第一章 六 光線
ウシガエルは虫かごに保管し、ベランダに置いていた。窮屈かもしれないが、他に隠す場所がない。
留樹緒は学校に行く前に確認した。
いた。ちゃんと生きている。
今は光っていなかった。傍から見ればただのウシガエルでしかない。
親にも言っていないが、ウシガエルごときで驚く事でもない。鳴けば気づくだろうが、光ったら驚く事は間違いない。しかし、両親は共働きなので、日中はベランダを見る事がないので安全だ。しかし、今日は母親が休みの日だ。念のため、部屋の机に置いた。
「鳴くなよ」
と、ウシガエルに言っても反応があるわけでもなかった。
留樹緒が教室に着くと、生徒の輪が出来ていた。
「どこに行ってたんだよ」
「心配したぜ」
「誘拐犯はどんなやつだ」
「うまく逃げられたのか?」
「犯人は捕まったのか?」
と、生徒たちは立て続けに質問を浴びせる。その中心に人太がいた。
留樹緒は嬉しいさと気まずさが同居していて、素直に喜べなかった。
「授業が始まるよ!」
いつの間にか左村先生はいた。人太は返答する事なく、生徒たちは渋々席に戻った。
人だかりが解消されて、人太の顔を見えた。真っ直ぐ前を向いて、微動だにせず、人間ではないように見えた。
留樹緒は人太ではない気がした。
何者だ?
宇宙人か?
幽霊か?
「無事に石川くんが戻って来たので、みんな質問はしないでね」
左村先生は釘を刺した。一応、生徒たちは異は唱えなかった。言ったら、説教になるのを恐れてだ。
今のところ人太が失踪した理由はわからない。良好な関係なら聞けたはずだ。
昼休みになり、生徒たちはいつもの状態に戻っていた。外で遊ぶ連中は教室にいなかったので教室はガラガラで数人しかいない。
留樹緒は教室にいた。
給食が終わり、佐村先生が教室からいなくなるタイミングで、みんなは人太に質問攻めだった。それでも何も答えず、前をじっと見ていた。生徒たちは諦めたようだ。
今も固まったようにしている。すでに誰にも相手にされなくなっていた。
「ねえ、昨日のカエルどうした?」
女子生徒である。昨日の帰りに会った出来事だ。
留樹緒は面倒くさいと思いながら「どうもしないよ」と、話を終わらせようとした。
「うそ!」
大きな声で言うから、教室中に響いた。
「その意味はわからないよ」
「食べたんでしょ?」
「それこそ意味がわからないよ」
「大事そうに持っていたからね」
「あれは願いを叶えてもらえるんだ。だから食べるわけがないだろう」
「いいな」
女子生徒は疑いもなく、留樹緒の話を信じたようだ。
「そんなこと言ったってやらないよ」
「どんな願いを叶えてもらうの?」
「決まってんだろう。ゲーム機をもらうんだよ」
「いいな。私もほしい」
「やらん!」
「ケチ!」
「どこだ!」
誰かと思えば人太だった。じっと睨んでいるので怖い。いつ殴られるかわからない雰囲気を醸し出していた。
「急に脅かすなよ」
留樹緒はこの場を和ませるように、言ったつもりだ。
「ほら、今すぐ渡せ!」
人太には通じていない。
「何で」
「詳しいことは後だ」
「今、持ってないよ」
「持ってないだと!」
人太は声を荒らげる。今まで見たことないほど怖かった。
「怖いよ」
留樹緒は身体を震わせた。
「あれを一刻も早く手に入れないと大変なことになる。猶予はないんだよ」
「だから、今、持ってないって」
「じゃ、持ってこい!」
留樹緒の知っている人太なら、こんな強引ではない。何か変だ。
「家だよ」
「すぐに取りに行け!」
「行けるわけないだろう」
「どうして?」
「授業が終わってないし……」
「地球がどうなってもいいのか?」
留樹緒は人太の剣幕に負けた。教室を飛び出していた。
校門を出る頃にはチャイムが鳴ったのがわかった。
誰かに呼び止められた。先生だろう。教室に戻るわけにはいかない。知っている人太ならこうならないだろう。怒る前にすぐ泣きべそをかくくらいだから、明らかに別人だ。言う事に従わないと本当に地球が大変になりそうだ。
家に戻った。
鍵がかかっていた。母親はいない。買い物にでも行ったのだろう。
ラッキーだ。
カエルは部屋の机の上に保管した。留樹緒は一目散に虫かごをさがした。
目を疑った。
空っぽだった。
逃げたのか?
朝はちゃんといた。蓋は開かないように閉めてあったはずだ。
開いている。
記憶は曖昧であるが、昨日は閉めた気がした。いや、閉めた。今日の朝は触っていない。
辺りを見るがカエルはいなかった。
焦った。
頭が混乱した。
もしかして母親が気がついて、勝手に捨てたのか?
