001_入社
私の記憶は、火の海から始まった。
「あれ…ここ、は…。」
周囲には沢山の瓦礫が散乱し、下に手が落ちている。…私以外の、誰かの手。
「…っ。」
頭がくらっとして額に手を当てる。と、何かドロッとした感触。視線を向けると、赤い液体がこびり付いていた。それが血だと認識すると同時に、落ちていた手が私を庇ったのだと理解する。はっとして見渡すと、瓦礫に混じって人があちらこちらに散らばっていた。しかしそのどれもが無惨な状態で事切れている。
「だ、誰…か……助、け…」
その時、甲高い声が轟く。悲しみと、憎しみと…怒りの混じったような、笑い声。
「はは、は…あはははははは!!」
そこには、泣きながら笑う少女がいた。
* * *
あれから、10年。
私…セシリア・ハトソンは意識を失った状態で政府に保護された。どうやら私は、事件に巻き込まれて記憶を失ってしまったらしい。両親はその政府の職員だったらしく、多くの遺産を遺してくれた。その後、私は政府直轄の教育施設に入所し、教育を受けて育ち現在に至る。
朝の支度を終え、必要最低限の荷物をまとめ部屋を後にする。私を育ててくれたこの施設に帰ることはもう無いだろう。15の歳になり、ある組織の招待状を受け取って就職が決まったからだ。
「おーい、セシルー!こっちだよー!」
「うるさいぞモデスタ」
前を向くと、施設で一緒に育った幼馴染…モデスタとジョゼフがいた。
「ごめん、遅れちゃった?」
「ううん、そんなこと無いよ!時間ピッタリ!」
「…よし、行こうか。」
施設を後にし、区画間鉄道を乗り継いで2時間半。施設から出たことの無かった私にとって、外の世界は新鮮だった。立ち並ぶ高層ビル、図書館の本でしか見たことのない風景、広大な海。駅を降り、指定された場所へ向かう。
「それにしても、凄い賑わっているね~。あの施設でも騒がしい時はあったけど、それよりもずっと凄いや…!」
「そりゃそうだろ…此処とあそこじゃ規模が違うっつーの。」
「あー…そっかぁ。」
雑談をしながら歩いていると、目的地に黒髪の青年とローズグレイの髪の少女が立っていた。
「…え、えっと…。」
「あ、来た来た!君達も今日入る子達だね!私はノエルといいます、君達の世話係を担当するからよろしくね!」
そう言った少女…ノエルさんは満面の笑みでお辞儀をした。
「えっと、とりあえず自己紹介ですかね…。えっと、ボクはリョウと申します。皆さんと一緒に入るので、同期…ですね。呼び捨てで呼んでもらっても大丈夫です。」
青年…リョウは一瞬私の目を見て、お辞儀をする。
「私からで良いかな。えーっと、私はセシリアです。よ、よろしくお願いします。」
「…俺はジョゼフ。」
「私はモデスタって言います、よろしくね~。」
一通り挨拶を交わし、ノエルに連れられてビル街の一角…駅に着く前に見えた建物の前に着く。
「それじゃ、改めて。ようこそ、シトリー協会へ。」
施設に入り受付を済ませ、案内された一室で制服に着替える。…ネクタイを結ぶのが難しくて、結局ノエルさんに直してもらったのが少し恥ずかしかったが。
「…ネクタイ直していただいて…ありがとうございます…。」
「分かるよ~、ネクタイ大変だもんね。でも最低1年間はこの制服を着ることになるから、頑張って慣れようね~。」
「が、頑張ります…。」
「じゃ、早速大まかな施設の案内をしよっか。といっても施設は広いから今日は最低限生活する部分だけかな、明日に残りの部分の案内をするとして。最後にそれぞれの部屋に案内するから、荷物はそのまま持っていってね~。」
そうしてノエルさんを先頭に、職員寮の説明を受けた。食堂に大浴場、娯楽室、図書館、訓練場、中庭。個室は基本1人1室、相部屋可で防音機能付き、シャワー室有。育った教育施設よりも全ての規模が大きく、綺麗で驚きの連続。
「よーし、01V6…これはセシリアちゃん、01V7がジョゼフ君、01V8がモデスタちゃんで、01V9がリョウ君、と。」
ノエルさんから渡されたのは、顔写真付きのカード。裏には誓約文が印字されている。
「それは職員証。これで晴れて君達はここの職員になったって証明だね。これで自室に入ったり、給料を受け取ったりとか、各区の技術を安く使えたりとか出来るの。スーツの右袖に入れる所があるから、普段はそこに入れておくこと。無くしたら再発行しないといけなくなるから、無くさないように。」
「と、いう事は…!」
「うん、入社おめでとう。で、今日の案内はここまで。明日の10時に今日最初に案内した部屋…第8多目的室に集合ね。」
「は、はい!」
モデスタが緊張した声を出す。私も遅れて返事をする。
「緊張しなくていいよ~。あ、そうだ。君達の入社記念に、一緒に夕飯でも食べる?今後、仕事でタイミングが合わなくなったりするかもしれないし。」
「い、いいんですか?!」
「いいよいいよ~。どーせカーティスは今日も兄ちゃんとドンパチしてるだろうし、1人で食べるより皆で食べた方が美味しいもんね!」
ちらっとノエルさんはリョウの方を見た…ような気がしたが、直ぐに視線を此方に向けて言う。モデスタやジョゼフは気にしていないようだし、まあいいかと話を続ける。
「ささ、荷物を部屋に置いてきて行こ行こ~!」
「あ、ちょっと…!待って…!」
「お、おい…!」
そそくさと急ぎ足で進むモデスタを私とジョゼフが後を追い、その様子をリョウとノエルが微笑ましそうに眺めていた。
* * *
「…あの子達、元気だなぁ…。」
「元気だね~。それで、リュウ君の見立てだとどう感じるのかなぁ?」
「良いと思うよ。何せ、あの子…セシリアは"黄色の演劇"の誕生に居合わせてるし、彼女自身も"原石"だし。まだ開花こそしていないが、きっかけを与えればすぐに開花してもおかしくない。」
「そっか。じゃあ残りの2人は?」
「ジョゼフに関してはルークと同じ素質だから期待は出来るが、正直モデスタに関しては期待できないね。」
「というと?」
「彼女、親のコネであの施設に入ってるし、金を積んでY区の試験に挑んでる。はっきり言うと実力不足なところがある。まぁ…セシリアの糧になりそうだから試験に合格させたけど。」
「容赦ないね~。…まぁ、あの子達には良い社会勉強になるだろうから止めはしないけど。にしても、リュウ君演技ますます上手くなってない?今回はオドオド系男子?」
「…オドオド系男子って何?まぁ、挨拶の後は出来るだけ空気になることを意識してるし、あんまり目立たないように立ち回ればそれっぽくなるだけだよ。」
「ふーん…。まぁ、あの子達は私が責任もって見守っておくから。リュウ君のフォローもバリバリ頑張るし!」
「頼もしい限りだ。…そろそろ戻ってくるだろうし、研修期間中は頼むよ。」