006_講習
「さて、と。まず聞くけど、ここが何処の区画の協会かはご存知ですわよね?あと、政府と協会の役割については?」
「……えっと…。」
「嘘でしょ…そこから説明しなければならないの?」
業務が終わり、夕食を終えて図書室でエリサさんと向かい合って座っていた。突然の問いに言い淀むと、額に手を当てて大きな溜息を零す。
「此処はX区。"秘境"…"旧都"、"遺骸"、"遺跡"、"神域"の調査と管理を任されている区画よ。で、"政府"はそういった様々な区画の総括を任されている組織。"協会"はその政府の補佐をしたり監視をしたりする組織。まぁ、それぞれの区画によってやり方が違うから、一概には言えないけどね。…ここまでは大丈夫かしら?」
「う、うん。」
購買で買ったノートに一頻り書き記すと、生温かい視線を向けて口を開く。
「…"旧都"と"遺骸"、"遺跡"と"神域"の説明、いる?」
「えっと、お願いします…。」
「"旧都"は元々人が住んでいた街の廃墟…旧世の中枢都市や昔に滅んだ区画のことで、"遺骸"はその単体…一軒家とかのこと。"遺跡"と"神域"は両方とも、"旧世の創作物の舞台"という見解で良いわ。見た目はペンや本とかで見分けがつかないことが多いから、"旧都"や"遺骸"に遺された物はむやみやたらに触らないのが常識。違いというと…"遺跡"は著者がはっきりしている作品、"神域"は…大雑把に言うと神話といったところかしら。」
「ふむふむ…やけに詳しいんだね、エリサ…さん。」
「エリサで良いわよ。まぁ…お母さんが此処の此処の政府職員だから、一通りは教わってるもの。私も政府で働きたかったけどね…。」
そう言うエリサは悔しそうな表情を浮かべて下を向いていた。
「そっか…。」
「私のことはここまで!で、今日の研修中に出てきた言葉についての説明するわよ?」
「よ、よろしくお願いします、エリサ先生!」
こうして、エリサと共に勉強会…というより講習会が始まった。
「次は"手"についてからかしら。」
「"手"…この手?」
「それに因んだ役職ね。他協会の監視をしたり干渉することが出来る。20年に1度、J区主催の大会で勝ち残った10人が任命されて、その総称が"手"。個別で"指”。あのカーティスさ…先輩は大会開催当初から勝ち残り続けている…らしいのよね。」
「す、凄い…。」
「…確か此処の協会にはもう1人…"指"がいるらしいのよね。確か…ガリーナっていう名前の人。」
「へぇ…。」
「あと、同じように政府側にも役職があって、其方は"頭"って呼ばれているわ。個別は"眼"とか"耳"とか」
「成程…。」
相槌を打ちながら書き進めていく。ふと視線を感じて後ろを振り向くと、慌てた様子でノエルさんがそそくさと本棚の陰に隠れたのが見えた。しかし、エリサは気にする様子もなく進めていく。
「…で、あの研修中に見せた能力のこと、憶えてる?」
「うん、憶えてる。…凄く綺麗だったよ。」
あの時、見せてもらった光景が脳裏をよぎる。…水を自在に操るその様はまるで小説から出てきたウンディーネの様だった。
「…ああいった能力は全ての人が使えるわけではないのは分かるよね?実際、貴方やアルベルトが使えないし。」
「う、うん…。」
「その能力が使える人の総称を"原石"って呼ぶの。で、そういった能力が発現したことを"開花"、更にその能力を完全に制御したことを"研磨"と言うわ。」
「というと…エリサは"研磨"された"原石"なんだね。」
「結構大変だったんだから…。」
再び溜息を零すエリサ。と、アルベルトの自己紹介で出てきた言葉を思い出す。
「…そういえば、アルベルト…さんが名乗ってた、"放浪者"って?」
