002_雑談
翌日。気が付くと見知らぬ部屋…ではなく、自室の布団に潜っていた。
確か…昨日、ノエルさんに職員寮の案内を受けて…皆で夕飯を食べて、部屋に戻ってそのまま布団に潜り、眠りこけてしまったんだっけ。部屋に掛けられた時計を見ると、6時半を指し示す。腕を伸ばして布団から抜け、荷物を整理する。といっても、持ってきた荷物は少ないが。少ない私服をクローゼットのハンガーにかけ、服の下敷きになっていた布にくるまれた長物を取り出す。慎重に布を取ると、銀で装飾された一振りの剣が姿を出した。
「ふぅ…。」
今までは教育施設の中で安全が保障されていたが、これからは自分の身は自分で守らないといけない。施設の職員からそう言われ、ずっと出番の無かった剣。…思い出が一切思い出せない両親の遺品。漸く出番が与えられそうで嬉しいが、剣を使った事なんてまだ一度も無い。
「…ちゃんと使えるか分からないけど、よろしくね。」
独り言を零し、部屋の備品の武具立てに立て掛けた。
シャワーを浴び、もう1着用意されていた制服に着替えて食堂に向かう。時刻は7時過ぎ、いつもより少し早い朝食。…何やら騒がしい。騒ぎは食堂からしているようだ。
「だから!妹はやらんと何度も言ってるだろうが!」
「うるせぇいい加減にしやがれシスコンがよ!」
…なんかすごく下らない喧嘩みたいだ。
「セシリアちゃんおはよ~。」
「あ…ノエルさん、おはようございます。…えっと…。」
そんな騒ぎを他所に、後ろからノエルさんが顔を出した。気にする様子はなく、何事もないように腕を掴んで引っ張り食堂の仲へ連れ込む。
「ささ、早く行こ~。セシリアちゃんはご飯派?パン派?」
「ぱ、パン派ですけど…あの…あれ、止めなくても良いんですか…?」
気になって仕方がなく、思わず聞いてみる。一瞬きょとんとして、私の視線を追った先にいる喧嘩を見て溜息をついた。
「あ~、気にしなくていいよ。いつものことだから。」
「えぇ…。」
「…といっても、そろそろ止めてあげないとなぁ…。あんまりセシリアちゃんに迷惑はかけたくないけど、良い機会だしついてきて。」
食券と朝食を交換しトレーを受け取ると、ずかずかと騒ぎの原因となってる2人に向かっていく。
「え、あ、ノエルさん…?」
「カーティスも兄ちゃんも朝から何下らない喧嘩してんの。もう何回目?」
困惑する私を他所に、そう言うと2人はノエルさんに視線を向け、
「「コイツが悪い!」」
互いに相手を指差して睨め合った。
「全く…新入りちゃんの前で醜態晒すのもいい加減にしてね。セシリアちゃん、ここどうぞ。」
「あ…?」
と、ノエルさんの後ろにいた私に視線を向けた。
「紹介するね、この子はセシリアちゃん。私の担当の新入りちゃん。」
「は、初めまして…。」
トレーを机の上に置き、おずおずと頭を下げる。
「…あー、俺はカーティスだ。で、そっちの馬鹿がルーク。」
「馬鹿とか言うな、阿呆。ったく…。」
褪せた赤の長髪に特徴的な琥珀色の目をした青年…カーティスさんは、隣にいた焦げ茶の髪に隻眼の青年…ルークさんを指差し蔑んだ口調で言う。
「部署は…まぁ、どうせ今日回る時に会うだろうし別にいいか。」
「喧嘩するより先に朝ご飯食べちゃいなよ~、冷めちゃうでしょ~。」
ノエルさんに促され、2人は溜息をつき私達の前の席に座る。…気まずい空気が流れる。
「ごめんねー、この2人いつもこうなの。カーティスも兄ちゃんも実力は確かなんだけどねぇ…。」
「えっと…ルークさんは、ノエルさんのお兄さんなんですね。」
「といっても義兄妹だがな。まぁ、ノエルの保護者みたいなもんだ。」
「へぇ…。」
