第二章 一 偶然の出会い
イヤホンから流れる音楽をリピートで聴いていた。野丘流都の部屋に貼り付けてあるポターを眺めながらである。
顔はもちろんニヤけている。誰かに見られたら気持ちが悪いと即答されるだろう。それだけポスターの人物が魅力的なのだ。
アイドルグループ、ティーンフュチャーは人数は増えたり減ったり、流動的で、年齢も十三歳から十九歳まで限定のメンバー構成になっている。二十歳になったら強制的に卒業となる。
メンバーの一人、目時エマは十七歳の高校二年生。
流都はエマに夢中だ。十四歳から見て、十七歳は色っぽく、同級生には興味がなかった。
音楽を止めた。
急に思い出したからだ。
勉強に勤しむためではない。ティーンフュチャーのCDの発売日だった。
身体は階段を下りて、玄関で靴を履いた。少し慌てていたので、鍵を閉め忘れていたので、戻った。
タイムロス。
心の中でつぶやいて、走った。
急いだところで、CDが売り切れるわけではない。一刻でも早く、手に入れたいのだ。
CDショップは歩いても、十分あれば余裕で着く。自転車ならすぐだが、あいにく、パンクを直していないので、今日は歩きではなく、走っている。
「流都?」
こんな時に限って、誰かが声をかけた。
ウザい! と、言いたいが、顔を見て、誰だかわからなかった。
「……」
流都は黙って、その人を見つめた。
「忘れたの?」
制服を着た女子に記憶はなかったが、じっと見つめられて、急に思い出した。
「側本……りりかか!」
「やっと、思い出したね」
「いや、ウチの中学の制服じゃないし、髪の毛を伸ばしたから、全然、わからなかったよ」
「流都は、小学校のままだから、すぐわかったよ」
「身長は伸びたよ」
「それだけでしょ?」
「それだけって……」
「中学生になって、何か変わった?」
「そう言われると、何もないけど……」
「今、暇?」
「暇って言えば、暇だけど……」
「じゃあ、私と一緒に、小学校に行かない?」
「う~ん……」
流都はCDを買いに行きたいと、はっきり言えなかった。
「じゃあ、行こう」
と、りりかの強引さに負けた。
久しぶりに小学校の門の前に立つと、卒業してから、二年も経つのかと、時間の流れの早さを感じた。
「先生いるかな」
と、流都は当時の担任の顔を思い浮かべていた。
「いるよ」
と、りりかは言って、正門をくぐり抜けた。懐かしい。あの頃のままだ。
校内に入ろうとして、迷った。
「靴下のままで行くの?」
流都は小学生の頃は上履きに履き替えていたので、今は部外者なのだと痛感した。
「はい」
と、りりかはどこからか二人分のスリッパを用意して持っている。
「どうしたの?」
「盗んできたような目で見ないでよ」
「違うの?」
「来客用のところにあるでしょ」
「そうなのか……」
「通っていた学校よ。そんなの常識よ」
「常識か。知らなかった」
「常識ってのは嘘。卒業してから何回か来ているから知ってんよ」
「そうか」
流都が一人で納得している間に、りりかは先に行ってしまった。
一歩、校内に入ると、数年前の記憶が蘇った。良い事も悪い事も色々あった。六年生の頃に下駄箱で同級生とケンカしたを事を思い出した。一発ずつパンチを当てた。お互い興奮していて、次の攻撃状態だった。そこにりりかが現れ、仲裁に入ったのだ。
ケンカの理由は思い出せない。って事は大した事ではないのかもしれない。
「早く!」
りりかが立ち止まっている流都を呼んだ。
「待ってよ!」
と、流都は言って、走ろうとしたが、スリッパでは無理だった。脱げてしまうので、歩いた。
「早くしてよ!」
りりかは急かした。
それでも流都はペースを乱さなかった。職員室は一階にあるのに、急いでも数秒しか縮まらないのに急ぐ理由がわからなかった。
不満を言う前に扉の前に着いた。
二年前と変わらない。
ガラガラとドアの軋む音。昔の雰囲気を味わっている流都をぶち壊す行為だ。
りりかは先に入った。
流都は文句を言いたいが、職員室に入ってしまえばそんな事は忘れ、キョロキョロして、懐かしの顔をさがした。
「流都!」
りりかには流都がまごまごしているように見えたのだろう。
「野丘くん」
と、流都には聞き覚えのある声だ。