「ああ、"放浪者"っていうのは…組織に属さないでワンオペで政府や協会からの依頼をこなす人達のこと。けど、即興でスコードロン…チームを組んだりすることもあるらしいわ。どのみち、相当の実力が無いとやっていけないのよね。まぁ、生まれによっては選択肢がそれしかないこともあるから何とも言えないけど、あの歳まで生きてるってことはそれなりに実力はあると考えていいわよ。セシリアをボコボコにしてたし。」
「うっ…。」
「他に説明しておくべきなのは…"冠色"かな。多くの実績を収めた人がA区の政府から賜られる称号のことで…ええっと…。」
「エリサちゃんとセシリアちゃん、業務終わってるのに勉強してて偉いね~。」
不意に後ろから声を掛けられ、振り向くと先程まで隠れていたノエルさんが何事もなかったかのように立っていた。
「の、ノエル先輩!?」
「…ノエルさん。」
「邪魔しちゃったかな?」
「い、いえ、とんでもないですわ。続けますわよ、A区の政府から賜られる称号のことで…。」
「組織に所属していなくても賜られる、だよ?」
エリサが口籠っていたところを、ノエルさんが続けて言った。
「そ、そうですわよ!」
「…それが"パラノーマリティ"であっても、ね。」
「"パラノーマリティ"?」
「…何ですの、それは?」
聞きなれない言葉に思わず復唱する。エリサも知らない様子をしている中、
「まぁ詳しくは明日の業務でまた教えてあげる。じゃ、またね~。」
そう言い残して去っていった。姿が見えなくなった途端、エリサは緊張の糸が解けたようで机の上で腕を伸ばした。
「はぁー…びっくりしましたわ。」
「…大分前からいたみたいだけど、気付かなかったの?」
「え、どどど、どれぐらい前からいましたの?!」
「えっと…少なくとも"手"の説明をしてる時から。」
「そんな前から!?ああ、恥ずかしい…。」
顔を赤くして手で覆い隠したエリサを見てこれ以上の講習会は無理だと察した私は、そっとノートを閉じてエリサの背中を擦った。
* * *
図書館に行ったセシリアちゃんとエリサちゃんの後をコッソリ付けてきて正解だった。どうやら2人で勉強会…じゃなくて、エリサちゃんによる講習会をしていた。エリサちゃんは何かと人に当たることが多いと聞いていたけど、ただ単に世話焼きみたいだった。…というより、セシリアちゃんがあまりにも世間知らず過ぎて呆れて教えているのか。
「…まぁ、私から説明する手間が省けて凄く助かったなぁ~。ありがたや。」
ますますエリサちゃんを教育課に引き込みたい気持ちが増すが、即戦力になる実力でカーティスが狙っているかもしれないし、頭の冴え具合からしてツカサも狙ってるかもしれなくて頭が痛い。
「うぅん…。」
「…ノエル、どうかしたの?」
後ろから声を掛けられ、振り向くとガーリャが心配そうに此方を見ていた。その後ろにはウィルソンとシーグルが付き添っている。
「あー、うん。新入りちゃんの有力候補がカーティスとかに取られないか不安でねー。」
「…さっき見ていた、あの子?」
「そうそう…ってガーリャも狙ってたりしないよね?!」
「…別に。」
「そっかー、よかったぁ…。」
安堵の溜息が零れる。
「…そういえば、いつものあの2人組は?」
「ノネとノアは夜番。現在、仕事中。」
「あらら、残念。…この後暇?この前、美味しいケーキ買えたから一緒に食べない?あのO区34番地の有名な洋菓子店のなんだけど!」
「…!食べる。良かったら、私も…美味しいコーヒー豆が手に入ったから…。」
「やったぁ!ガーリャの淹れるカフェオレ、美味しいから好きなんだよね!」
「…前にも聞いたよ、それ。」
「何回でも言うよ~!君達はどうする?ケーキ山ほど買って来ちゃったからさ、食べるかい?」
ウィルソンとシーグルにも聞いてみる。普段甘いものを食べなさそうな2人だが一瞬顔を見合わせた後、首を縦に振った。
「…お言葉に甘えて。」
「…。」
相変わらずシーグルは無口だが、ウィルソンが代わりに答える。
「じゃ、後で私の部屋に来てね~!」
「うん、お邪魔するね。」
そうして私の部屋の前で別れ、ガーリャ達の背中を見送った。