バタンと、玄関のドアの開閉する音だ。母親が帰宅したのだ。
留樹緒は部屋を飛び出した。
「どうしたの?」
母親は留樹緒がいるので驚いている。
「カエルは?」
留樹緒は虫かごを母親に突き出した。
「ああ」
何か知っている。
「どこにいるの?」
「うるさいから逃がした」
「何で!」
「ウーウーって鳴いて気持ち悪いから、かごに触ったら、蓋が開いて、勝手に逃げたよ」
「何てことを……」
留樹緒は身体の力が抜け、その場にしゃがみ込んだ。
「そんなことより、学校は?」
「……」
「黙ってちゃわからないでしょ」
留樹緒は気が重かった。母親の質問に答えずに家を出た。
教室に戻ると、左村先生が目をぱちくりとしている。イライラしているのが一目でわかる。
「どこに行ってたの?」
左村先生は穏やかに話した。
「家です……」
「さあ、早く席に座りなさい。詳しくは放課後ね」
留樹緒は即、怒られると思ったので、拍子抜けだった。ただし、説教を回避しただけで、放課後に厳しく絞られると思うと、めまいがした。
ほとんどの生徒は下校したので、教室にはいない。
「待った?」
いきなり教室に入って来た左村先生に留樹緒は不意を突かれたので驚いた。
「……」
「ちょっと気になったから、残ってもらったんだけど、石川くんとケンカした?」
「ケンカ……いや、何となく、話をしづらくって……」
「図星ね」
「人太が何か変で、違う人みたいで、あれはきっと宇宙人ですよ」
左村先生はプッと吹き出したが、笑うのを我慢した。
「そうね」
「それで、人太くんはなぜ行方不明だったんですか?」
「家に帰ってこないから、警察に連絡したけど、朝にひょっこり戻って来たらしいのね。石川くんに理由を聞いても何も答えないし、時間になったら学校に行ってしまって、まあ、無事だったから大丈夫だって事で、理由は急がず落ち着いてからでもいいかなってことよ」
「へえ……」
留樹緒は返事はしたが、やはり人太でない気がした。宇宙人などと、突飛な事は佐村先生は信じるはずもなかった。
留樹緒は説教だと思った事は外れ、校門を出る頃にはその事さえ忘れていた。
公園が騒がしかった。いつもより多くの小学生がいる。遊んでいるのでない。中心に何かあって吸い寄せられているのが一目瞭然だ。
留樹緒はランドセルを背負ったまま行って、中心まで人をかきわけた。ウシガエルが捕まえられていた。昨日とは違う男子だった。
「やった!」
と、ガッツポーズを構えながら、周囲にも小学生が寄って来ていた。
「それ違うよ」
留樹緒は言った。
「これだよ」
と、男子生徒はウシガエルを留樹緒の前に突き出した。
「ただのカエルだよ」
「そんなことはないよ。さっき光ったよ」
「どれ」
留樹緒は男子生徒からウシガエルを奪おうとするが、ギュッと握っていて放すわけがなかった。
「もう、触らないで!」
男子生徒は留樹緒の手を振り払った。
「光っていたのは気のせいだよ」
留樹緒は知っていた。光るカエルは常時光っているわけではない。何かのきっかけで光るのだ。
「そうかな……」
「昨日もこのカエル捕まえたけど、何も起こらなかったし、それにこのカエルが光ったとしてもどうするの?」
「光るまで待つ。そうか、その後か……」
男子生徒は頑なにウシガエルを手放そうとしなかった。
留樹緒は諦めて、一度、帰宅した。
すぐに公園に戻ると、公園内は静かだった。ウシガエルを持った男子生徒は、どこかに行ってしまった。
空がいつの間にか真っ暗になっていた。風も強くなって、いつ雨が降ってもおかしくない。
夕焼けチャイムが鳴った。
そこにウシガエルを持った男子生徒が現れた。他に小学生がいない。
「これ誰に渡せばいいの?」
留樹緒の目の前に来て聞いた。
「さっきも言ったけど、そのカエルは違うからな」
「そうなの」
男子生徒はその場にウシガエルを置いて、公園を出て行った。
留樹緒は男子生徒がいなくなるのを確認した。ウシガエルを握った。
光る兆候すらない。
「それを渡しなさい」
留樹緒には聞き覚えのある声だが、口調は違和感しかない。
人太だ。
「何を言ってんだよ。やだよ」
「仕方がない」
と、人太は言って、留樹緒がカエルを持っている右手首を強く握った。
「痛い……」
留樹緒はウシガエルを落とした。
人太は素早くカエルを奪い捕った。
「それだよ」
いつの間にか長身の男もいた。
人太は長身の男にカエルを捕られないように両手で覆った。
長身の男は人太の前に立ちはだかった。
「渡さない!」
人太は堂々としていた。
長身の男は右手で人太の首を絞めた。
人太はもがいている。完全に首が絞まらないように抵抗した。
「やめて!」
と、留樹緒が叫ぶが状況は変わらない。
長身の男は人太が暴れるので、首を絞めたまま軽々と持ち上げた。
人太の身体は宙に浮いた。それでもカエルは放さない。動きが止まった。窒息死寸前だ。
カエルが落ちた。
人太は両腕を下げ、完全に力が抜けた。微動だにせず生死さえ危ぶまれた。
「放せ!」
留樹緒は背後から長身の男の足首を蹴った。無反応で効果はわからなかった。
長身の男は振り返り、睨んだ。その顔は悪魔のように目がつり上がっていて怖かった。
留樹緒は恐怖でこれ以上前には進めなかった。
ウシガエルが動いた。
留樹緒に向かってである。
長身の男は人太を投げ捨てた。
ウシガエルは飛び跳ねて留樹緒の胸元に飛び込んだ。
「それを渡せ!」
長身の男は留樹緒を目がけて右手を伸ばした。これに掴まれたら危険だ。
「渡さない……」
留樹緒は恐怖で動けず、声だけしか出なかった。大きな手が包むのは時間の問題だった。万事休すか。目をつぶった。持っていたウシガエルの触感が急に固くなった。
「よけろ……」
留樹緒の耳には人太が叫んでいるような気がした。ゆっくりと目を開けた。
長身の男の手が目の前に迫っていた。しかし、固まったように静止している。
留樹緒はまぶしかった。ウシガエルが光っているのだ。それでも動けずにいた。
長身の男の手が近づいている。一メートル先にである。
もう駄目だ。
すっと留樹緒の目の前を手が通り過ぎた。
何事か?