「佐村先生」
流都は迷わず、佐村先生の前に行った。
「大きくなったね」
「身長、だいぶ伸びました」
「でしょ」
佐村先生は頷いた。
「私も驚きました」
りりかは驚いたと、言ったが、先程は素振りすらなかった気がする。
流都はりりかをつねった。
「痛い」
と、りりかは言って、流都を睨んだ。
「どうした?」
流都はわざとらしく、とぼけた。
「今、つねったでしょ」
「はっ?」
「何をするのよ」
「何もしていない」
「嘘つかないで」
「野丘くん、見てましたよ」
「だって……」
流都は反論したいが、佐村先生では言い負けしそうなので黙った。
「女の子をいじめる何て、よしなさいよ」
「はい……」
流都は諦めて、りりかに頭を下げた。
「そうやって認めればいいのよ。許す!」
りりかは勝ち誇ったように、流都を見下すように見た。
「何だよ」
流都は苦虫を噛み潰したような顔で言った。
二人の仲は険悪だ。いつ怒号合戦が開戦してもおかしくな状態だった。
「まあまあ」
と、佐村先生は間に入った。「とっても仲良しなのね」
「違います!」
流都の方が怒りモードだったので、反応したのだ。
「そうよ」
と、りりかも言うが、顔は怒っているようには見えない。
「本当に仲が悪かったら、こうはならないわ」
「でも、りりかとは仲よくないし、会ったのは小学校卒業以来だし……」
「久しぶりなら、尚更、ケンカなんかしちゃ駄目でしょう?」
「……」
流都は下を向いて、黙った。
「本当は仲がいいんだよね?」
「……」
「仲がいいなんて、先生やめて下さいよ」
流都は否定するが、りりかはまんざらでもないようだ。顔が少し微笑んでいる。
「あなたたち、ケンカはしないでね。特に野丘くん」
と、佐村先生は半笑いだ。
「そうですね」
と、流都は言い終えると、口を尖らした。
「何か、みんなに会いたくなったな」
りりかはゴタゴタがなかったような、すっきりした表情だ。
「そうね、会いに来てくれる生徒は限られていからね」
「そうだ。クラス会をやりましょ」
「いいわね」
「私が幹事をやります。出来るだけ、クラス全員が集まるように頑張ります」
「先生も楽しみだわ」
「流都も手伝ってよ」
「うん」
流都は積極的に参加したいわけではない。この場に雰囲気に押されて頷いてしまった。すぐに訂正が出来る雰囲気でもなかった。
「ほら、やっぱり、二人は仲がいいね」
と、佐村先生に言われ、流都は返す言葉なく、話すのも嫌になったので、黙っていた。
りりかと佐村先生は昔話に盛り上がっていた。
流都には退屈な時間だった。
「帰るよ」
と、りりかに言われ、流都は職員室を出た。
二人は会話がなく、流都はりりかの後を追い、家来のようだ。
校門を出た瞬間だった。
「メール交換しよう」
と、りりかが言った。
「えっ?」
流都はこのまま物別れで終わると思っていたので、予想外で驚いたのだ。
「スマホ、持ってないの?」
「あるよ」
流都はスマホを出し、りりかとアドレス交換した。
「じゃあ、連絡するから」
と、りりかは言って、足早に行ってしまった。
何なのだ。
無駄な時間を費やした。
そもそも、小学校に来る予定などなかったのに、偶然にりりかと出会い、このような展開になってしまった。
何をしようとしたのか忘れていた。目の前の販売機に視線が行った。目時エマの顔が見えた。指定された清涼飲料水を買い、ライブのチケットが当たるのだ。番号を入力し、スマホで転送すると、当落が決定するのだ。発表まではまだ時間がある。
流都の喉はカラカラだった。販売機の前で、札を挿入し、指定の清涼飲料水のボタンを押した。
取り出し口に手を突っ込み、握って取り出した。
「おお!」
と、流都は清涼飲料水のラベルに目時エマの顔が小さく印刷されているのを見て、感動した。
熱烈な信奉者はこれだけで、興奮をするのだ。
喉の渇きを思い出した。キャップを開け、ボトルを口に咥え、一気に流し込んだ。
ボトルから口を離した。ゲップが出た。
「CDだ!」
目的を思い出した。CDショップに急いだ。
店内はポップな曲が流れていた。客は数人いるだけで、スカスカ状態だ。
「これだ」
