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まぜそば  作者: はな
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高倉視点


 冬のとある昼休み。彼は目の前の席にどっかりと横向きに座り、紙パックのミルクティーを飲んでいた。

「この間走りに行った公園で小さい女の子が言ってたんだけどさ。」

 マックで女子高生が言ってたみたいな言い方だなと思いながら話を聞く。

「雪が積もった日って静かじゃん。それは、雪の下のアリさんが食べ物がなくてお腹がすいて音を食べちゃうからなんだって。」

「アリさん」

「うんうんて話を聞いてた母親らしき女性がこう続けたんだ。『えーそうなの?じゃあ、うんと静かな夜は食いしん坊のアリさんが沢山いて、音をみんな食べてしまうのね。』って。」

 微笑ましすぎてニヤけるとこだったよーと続ける彼に、クラスメイトが不審者にならないようにと茶化して注意する。俺はその喧騒にひたりつつ、憤慨する彼の表情をただ見つめていた。



 夜中に降りしきった雪が止み、遠くの山から朝日が覗き始めた早朝。片側は畑片側は林の、この辺りじゃ主要道路の一本道。走って弾んだ息を整えてゆっくりと足を止める。呼吸が落ち着くと辺りはシンとして、せっかくのご来光にも目をつむれば、時が止まったかのような静けさ。世界に一人だけと錯覚する冷たい朝。

 この瞬間が好きだ。

 ふと、昨日の会話が思い出されて、新雪を踏みしめた足元にしゃがみこんでみた。くぐもった音をたてて足下の雪がわずかに沈み込む。

「おはよー。なにしてんの?」

 時間が止まってるような空間をいつもと変わらない調子の声がかき乱す。顔をあげればよく見るオレンジ色のウィンドブレイカーがこちらに向かってくる。土曜日の朝は都合が合えばこうして一緒にランニングしている。

「アリさん」

「は!?」

 表情豊かな彼は、驚きの後納得したような顔をして、最終的にはニヤッと白い歯を見せながら小突いてきた。

「今日は寺コースか?」

「クッキーに癒されたいから寺で。あの耳がたまらん。」

 クッキーは寺で飼われている小型犬だ。犬種は俺にはよく分からない。運が良ければ窓越しに俺たちを歓迎してくれる。

 彼と一緒に走り出せば、鳥のさえずり、林のざわめき、遠くで人が活動し始める音が戻ってくる。

 この瞬間が、好きだ。



 中学卒業と同時に親が一軒家を購入したため引越しをした。引越しと言っても同じ市内で高校の通学に何も問題はなかった。ただ新しいランニングコースを開拓したかったので、引越ししたてにあちこち走り回った。その結果、川を渡る橋コースと知り合いの寺まで行って往復する寺コースに落ち着く。

 彼を見かけるのは寺コースの時だった。

 寺コースを走る時は寺の敷地内に置かれた石造りのベンチに座って水分補給を兼ねた休憩をとる。いつしか、そこから見おろせる舗装道路をランニングコースにしている人がいるのに気づいた。毎回ではないし、頻度もバラバラ。当初の認識としては、オレンジ色のウィンドブレイカーが枯れ野色か濃い緑の景色の中でよく目立つな、と己の迷彩柄ウィンドブレイカーと比べて思うくらいだった。

 その認識が一変したのは初めて彼とすれ違った時だった。散歩がてら土手道を歩いていると、向こうからオレンジ色が走ってくるのが見えた。何の気なしに顔を見た時、目を奪われた。まっすぐ前に向かう視線、少し眉を寄せた険しい顔つき。こちらに目を向けたのはすれ違う一瞬軽く頷くように会釈をした時のみ。その後は上下動の少ないフォームで駆け抜けていき、あっという間にオレンジ色の背中は遠ざかっていった。その一瞬のまっすぐ前を向く視線の強さ、それはひどく美しいものに見えたのだ。



 その後俺は、高校二年に上がって彼とクラスメイトになっても彼がオレンジ色の彼だと気づけなかった。分け隔てなくクラスメイトに接し、明るく、時には道化になる彼と、あの一瞬の彼とがどうしても重なり合わなかったのだ。確かめてみようとランニングに誘って合流した時には、やはり彼は同じオレンジ色だったから間違いはないようだ。

 ひとつ誤算だったのは、一緒に走るなら彼の顔をよくよく観察することは難しいということ。それからは、いつかその一瞬に出会えるのを期待して、学校でもよく彼の表情を見るようになった。そうすると、彼の心がそのまま映し出されたような表情の豊かささえも、俺の目にはとても好ましく映り始めたのだ。



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