007_武器
協会に入社して4日目。
今日は生憎の雨で、雨音が窓から微かに響く。今まで放置していた荷物を鞄から出し、すっかり"自室"という感じに馴染んでいる。…もう少し家具が欲しいところだし、ノエルさんやエリサに色々聞いてみよう。後、腰につけてる剣の手入れの仕方も。…剣身を抜いて状態を見た時、少し欠けていて錆も少し窺えた。ずっと棚の奥にしまい込んでいたのが原因なんだろう。流石にこのままだと、いざ戦うことになった時に支障をきたすかも知れないから。
言われた時間の近くになり、部屋を出て待っていると昨日と同じようにノエルさん達が迎えに来てくれた。後ろには昨日の面々に加えてジョゼフも一緒に来ている。どうやら私を迎えに来る前に自己紹介は済ませたようで、アルベルトと何か話している様子。
「おはよう、セシリアちゃん。部屋前待機とは、やる気モリモリかな~?」
「おはようございます、えっと…そう言うわけでは無いですけど…。」
「じゃあ早速行こうか~。今日は開発課に行って紹介ついでにエリサちゃんとジョゼフ君の武器を取りに行って、演習訓練と軽い講習と言ったところかな。」
「も、もう武器が完成してるの?!昨日見繕ったばかりなのに…。」
エリサは驚いた様子でノエルさんに視線を向ける。そのノエルさんは呆れた様子で再び口を開く。
「私もビックリしたよー。朝、食堂で『もう完成したから取りに来てね!細かいところの調整とかしたいし!』なーんて言われてさー。どうせ、徹夜でテンションハイになってるヤツだよあれは。開発バカは怖いねー。」
そう言いながら案内されたのは、開発課の煤けた看板が掛けられた地下だった。入る前から金属の叩く音が響いている。
「さてさて、入りますよーっと。」
重たそうな金属扉を押した先にあったのは、正に"工房"といった趣をしていた。金属の配合レシピらしき書類が机の上に纏められ、奥には炉が幾つか在り、近くには炭の山が出来上がっていた。その近くで赤くなった金属を交互に叩いている様子が窺えた。
「あ、ノエルさん、お久しぶりですー。」
「久しぶりー、元気してた?」
「お陰様でー。で、今日は何の御用で?」
「頼まれてたものを取りに来たんだけど、サトル君いるー?」
「課長ですね、ちょっとお待ちくださいー。」
ノエルさんは軽い調子で近くにいた職員さんと軽く挨拶を交わしていた。どうやらその人もノエルさんにお世話になったらしい。…見た感じ、40代位の男性なのだが。ノエルさん、一体何歳なんだろう…。そう思ってるうちに、奥からノエルさんより年下の見た目の青年が駆け足で駆け寄ってきた。…リョウと同じ黒髪赤目で、右の揉み上げを三つ編みで結んでいる、私と近い年齢の見た目。
「思ってたより少し早く来たねー、ノエルちゃん。」
「そんなこと無いよ?」
「で、えーっと…君達は初めましてかな?僕はサトル、アヤツジ。気軽にサトルって呼んでねー!」
「ええ、サトル…先輩。」
流石に呼び捨ては出来ない様子で、エリサが名前を復唱する。サトル…さんは頬を膨らませてムスッとするも、ノエルさんが必死に笑いを堪えている様子に気付き溜息を零した。
「まぁいいや…じゃあ早速だけどついて来てー。…散らかっててごめんねー。」
サトルさんに更に奥へと案内される。…道中、大量の剣が詰められた大きな壺が置かれていたり、大量の原石が辺り一面に散らばっていたりと、想像以上に散らかっていた。案内されたのは、部屋の端…一段床が上がっていて、水が満たされた桶と砥石が置かれ、壁には沢山の刀が所狭しと飾られている。どうやら此処がサトルさんの作業スペースのようだ。
「はいこれ、頼まれていたやつ。試し斬りは隣の演習場でやってよー?」
エリサとジョゼフに其々渡されたのは、双剣と…長剣だった。エリサの双剣は装飾が控えめな代わりに軽さと丈夫さに拘ったと自慢げにサトルが説明する。一方でジョゼフの長剣は私のものより少し長く、重厚感があった。装飾は一切施されておらず、無愛想に感じられた。
「で、そっちの長剣は…同田貫って知ってるかな?昔、L区にあった国の武器…刀の1つなんだけど…。美術品としての価値は無いなんて言われているんだけど、その代わり実践刀としての価値があるっていう。それを参考に作ってあるから、切れ味は抜群だよ!」
「成程…。ありがとうございます、サトル先輩。」
「こちらこそ!割と僕の趣味に走っちゃったけど、作るの楽しかったよ!ところで…」
急に此方…の長剣に視線を向け、近寄ってくる。
「そこの君!その剣、見せて!」
「は、はい…。」
剣を抜いて差し出すと、刃の状態を舐める様にじっくり観察した後、徐に靴を脱いで床に上がると急に剣を研ぎ始めた。
「…あ、あの…?」
「あー、ダメだこりゃ。スイッチ入っちゃったから暫く待って。」
ノエルさんが諦めた様子で言う。慣れた手付きで研ぐサトルさんは職人の目をしていた。剣身の傷を逐一確認し、砥石を変えては研ぎを繰り返して10数分。満足したのか、大きく息を吐くと此方をみて満面の笑みを浮かべた。そそくさと靴を履き、此方に剣身を差し出す。
「はい、綺麗に磨いておいたよ!」
「あ、ありがとうございます。」
受け取って、改めて剣身を見る。…以前の少し欠けていた場所は無くなり、錆も綺麗に落とされていた。正に職人技。
「もー、やるならやるって先に言いなよー。」
