004_失踪
目が覚めると、自室ではない天井の下でベッドに寝かされていた。辺りを見回すと左右には同じようなベッドが並んであり、薄っすらと薬品の匂いが漂っている。すぐ傍の机で誰かが作業しているのが目に入る。
「…ここ、は…。」
「ああ、やっとメがサめましたか。ココはイムシツですよ。カラダのチョウシはモンダイナいですか?」
「あ、えっと…大丈夫…です…。」
片言混じりの口調で作業していた人が声を掛けてくる。今の状況が掴めない。確か…協会を抜け出して、何かと戦ってる様子を見て…それで、あの少女が…モデスタを…
「…あ、あの…モデスタ…一緒に居た女の子は…。」
「あー…あのコですか。コツズイソンショウでソクシ、カラダはアンチシツにホカンされてます。」
「……そう、ですか…。」
淡々と言われ、俯く。私のせいで、モデスタは死んだ。あの時、腰が抜けなければ。先に逃げて、なんて言えていれば。あの時、剣を持ってきていれば。そもそも、行く前に止めていれば、こんなことにはならなかったのに。
「…ジブンのせいだとセめないほうがイいですよ。ココ…というより、フダンからよくあるコトですし。」
「で、でも…。」
言い澱み、泣きそうになったその時、医務室の扉が勢いよく開いた。そこに居たのはノエルさんだった。扉が開くなり走って私に近付いてくる。
「セシリアちゃん!!目が覚めたって聞いたよ!大丈夫!?」
「…はぁー…イムシツではシズかにしてください。」
「の、ノエルさん…あの…勝手に行動してごめんなさい…。」
「いいの!無事だったからそれでいいんだよ!もー…心配したんだよ!」
謝る私を他所に、小さな子を可愛がるように撫でくり回すノエルさん。
「…カラダにイジョウはナいですし、すぐにフッキできますけどどうします?」
「……えっと…。」
「異常が無いなら大丈夫だね!シリルちゃん、後の処理は任せた!」
「マカせたじゃないですよ、マッタく…。」
シリルと呼ばれた人は2度目の溜息をつき、机の上に広がっている書類をまとめ始める。「あっ」とノエルさんが声を上げ、シリルさんが一瞬固まる。
「まーた奥に引き籠る前に紹介しておこっか。コイツはシリルちゃんで補助課の課長。いっつも引き籠ってるから中々お目に掛かれないぞー。」
「…ウルサいですねェ、アイカわらず。」
「……ええっと…。」
突然の紹介に困惑する中、シリルさんは手早く書類をまとめると、足早に扉を開ける。
「ヨウがスんだらとっととデていってクダさいね。」
そう言って扉を閉めて出ていってしまった。
「つれないなぁ、シリルちゃんは。さて…私達も出ていきますか。立てる?」
「あ…はい。」
ベッドから出て、医務室を後にしノエルさんの後を付いていく。
「…はぁ。」
「大丈夫?モデスタちゃんのこと、あまり気を落とさないで。…一応、蘇生手段も残されてはいるからさ。」
「ほ、本当ですか?!」
蘇生、の言葉に思わず食い気味に反応してしまう。広い廊下の隅に置かれた長椅子に座り、話を詳しく聞く。
「うん、まぁ…あるにはあるけど、技術料が半端なく高いし…それに、遺体の安置期限は最長半年でね。…セシリアちゃん、"死亡"の定義は知ってる?」
「死亡の定義…?」
教育施設にいた時、よく図書館に入り浸っていたし勉強も真面目に受けていたけど聞いたことは無かった。首を横に振ると、ノエルさんはやっぱりかと言わんばかりの表情をする。
「呼吸と脈拍の停止、瞳孔の拡大、固有遺伝子の消失、1年間の自我の消失…この4つを満たして"死亡"の扱いを受けるの。いまのモデスタちゃんの状況は前者2つを満たしてる。まぁそこは直ぐに蘇生できれば問題ないけど、後者が厄介でね。1年以上経った遺体は蘇生出来ないんだよね、受け付けてもらえないというか…仮に蘇生できても、自我が戻らないことが多いし。」
「…。」
「自我が存在しないと"人"の定義から外れて死者扱いされることもあるから、1年以内の蘇生は必須。…なんだけど、大抵の場合は大体前者2つの時点で諦められるんだよね。さっきも言った通り、技術料が半端なく高いから。普通の家庭はそんな大金持ってないし。」
