第四章 七 別世界
そんなある日、エマは涼にメールした。返信を期待したわけでもなく、むしろ涼からメールが来るとは思っていなかった。遊び半分で、メールが来たら、江利安に自慢ででするつもりだった。
数日、返答はなかった。ここまでは予想通りだった。
しかし、朝、起きてスマホを見て、涼からメールが来ているのに気がついて、驚き、急いで開いた。発信時間は午前三時四十分だ。
『ごめん、忙しく、返事が遅れて。お詫びに食事でもどう? もちろん、二人きりじゃないから安心して』
エマは『わかりました』と、返信した。
その後、涼の行動は素早かった。エマは指示された通りにするだけだった。送迎車まで手配してくれた。辿り着いた場所は都内の高級マンションだった。
ドアを開けると、別世界に来たような不思議な感じだった。
人で賑わっていた。
確かに二人きりではない。
大きなリビングには大きなテーブルがあり、料理が並べてある。
どこを見ても、見た事もある顔がいる。
エマは戸惑った。この場所につり合わない気がして、気が引けた。ぼんやりと突っ立っていた。
「やあ、来てくれたんだね」
と、涼が話かけた。
「どうも……」
エマは軽く、会釈した。
「そんなに緊張しないで。リラックスしてよ」
と、涼は頬を緩ませた。
「……」
「まだ、高校生だよね?」
「はい……」
「お酒とかあるけど、飲まないでね」
「はい」
「それと、夜遅くまでいるのも、まずいから、早めに帰りの送迎車を用意するからね。安心して」
「ありがとうございます」
「それじゃ、ゆっくりして、適当に食べててね」
と、涼は言って、どこかに行ってしまった。
残されたエマは話す相手もいないので、とりあえず、小皿を取ったが、料理は取らず、下を向いたまま突っ立っていた。
何もしていないので、時間経過が長く感じた。
「退屈していない?」
涼である。
「大丈夫です」
エマは真横に涼がいるのに驚いた。
「そう。やっぱり、話す人がいないと、退屈だよね。でも、ここなら、マスコミもここには侵入するのは不可能だから、みんな気楽にいられるんだよ」
「そうなんですか……」
「本当はすぐにみんな話しかけるけど、エマちゃんが若すぎるから遠慮しているんだろう。そこまで気がつかなくてゴメンね」
「そんな事ないです……」
「あれ、もうこんな時間か。高校生だから、帰らないといけない時間だよ。送迎車を手配するからね」
「はい……」
「また、誘うけど、ここに来てくれる?」
「はい……」
エマは元気なさげに言った。
「来ないのか。残念だね」
「そんな事はないです。また、来たいです」
「そう。それじゃあ、時間に都合が合えば来てね」
と、涼は笑顔をエマに送った。
「はい、いえ、絶対に来ます」
「それじゃあね」
と、涼に送り出され、エマは帰宅した。
その後、何度も涼から誘いのメールは来た。仕事が重なって行けない事が多くなるが、それでも行ける時は五分だけでも顔は出すようにした。エマが未成年なので、長居はさせなかったのだ。
そんな事が長く続き、涼からメールが送信された。
『会いたい』
と、ひと言だけでいつも違っていたが、会える日を指定した。
もちろんいつものように送迎車が来た。マンションのドアを開けると、その日は誰もいなかった。
「今日は誰もいないの?」
と、エマは訊いた。
「いないよ。二人だけ」
涼は表情をかえる事なく、無表情だ。
「こんなの初めて」
「そうだよね。今日はゆっくり話そうと思ってね」
いつも広いテーブルにエマの横に涼も座った。
二人と言っても実際は料理を運ぶ人などがいるので、数人は室内にいる。
涼とエマはたわいのない話をしながら、食事だった。
「そろそろ、時間だね。シンデレラ」
と、涼はいつもと違う雰囲気を出している。
「やだ」
「駄目だよ。帰らないと」
「もう!」
と、エマは拒否をするが涼は断固として、帰らそうとする。
「また、呼ぶからね」
「呼ばなくていいから、もう少しいたいの」
「呼びたいから今日は帰ろうね」
と、涼は急に笑顔を作った。
「しょうがない」
と、エマは立ち上がり、一人で玄関に向かった。涼は後を追っても来ない。少し淋しい。靴を履き、ドアを開けた。
「ちょっと、待って」
涼は息を弾ませている。
「どうしたの?」
エマは首を傾げた。
「じゃあね」
と、涼は手を振った。
エマも手を振り、ドアを開けて出ようとした。
「忘れ物」
と、涼が言ったので、エマは振り返って見た。
「えっ?」
涼の顔が近づき、エマの唇に合わせた。数秒の時間が止まっていた。
「じゃあ……」
「はい……」
エマは頬を赤く染め、歩いていた。ドアが閉まる音を背後で響いていた。