「まぁ、保護者っつーより、姑?クソ親父みてぇな感じだがな。」
「うるせぇ。大体お前が…」
「あーもう…これだから2人はねぇ…。」
喧嘩第2ラウンドが始まる前にノエルさんが仲裁に入り、阻止される。その様子に思わず笑みが漏れた。
「ふぅ、ごちそうさまでしたっと。」
「…ごちそうさまでした。」
朝食を食べ終え、トレーをカウンターに戻す。私達が食べ終えた後もカーティスさんとルークさんは口喧嘩を続けていたが、ノエルさんは諦めた様子で無視していた。
「じゃ、また後でね~。」
「はい、ありがとうございました。」
入口前でノエルさんと別れ、自室に戻る。騒がしい朝食だったけど、楽しく愉快な時間だった。
「さて、時間になったし本日の業務…昨日の案内の続き、していこうか!」
パンッと軽い音を立てて手を合わせ、ノエルさんが声を出した。
「ところで君達は、希望の部署とか考えてる?『ここに入りたい!』じゃなくても『ここが気になる!』とか詳しく聞きたい部署とかあれば教えて欲しいな。」
「希望の部署、ですか…?」
「うーん…。」
あまり深く考えていなかったことを突かれ、思わず考え込む。正直なところ、自分がどの部署に向いているのかまだよく分からない。戦闘慣れしているわけでもないし、あまり剣の抜くことが無いような部署につければいいな、なんて考える。
「はいはーい!私は教育課に入りたいです!」
「俺は…戦闘課が気になっています。」
そんな私を置いて、モデスタとジョゼフは我先にと口を開く。
「セシリアちゃんとリョウ君は、どこか希望の部署とかはあるかな?」
「えっと…私はまだ…。」
「ボクも未定です…。」
「そっかぁ。じゃあとりあえずは順番に…」
その時、突如大音量のアラートが鳴り響いた。と、ほぼ同時に遠くから爆破音が聞こえた。
「うわっ?!」
「な、何事?!」
「なんだ?!」
私とモデスタ、ジョゼフが慌てている中、ノエルさんとリョウはやけに冷静な様子で何か小声で話している。暫くして、再び爆破音。先程より近付いて聞こえた。部屋のスピーカーから放送が入る。
『都市北部にて"黄色の演劇"が出現!現在協会内にいる課長、副課長は大至急正面入口までお願いします!』
「あちゃー…呼び出し食らっちゃった。ごめんね、皆はここでちょっと待ってて!」
そう言ってノエルが部屋を飛び出していった。一瞬静寂が訪れるも、直ぐに遠くから爆破音が響く。その中には微かに悲鳴が混じってるように感じる。
「…だ、大丈夫かな…。」
「うーん…。」
私が不安になってる中、モデスタが好奇心を見せてるように思えた。
「…ねぇねぇ、皆でこっそり様子を見に行かない?」
案の定とんでもない提案をしてきた。ぎょっとジョゼフが目を見張るが、リョウは相変わらず冷静な表情をしている。
「何言ってんだモデスタ。」
「…いや、でもいいんじゃないかな。ノエルさんの戦いぶりとか…見てみたいな。」
「いやいやいや、リョウまで何を…!」
困惑するジョゼフを差し置いて、意外にもリョウが提案に賛成する。
「まぁまぁ、危ないと判断したらすぐに戻れば大丈夫だって。」
「…セシルはどうする?」
モデスタに聞かれ、躊躇う。…確かにノエルさんの戦っているところは見てみたいし、危険と判断したらすぐに戻れば大丈夫…だろう。好奇心には敵わず、気が付いた時には縦に頭を振っていた。
「セシルまで…!…あーもう、俺も行く。お前等を行かせたところで、どうせ何で止めなかったとか怒られるのは想像がつくし…それぐらいなら見に行って戦い方の勉強をした方がよっぽどましだ。」
「よし、じゃあ早速行こっか!」
内心でノエルさんに謝罪をしつつ、そっと部屋から抜け出した。