流都は最短距離で目当ての場所は着いた。新譜のコーナーに平積みされていたので、すぐ見つかった。
CDに応募券がついていて、ライブのチケットが当たり、その上、数名だけ、好きなメンバーと五分のおしゃべりタイムとツーショット写真まで撮ってもらえる権利まである。
CDを大量購入したい。
しかし、現実はCD一枚しか買う金額しかお金を持っていない。
流都は一枚だけ、買ってショップを出た。
清涼飲料水を買わなければ、CDをもう一枚買えた。後悔しても、返品は不可能だ。ただ、嘆くだけだ。
原因はりりかと出会ってしまったからだ。
どれも後悔してもどうにもならないから、ため息の連発だ。
行きは走る元気があったが、帰りは走るどころか立ち止まってばかりだ。
いつのまにか住宅街に戻っていた。人気も少ない。
「ちょっといいかな?」
流都は目の前で話しかけられて、立ち止まった。
「げっ!」
目の前は真っ白なスーツが見えるだけで、顔が見えない。だから、見上げた。長身の男だ。やや微笑んでいるので、怖さはない。
「驚かしてゴメンね」
と、長身の男は頭を下げた。きれいに四十五度曲げて止まり、数秒したら顔を上げた。
律儀だ。
「大丈夫です……」
流都も申し訳なさそうに、ペコペコと頭を軽く何度も下げた。
「ところで、カエルを見なかったかい?」
「カエル?」
「ウシガエルだけど……」
「ウシガエルね。知っているけど、最近は見ていないって言うか、興味ないから知らないよ」
「そうか。では、興味を抱くように言う」
「そうですか……」
流都は長身の男から逃れたくて、相槌をしただけだった。
「ウシガエルの中に黄金に変化するやつをさがしているんだ」
「へぇ」
「そいつを捕まえたら何でも、願いを一つだけ叶えてあげるよ」
「ええ、本当に! じゃあさ、ティーンフュチャーのライブのチケット手に入る?」
「そんなのは簡単だよ」
「なら、さがす。で、黄金のカエルってどこにいるの」
「そんなに遠くには行ってないはずだから、この近くだろう」
「黄金なら目立つからすぐ見つかるよ」
「それならいいが、そう簡単じゃないんだ。常時、黄金のカエルではなく、たまに変化するんだ」
「たまに? じゃあ、そのたまにの条件は?」
「ウシガエルがエネルギー体の近く寄るか、それとある一定の時間変化してないと強制的に変化する。どちら場合も変化している時間は短いが……」
「短いって、時間はどれくらい?」
「どうだろう、一分かそれとも一時間か……」
「どっちなの?」
「わからん」
流都はずっこけた。
「でも、一時間ならさがせるかも……」
「もしかしたら、もっと短い時間かもしれない」
「まあ、いいや。ところで、エネルギー体って何?」
「う~ん」
長身の男は急に顔が曇った。聞いてはいけない事なのか。
「そんなにヤバい?」
「そんな簡単な言葉では言い表せない」
「なおさら、聞きたい」
長身の男はしばらく黙った。
「聞きたいか?」
「もったいぶられたら、聞きたいに決まっているでしょう」
「そうか。では心を強くして聞いてくれ。エネルギー体とは宇宙空間では自由に移動出来るが、惑星などではすぐには行動出来ないから、生物などの中に偵察用のエネルギーを入れて、情報収集をして、ある程度わかったら、吸収し、その惑星を乗っ取りにかかる」
「そのエネルギー体ってどんなやつ?」
「この近くに隠れている。今は単なるエネルギー体で行動範囲は狭いが、カエルを吸収してしまえば、物質化して厄介な存在になる」
「ええ、言っている事がよくわからない」
「わからないか」
「それよりも、おじさんは何者?」
「エネルギー体を除去する者だ」
「はぁ?」
流都の頭はパンクしそうだ。長身の男が言っている意味が理解不能だからだ。
「重要な事は黄金のカエルを見つけ、私に渡してもらえばいい」
「黄金のカエルが、そのエネルギー体に吸収されたらどうなるの?」
「何度も言うが、地球が乗っ取られる」
「乗っ取られたらどうなるの?」
「地球が滅亡する」
流都は長身の男は妄想を話しているとしか思えなく、これ以上、相手にするのは危険すら感じた。踵を返して、逃げた。
「滅亡だぞ、カエルだけは渡すなよ」
と、長身の男は叫んでいた。




