。」
「開発課出禁野郎。」
「課長最弱王。」
「胡散臭いジジイ。」
「はっはっはっ。…最後のは、お主等も人のこと言えんぞ?」
「…ええと。」
ノエルさんとサトルさんの口から飛び出した突然の悪口を受け流すツカサさん。心が広い…というより、普段から言われ慣れているように感じる。
「まぁ…此奴のことは置いといて。実際、旧都や遺骸探索ではさっき戦った"獣"との遭遇がしょっちゅうあるから、覚悟しておくように!以上!」
「…で、そろそろ話しても良いか?」
「私が話すから!…こほん。で、この後は各自で訓練になるんだけど。明日は君達にとって待ちに待った休み!…で、その後が本題。明後日、早速だけど実戦…"遺跡"調査に入るよ。といっても脅威レベルは低めで、定期調査なんだけど…。」
「その際、ノエルではなく儂が付き添うことになったのでな。」
「ごめんねー…本来私がつくはずだったんだけど、外せない仕事が入っちゃってぇ…。」
そう言うノエルさんは、普段とは真逆の悔しそうな表情でツカサさんを睨みつけている。その姿を気にすることなく、ツカサさんは表情変えず口を開く。
「というわけで、顔合わせといったところだな。お主達の事は既にノエルから聞いておる。明後日、記録課…お主達が毎朝通る道とは逆の棟の1階の長椅子に座って待っていておくれ。では、また会おう。」
ツカサさんの姿が見えなくなった途端、ノエルさんとサトルさんが同時に大きな溜息を零した。
「「はぁー…。」」
「…あ、あの…。」
「ごめんね、みっともない姿見せちゃって。ツカサはいつもこう、胡散臭いんだよねぇ。考えてることが分かんないというか、考えてることが見透かされているというか。」
「悪い人じゃないんだけど、なんか苦手なんだよなぁ…うん。」
…2人の言う通り、自己紹介をしようと口を開こうとした時、考えてることが見透かされたかのように言葉を遮った行動が何とも胡散臭く感じられた。
「じゃあ、さっき言った通り…この後は各自で訓練だね。サトルは武器の微調整だっけ?」
「そうそう。使ってて細かく調整して欲しいところとかあったら遠慮なく言ってね~。」
それからは何事もなく各自で訓練が進んでいき、業務終了のチャイムが鳴った。