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マンホールの怪物  作者: 小石沢英一
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第四章 六 エマのテレビ初出演

 ティーンフュチャーの活動は忙しくなっていた。新曲がリリースされれば、テレビ出演も増える。


 エマはそわそわしていた。


 初めてのテレビ局でパフォーマンスを披露する事に失敗を恐れていた。収録なので、撮り直しは出来るが、下っ端の身分が足を引っ張るのは厳禁だ。 


 緊張する。


 一方の美々奈は平然としている。その自信はどこからくるのだろうか。エマはうらやましいとさえ思う。


 廊下で偶然に出くわした男性アイドルグループの一人、後砂涼ごさちょうと擦れ違った。メンバーたちは一斉にあいさつをした。もちろんエマもその中の一人である。


 少し遅れて「おはようございます」と、美々奈はニコニコと笑顔を振りまいている。


 涼も笑顔で返した。特に変わった光景でもない。


 スタジオに戻り、リハーサルをした。エマは失敗はなかった。


「本番もこの調子で行きましょう」


 と、サリーはメンバー全員に声をかけた。


 少し、緊張が解れた。本番までは時間がある。控え室はまだ和やかだ。時間潰しはそれぞれ個性的だ。


 音楽を聴いている。


 弁当を食べている。


 寝ている。


 本を読んでいる。


 スマホをいじっている。

 メンバーたちは人とは関わらないように過ごしていた。


 静かな空間だ。


 エマは控え室を出た。


 特に用があるわけではない。テレビ局を徘徊しているだけだった。廊下は迷路のようだ。一度、迷ったら戻ってこれそうもないくらい、複雑に見える。方向音痴だからなおさらだ。控え室に戻れないと、困るので、実際はそんなに遠くには行ってない。


「あれ、さっきの子?」


 と、廊下で涼がエマに声をかけた。


「そうです」


 エマは近くで涼を見た。整った顔に男性トップアイドルのオーラーのような輝きに、高校生の亜貴央と比べたら雲泥差だ。とても同じ人間とは思えないほど違っていた。


「ティーンフュチャーの新メンバーだよね?」


「はい」


 エマは驚いた。いつもテレビで観ていた存在が知っている事にだ。


「後砂涼です。名前は?」


「目時エマです」


 エマはときめき、涼に心が奪われそうだ。


「高校生?」


「はい……」


「俺はこう見えても大学生なんだよ」


「そうなんですか!」


 エマは知っていたが、反射的に答えてしまった。


「お互い忙しいけど、頑張ろうね」


「はい」


「こんな広い場所で偶然に会うのってすごくないか?」


「はい」


「今度、食事にでもどう?」


「でも……」


「事務所から言われているんだろう」


「はい」


「大丈夫だよ。二人きりじゃなくて、大勢とだから、マスコミ対策もバッチリだしね」


「はあ」


「疑っているね?」


「はい」


「正直だな」


「すいません」


「いいんだよ。それじゃあ、これを」


 と、涼は一枚の名刺を出した。


「これは?」


「俺の連絡先だよ。気が向いたらでいいからね」


「はい……」


 エマは名刺をまじまじと見ている間に涼は消えた。


 この後、収録が始まった。


 歌を収録する前にティーンフュチャーの紹介だ。


「新メンバーが入ったんだって?」


 司会の男性タレントの吉田喜久夫よしだきくおが訊いた。この業界に長く居座っている司会の重鎮だ。


「はい、この二人です」


 リーダーのサリーが二人に振った。


「ほう、若いね」


 と、司会者の吉田はニタニタと笑いながら、眺めている。


「与瀬美々奈です」


 と、ニコニコと先に声を出した。


「いくつ?」


「十五歳の高校一年生です」


「ひゃあ、おじさんの半分以下のイカだ!」


 美々奈は笑い出した。


 エマはなぜ笑っているのかわからずに、きょとんとした顔つきだ。


「おかしいか?」


 司会者の吉田が美々奈に訊いた。


「イカだなんて、面白いですよ」


「イカにも面白いだろう?」


「そうですね」


 美々奈は笑いながら答えた。


 エマは駄洒落だと気がついて、笑うより、冷ややかな目つきだ。


「おっ、そこのクールビューティー」


 と、司会者の吉田がエマに振っているのだが、気がつかず、突っ立っている。


「エマ」


 サリーが小声で囁くが、気がつかない。「エマ!」仕方なく、大声で言ってしまった。


「えっ?」


 エマはサリーに笑顔がなく、じっと見ているので、気がついたが、どう対応していいのかわからず、ただおどおどしたているだけだった。


「すいません。初めてなので、緊張しているようです」


 と、サリーが司会者の吉田に言った。


「そうなのか。テレビは初めて?」


「はい……」


「初々しいね」


「……」

「相当、緊張しとるな」


「……」


「自己紹介出来るか?」


「目時エマです」


「大変よく、できますだ。あっ、俺が噛んじゃったよ」


「……」


「司会のますだです」


「……」


「本当に緊張しているんだな。ボケたのに笑わないって、ハハハハッ……」


「……」


 ティーンフュチャーのメンバーは笑っているが、エマは笑わなかった。


「えーと、エマちゃん、年齢は?」


「……」


「おーい。起きているか?」


「あっ、十六歳です」


「高校生か?」


「はい……」


「やっと、受け答えが出来るようになったな」


「……」


「美々奈ちゃんとタメだね」


「……」


「そうです。同じ高校一年生なので、ものすごく仲良しです」


 と、美々奈が急に会話に入った。


「この子、大丈夫か?」


「いつもこんな感じで、私も心配しているんです。だから、頑張れっていつも励ましてます」


「ハゲますの? 誰が?」


 司会者の吉田はまたボケた。


「ハゲ? 誰でしょう」


 美々奈は笑って誤魔化した。


 エマは美々奈とほとんど会話などした事がないのに、テレビカメラの前だと嘘をばかりを語って腹が立ったが、否定する機会さえなく、自分自身の不甲斐なさにへこんだ。


 その後、歌収録が行われた。


 エマは間違いなく、フォーメーションをこなし、ミスもなかった。


 後日、放送を確認して、エマは愕然とした。


 美々奈の出演部分が圧倒的に多いのだ。エマは名前と年齢の部分だけで、後はカットされていた。


 もちろん、チーフマネージャーからも、もっと喋らないと、芸能人として生き残れないと注意された。


 エマは忙しくなる一方で、次第に修太の存在さえ忘れていたし、連絡もなかった。

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