005_出会
翌日。朝の支度を終え、自室でノエルさんが来るのを待っていた。…食堂でジョゼフと会えてリョウのことを聞いてみると、そちらも私と同じような反応をされたらしい。確かに一緒に居た筈なのに、まるで最初からいなかったかのような反応。
「…もしかしたらだけど、なんか隠してるのかもな。知られると都合が悪くなることとか。」
「そう…なのかな…。」
結局、相談した結果当分の間は口にしないことになり、食堂を後にした。部屋に備え付けられている時計を見ると、9時半を回っていた。
「…あ、そうだ。」
はっと思いだし、武具立てに立て掛けていた剣を取って腰のベルトに装着する。また何かあった時に、ちゃんと自分で守れるようにしないと、と心の中で呟く。
と、扉のベルの音が鳴る。
「セシリアちゃん、いる~?」
「は、はい!」
慌てて扉を開けると、ノエルさんがいつもの笑みを浮かべて立っていた。後ろには私より一回り小さい女の子と、ジョゼフより少し身長の高い青年がいる。
「よし、これで全員揃ったね。業務時間より少し早いけど、移動するからいっか!」
「良くないですよ、ノエル先輩!」
女の子はムスッとした態度で腰に手を当てるが、青年は飄々とした態度で静かに此方を見ている。
「まぁまぁ、じゃ、行こっか!」
「あ、誤魔化したわねー!」
「…。」
「え、えっと…。」
廊下をずいずいと進んでいくノエルさんの後を追いかける女の子を呆然と眺め、慌てて部屋の鍵を閉めて追いかける。
「ノエルさん、この方達は…?」
「そうだ、君達それぞれ自己紹介してなかったね。歩きながらしていこうか~。じゃ、まずエリサちゃんから!」
「も~!ちゃん付け止めてっていってますわよね!」
エリサちゃんと呼ばれた女の子はリスのように頬を膨らませると、くるっと体を後ろに向け私達を見た。
「あたしはエリサ。エリサ・トゥイッカよ!都心育ちで、小さい頃から英才教育を受けてきたの。勿論、両親は政府所属。…子供扱いしないでよね!」
綺麗に切り揃えられた金髪に目の色と同じインナーカラーの菫色から何となく察しはついていたが、正に"お嬢様"だった。あの事件が無かったら、もしかしたら何処かで会えていたのかもしれない。
「…僕はアルベルト…アルベルト・シャッヘ。E区周辺で活動していた、まぁ…所謂"放浪者"だ。呼び捨てで構わない。」
一方で青年…アルベルトは茶髪のやや長髪を1つに束ね、金色の目を爛々と光らせている。
「わ、私はセシリア・ハトソンです。好きに呼んでもらって…大丈夫です。えっと…小さい時に事件に巻き込まれて、施設で育ちました。」
「へぇー、施設育ち…。そのくせ、そんなご立派な剣を持ってるんですね。」
遅れて自己紹介をするなり、エリサさんは挑発的な態度で此方を睨む。
「こ、これは両親の形見で…。」
「ふーん。」
「こらこら、喧嘩売らないの。」
興味なさげな声を出すエリサさんを宥めるノエルさんを、どこか舐めた目付きでアルベルトが見ている。
「…さてと。これから其々の部署を回っていくんだけど…まぁその前に改めて自己紹介をしよう。」
不意にノエルさんが振り向き、止まった。いつの間にか教育課の前に来ていたようだ。
「私はノエル・マルブランシュ。此処──教育課の課長を任されています。改めて、よろしくね?」
「…はい?」
「え?」
「なっ…。」
其々言葉を零し、固まる。アルベルトもノエルさんが課長だったことに驚いているようだった。…確かに、あの態度から課長らしさを微塵も感じないから当然といえば当然。実際、私も課長とは思っていなかったから。
「…もう、皆して固まっちゃって。説明、続けるよ?…えっと、教育課は君達新人さんの教育がメインの仕事。戦闘はそこそこあって、新人教育が無い期間は他の部署のお手伝いがあるかな。後は…人事課と共同で、新人さんの配属先を選別とか。」
何事もなかったかのようにノエルさんは続けるが、内容があまり入ってこない。…そういえば2日目の研修で放送が入った時に課長、副課長の呼び出しで出ていった…気付くタイミングはあったけど、すっかり気付かなかった。
「…うーん、副課長クンは今お留守かな。まぁ、今度紹介すればいっか。じゃ、次行くぞー。」
「は、はい…!」
「あ、ちょっと…待ちなさいよー!」
再び移動する中、先程までノエルさんの隣にいたエリサさんは斜め後ろに移動していた。…心なしか、後ろに組んでいる手が震えているように見える。…それもそうか、見た目年齢が近くて馴れ馴れしくしていた人が自分より立場が上だったのだから。
「じゃ、次は…戦闘課かな。っと、とうちゃーく。はい、次は此処。」
案内された扉を開けると、真っ先に金属音が鳴り響いた。更に遠くで掛け声がするのが聞こえる。部屋の中には多くの武器が所狭しと置かれ、更に奥のガラス扉から訓練をしている人達の様子が窺えた。
「此処は戦闘課。その名の通り、戦闘がメインの部署。ちょっと待ってね……えーっと、あ、いたいたー!おーい、カーティスー!」
遠くで手合いをしていたカーティスさんを見つけ、ノエルさんが手招きして呼ぶ。…食堂で会った時と違い、髪が高い位置で1つに結ばれ、大きな両手剣を片手で持っている。
「ほれほれ、自己紹介。」
「ったく…俺はカーティス・リントン。戦闘課の課長。…そんぐらいでいいだろ。」
「…カーティス…?もしかして、貴方があの…"琥珀の波紋"の…?」
突然、今まで物静かにしていたアルベルトが震え声で声にした。…"琥珀の波紋"?