「…因みにその金額というと…。」
「最低でも下単位含めて8桁。時間が経てば経つほど値段は上がっていくシステム。うちの給料でも6桁だからすんごい高いの。」
「…お金、借りたりとかは…出来ないんですか?」
「止めておいた方が良いよ。借りた時の利子、15%以上付けられることが殆どだから。」
「そ、そんな…。」
最後の希望が潰え、どうしたらいいのか分からなくなる。視界が歪み、涙が零れて手に当たる。
「…ごめんね、こんなこと言っちゃって。」
「いえ、いいんです…。」
ノエルさんが背中を擦ってくれるも、涙は止まらず溢れ出した。
暫く泣き続けて漸く涙が止まった時、もう1人の幼馴染…ジョゼフと、一緒に同行していたリョウの姿が無いことに今更気付く。
「…あの、ジョゼフとリョウは何処に…?」
「ジョゼフ君は、決心したみたいで早速戦闘課で訓練を始めてるよ。モデスタちゃんが目の前で殺されて…セシリアちゃんを守らないとって。」
「…そう、ですか。」
ジョゼフはいつも通りで何処かほっとするも、ノエルさんは不思議そうに首を傾げた。
「で、リョウって誰?」
「…え?一緒に研修を受けてたじゃないですか?」
素っ頓狂な答えが返って来て、思わず声を荒げる。一緒いた筈のリョウの存在が、最初から無かったような返事に混乱する。
「何言ってるの?セシリアちゃん、モデスタちゃん、ジョゼフ君の3人と一緒に回っていたじゃない?」
「え?…え?」
「きっと、疲れてて記憶が混乱してるんだよ。今日は少し早いけど部屋に戻ったら?明日、私が迎えに来るから!」
「は、はい…。」
言われるがまま部屋まで送ってもらい、ノエルさんの背中を見送って自室のベッドに身を投げる。
「…どうして?」
モデスタの死、リョウの失踪…頭が混乱するも、疲労感には抗えず意識が途絶えた。
* * *
セシリアちゃんを送り届け、腕を伸ばして教育課に戻ると、リュウ君が机の上に腰を掛けていた。
「お邪魔してるよー。」
「はいはい。…結局これで良かったの、リュウ君?」
「うん。きっかけは与えたし、後は時間と経験が解決してくれるかなって。」
そう言ったリュウ君…リュウノスケはどこか寂しそうな表情をしていた。
「そう言ってさぁー、もっと一緒に居たかったんじゃないの?」
「…まぁ、それはそうなんだけど。あまり仲良くなりすぎると単独行動しづらくなっちゃうからね。」
「それはそう。」
「で、セシリアから何か"黄色の演劇"に関する情報手に入れれた?」
「あっ。」
すっかり忘れてた。すぐにリュウ君は察したらしく、溜息を零す。
「ノエルは感情豊かで同情したり慰めるのは上手いけど、情報収集苦手だよね。」
「ごめんって~。…あ、でもあの施設の情報は少しだけど手に入れたよ!」
「というと?」
「あの施設、常識になってる"死亡"の定義と"人"の定義を教えてなかったみたい。ちゃんとしてる施設なら教えていて当たり前、何なら"原石"とか"葬儀屋"とか…"パラノーマリティ"の存在も知らないかもね。」
「…成程。となると…政府に実験体として売る為の育成施設だった可能性が高いな。」
「ひぇぇぇ…。」
「まぁその調査は今後の進展に期待するとして。他の新入職員はどう?期待できそうな子いる?」
「えーっとね、エリサ・トゥイッカ…13歳、都心育ちの開花済み原石ちゃんと、アルベルト・シャッヘ…18歳、E区周辺を活動地域としていた放浪者君だね。どちらも実戦経験有で実力も申し分ないくらい強いみたいだよ。」
「都心育ちか。まだ若いし、友人の死を経験したことが無いだろうな。」
「だろうね。」
「上手いこと、エリサとセシリアを衝突させれば良いライバルになるかもしれないな。」
「カーティスと兄ちゃんみたいに?」
「そうだね。」
…何となく言いたいことを察せた。つまり、2人を会わせて一緒に行動させろという事か。
「まぁ任せときな!私が何とかするから!」
「頼もしいね。じゃ、ボクは失礼するよ。」
そう言って机から下りたリュウ君は何処かへ歩いて行った。