「いやぁ、錆びたり欠けたりしてるの見ちゃうとついつい研ぎたくなっちゃってー。職業病ってヤツ?」
「全く…これだからさとるんは。…まぁ、それは置いといて。開発課はこういった武器の製造、手入れの他にも協会内のネットワーク管理や食堂の運営…あとは、制服のアレンジを受け付けてたりするの。」
「え、制服ってアレンジできるの?課長や副課長みたいな、立場が上の人しか出来ないのかと思ってたわ…。」
そう呟くエリサ。
「勿論、出来るよ!まぁ僕は専門外だけどね…。ここは基本、武器関連で…1階がネットワーク関連、2階が衣服関連っていったところ。あと、制服のアレンジは規定範囲内で、入社してから1年経ったら出来るようになるよ。ただ、デザインを面倒臭がって初期のままって感じの人が大半。詳しい規定に関してはその時にまた説明かなぁ。」
「そうだねぇ。それまで頑張って生き残るんだよ?」
「と、当然ですわよ!可愛い方がモチベーションも上がるものですもの!」
「さて、と。ここでの用はこれまでかな。」
「ありゃ、もう終わりかぁ。業務外でも気軽に声掛けて良いからね~!」
名残惜しそうなサトルを背に向け開発課を後にし、その隣──戦闘課の地下演習場へ入った。外が雨のせいもあるのか、多くの職員が剣を交えて模擬戦をしていた。その中にはルークさんの姿もあった。
「さてさて、武器も手に入れたことだし早速やっていきたいところだけど…その前に、この世界における共通の敵についての説明をしよっか。」
「敵、ですか…。」
改めて自分にとっての敵…あの少女の恐ろしい笑みを思い浮かべ、一瞬背筋が寒くなる。
「まず1つ目、"奇跡狩り"。彼等は旧世の負け組の残党で、今この世界でトップレベルに立つ技術の破壊を目的としているの。少なくともここの区画ではお目に掛かれないから大丈夫だけど、支部に応援に行くことになったら接敵するかもしれないので要注意。実力は"頭"や"手"に相当するから気を付けて戦う事。2つ目、"葬儀屋"。これはアルベルト君が詳しいかな?」
「…深夜、2時からの30分間現れては屋外にいる人を生死関係なく持ち去る存在。」
アルベルトは俯き、静かに答えた。何か辛い思い出でもあるのだろうか。
「正解。全員が黒装束で白髪に白い瞳孔、足が異様に長く、黒い動物と共に行動しているのが特徴。顔に関しては…亡くなった親しい人の顔を模していて、常に笑っているとか。気味悪いねー。"葬儀屋"に関しては戦ってどうこうできる存在でも無いし、戦うのは最低限にして屋内に逃げるのが最善策。…で、3つ目。"パラノーマリティ"って言われる存在。」
その言葉にエリサと一瞬目を見合わせ、ノエルさんを見る。
「人に分類されない未知の存在の総称、といったところ。旧世の言葉で言うと…怪異、UMAのような存在。英語の意味通り、"超常現象"の部類だね。怪異の正体に関しては近年科学的に証明されたけど、その原因に関しては取り除くことは出来ていないのが現状。おまけに実害が出てることもあり、何ならこびり付いた念のせいで疑似的な自我まで芽生えてたりするから非常に厄介。細かい分類分けとして、実体は無いけど自我が在って意思疎通が可能…ていっても会話する気は無い奴等の事を"幻影"。実体はあれど意思疎通不能な奴等を"獣"。後はその例外って感じかな。」
一通り言い終えたノエルさんに、ふと疑問が過ぎる。
「あの…実体が無い相手にはどう戦えばいいんですか?」
「お、良い質問だね。実体が無ければ剣とかで切れない、倒せないって思うじゃん?でも、自然現象に関しては弱いんだ。よくゲームとかである"属性"。火や水、光、雷、地形変動…そういったものを"攻撃"として昇華させることで通用するの。ここで"原石"が活躍する。」
「ああ…そういう事?」
「そういう事。エリサちゃんは既に制御がしっかりしてるから良いけど、出来てないと特別講習を受けるんだよね…。まぁ、そこは置いといて。今日はその"パラノーマリティ"に対する演習。あらかじめ、ここの演習場に色々と使えそうなものとかを配置してあるから、それらを活用して良し、地形を利用するも良し。まぁ自由に使ってくれたまえ。敵がどういったものかは見てからのお楽しみってことで。私は上から君達の戦いぶりを見させてもらうよ~。5分後開始するから、それまで作戦会議なりしてもらっていいから~。」
そう言ってノエルさんは演習場を出ていき…上の観戦室から此方を見下ろしていた。…何やら楽しそうな様子で誰かと話しているようだが、その姿までは良く見えなかった。
「さて、作戦会議と行きましょうか。…アルベルトは"パラノーマリティ"に対する戦闘経験とかは?」
「…ある程度は。」
「なら、先鋒はアルベルトが良いわね。討ち漏らしをセシリアとジョゼフ、私は殿をするわ。とりあえず"獣"はそれで何とか対処できるけど…。」
「問題は…"幻影"か。」
エリサの言葉をジョゼフが次ぎ、頷く。物理が通用しないなら、今ここにあるもので対処しないといけない。周囲を見渡すと、空き箱が多数散らかり、金属製のコンテナが横倒しに転がっている。積み重ねられた樽の中には水が詰まってあり、その近くには切れた配線が火花を散らしている。
「私の能力は水を操るものだけど、そもそも水が無いと使えないからこれは必須ね。後は…」
それから5分が経ち、ブザー音と共に演習が始まった。