「あー…そうだが?」
「まさかこんなところで出逢えるなんて…!お、俺…憧れてたんです!」
「…はぁ。」
「有名人はツライねー、ほれほれ。」
物静かだったアルベルトは一変して目を輝かせてカーティスさんに迫り、エリサさんは呆れた様子で彼を見ている。…何が何だか分からなくて、エリサさんに小声で尋ねる。
「…あの、"琥珀の波紋"って…?」
「知らないの?"冠色"の1人で"左示指"。とんでもない有名人ですわよ。」
「"冠色"?"左示指"…?ええっと…。」
「…もしかして貴方、そんな当たり前のことも知らないの?」
「……はい…。」
情けない声で答えると、エリサさんは更に呆れた顔で溜息を零す。
「よくそんな知識の無さで此処に入れたわね。」
「うぅ…。」
「…仕方ないわね。今日の研修が終わったら、ダメダメな貴方の為に振り返りも兼ねて社会勉強タイムですわよ。」
「ありがとう、ございます…。」
エリサさんの毒舌交じりの心遣いに感謝しながら、アルベルトに視線を戻す。
「あ、あの…旧S区で冠色2人を倒したのは本当なんですか!?」
「…正確には1人だな。もう1人の止めを刺したのはノエルだ。」
「懐かしいねー。あれからもう200年経つのかー。」
「その話、もう少し詳しく…!」
「それはまた今度ね。カーティス、訓練場借りるね。」
「ああ、分かった。…じゃ、また。」
興奮気味のアルベルトを宥め、此方に気付いたアルベルトは目線を逸らして俯く。カーティスさんはまた元いたところに戻っていく。…その先にルークさんとジョゼフがいたが、ノエルさんが手を叩き、その先の様子までは見ることが出来なかった。
「よし、ちょっと脱線しちゃったけどやっていこー。今日ここでやるのは、武器の適正と、練度の確認ってところかな。セシリアちゃんとアルベルト君は自分の武器を持ってるみたいだけど、エリサちゃんは決まった武器は無いみたいだし。あと、どれぐらい使えるか見させてもらうね。」
「は、はい…!」
今更ながらアルベルトの腰に下げられた武器に気付く。…形状と大きさからして、恐らくサーベル。
それから、怒涛の訓練が始まった。長剣、両手剣、双剣、レイピア、サーベル、刀、短剣、メイス、槍、薙刀、ハルバード、大鎌、ナイフ、弓、クロスボウ…様々な武器を持たされては、振ったり突いたり投げたり射ったり。更に手合わせでアルベルトにコテンパンに負けたり。エリサさんの能力を見せてもらったり。
あっという間に時間が過ぎていった。
「はい、お疲れ様~。皆よく頑張った!エライ!」
息が上がっている私達に反し、ノエルさんは涼しい顔で拍手をしている。…武器の扱い方のレクチャーをしていたり、一緒に手合わせをしていた筈なのに。
「戦闘に関しては以上かな。今度、エリサちゃんが手に馴染んだ武器を開発課から送ってもらうからその時までお楽しみという事で。今日の業務は終わりかな。明日も私が迎えに行くから、準備して部屋で待っていてね。」
そう言うと同時に、業務終了のチャイムが鳴った。