長身の男が仰向けに倒れていた。人太が足を引っかけて転ばしたのだ。
留樹緒は命拾いをした。
「こっちだ!」
人太が呼んだ。
ブーンと、大きな音がした。公園と学校の間にあるマンホールの辺りからだ。
留樹緒はマンホールに近づくと、不思議な光景を目の当たりにした。マンホールの蓋が二メートルほど浮いているのだ。その際に発する音が響いたのだ。その穴からは光が漏れ出している。
次第に光は全体に広がり、留樹緒の見える景色は真っ白になった。
何も見えない。
遠くに影が浮いているのがわかった。留樹緒に寄って来る。足首をつかまれた。
「それを渡せ!」
長身の男の声だ。
留樹緒は両足をつかまれて、前にも進めない。
「マンホールの穴に落とせ!」
人太の声だ。
留樹緒はウシガエルを前に落としてしまった。すぐに長身の男の呪縛から逃れた。
ウシガエルは黄金から赤く点滅して目立ったので、人太が素早く奪った。
「こっちに寄こせ!」
長身の男だ。
人太の陰影が点滅したウシガエルで浮き彫りになった。長身の男に持ち上げられている。投げ落とされた。
それでも人太は点滅しているウシガエルを放さない。
「諦めてこっちに渡せ!」
長身の男は必死だ。それが通じたのか、ウシガエルは勝手に飛び跳ねた。
人太の手を離れ、うずくまっているので、長身の男がウシガエルを捕まえるのは時間の問題だった。
「うぁ!」
長身の男が倒れた。人太が力を振り絞って、足を掴み、転ばしたのだ。
ウシガエルはマンホールの穴から離れるように跳び跳ねている。
だが、長身の男は立ち上がり、人太を蹴り飛ばした。嫌な音が響いた。
留樹緒はただ傍観するしかなかった。
人太は絶体絶命。
その時だった。マンホールの穴から黒い影がニョキッと現れ、中央から一つの部分が光ると、光線が長身の男に向けて照射した。
「やめろ!」
長身の男の悲痛な叫びだ。
留樹緒の恐怖は頂点に達していた。目の前で起こっている事が異常としか言いようがない。固唾を飲むしかなかった。
光線を浴びた長身の男に異変が起こった。頭からゆっくりと消滅しているのだ。
「これを……」
長身の男は最期の力を振り絞って、何か言おうしている。しかし、すぐに消滅した。
留樹緒はウシガエルの行方をさぐった。マンホールの先にいた。一歩踏み出したところで、足下に違和感があった。小瓶が落ちていた。拾い上げると、透明の液体が入っていた。
これは何? と、疑問しかない。それより今はウシガエルだ。
急にマンホールの蓋が閉まり、眩しいくらい光っていたが元に戻った。
「えっ?」
留樹緒は目を疑った。ウシガエルは消え、中学生くらいの男が走り去って行くのが見えた。
「大丈夫か?」
留樹緒は倒れている人太を揺さぶった。
しばらく返答がなく、心配したが、むっくりと立ち上がった。
「おい、大丈夫かよ」
留樹緒を無視して人太は何事もなかったように去って行った。辺りを見回しても、異変があったようには見えないし、夢を見ていたのかと思いたくなるほどだ。
何も証拠がないが大変な事が起こっていた事は間違いないのだ。
ウシガエルは?
長身な男が消えたが、マンホールの穴にいるの黒い影は何だ。
わからない事だらけだ。それに小瓶は何だ。開けて中身を確認するのさえ怖く、公園の茂みに隠した




