第五章 五 追跡者
流都はりりかが追いかけてくると思った。思惑は外れた。とりあえず家に戻れてホッとした。
二階の自室の窓からは門や通り道まで見える。
流都はゆっくりと窓に近づき、外を見回した。
りりかは流都の自宅を知っているので、わざわざ走って追いかける必要もない。歩いているならもうししばらくすれば到着するはずだ。仮に別人なら来ない方がいい。それ以前にこの場所の記憶があるのか。色々な事が頭をめぐらせた。
じっくり窓の外を見るがりりかはいなかった。しかし、人影があった。
「誰だ?」
門の前でウロウロしている。りりかでない事は確実だ。
見覚えがない。どう見ても男子小学生だ。
流都は記憶を遡るが見当すらつかない。
気持ちが悪い。
こういう場合は警察に通報すれば応対してくれるだろう。しかし、うろついている男子小学生だと、先生か親に相談しなさいと即答されそうだ。
それならば自ら追っ払いに行こう。
中学生が小学生に力で負けるわけがない。見たところ身体も小さいからだ。
流都は階段を急いで下り、靴を履いた。武器でも持っていれば心強いが、玄関には何もない。あるのは父親の靴べらだ。長さも二十センチほどで、これでは怖がるどころか、笑われるのがオチだ。いや、笑ってくれるならいいが、意味がわからず、冷たい視線だけは避けたい。
そんな無駄な事を考えるのも、相手が小学生だからだ。
ドアを開けた。
誰もいなかった。
逃げたか。
流都はすぐに門を出て、左右を見た。右側の道路にいた。後ろ姿であるが、とぼとぼ歩いている。いかにも弱そうだ。
「おい!」
と、流都は強気で声をかけた。
男子小学生は身体をぶるっと震わせ、ゆっくりと振り返った。「あの……」
「何だ!」
流都は逃げると思ったので予想外だ。
「カエルを持っていませんか?」
「えっ?」
流都は耳を疑った。りりかは追ってこなかったが、仲間に尾行させていたのかと、疑いの眼差しで見た。
「持ってますよね?」
男子小学生は流都が怯んでいるので、強気に迫った。
流都はりりかの変貌ぶりを知っている。仲間なら小学生といえ、見くびると痛い目に遭いそうだ。「そうだね……」と、何とか誤魔化そうとした。
「どっちですか?」
男子小学生は食い下がった。
「それは持っていたけど、逃げられたよ」
流都は目が泳いでいた。
「嘘ですね。本当は?」
「えーと、車に轢かれて死んだよ」
「それも嘘ですね。だって不死身ですよ」
「えっ? 不死身って聞いてないよ」
流都は焦り、これ以上隠せないと思った。残る手段は逃走だ。
「本当は家に隠しているんでしょ?」
男子小学生の気迫に負けそうだ。
「後ろに長身の男が……」
流都は咄嗟に出た。このキーワードなら反応がありそうだからだ。
「嘘だね!」
と、男子小学生は言いながら、振り返った。
流都は作戦成功と、胸の前で止めたガッツポーズをし、一気に踵を返した。変更。家には戻らず、走る事にした。
「長身のおじさんは消えたよ」
走り出した流都の背後から男子小学生の声が聞こえた。足が止まった。
「どう言う事?」
と、流都は逃走を止め、男子小学生に近づいた。
「マンホールの穴から出た光でいなくなっちゃたよ」
「死んだの?」
「死体はないから、わからないよ」
「あの時、そうだったのか」
流都は思い出していた。あの日、マンホールの蓋が浮いたり、光ったりして、変な光景を目の当たりにしたのが錯覚ではなく、現実だったのだ。この小学生は信用出来るような気がした。ひとまずは安堵し、逃走しなくてもいいと、気が抜けて急に喉の渇きを感じた。
「カエルは?」
男子小学生は改めて訊いた。
「あるよ」
と、流都が言うと、男子小学生はにんまりとして「見せて」と言った。
流都は頷いて、家に入った。階段を上る前に台所に行き、冷蔵庫を開けた。清涼飲料水を取り出し、キャップを開け、流し込んだ。
そして、冷蔵庫には戻さず、手に持ったまま二階に上がった。




