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マンホールの怪物  作者: 小石沢英一
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第四章 二 熾烈な争い

 エマは高校入学後、忙しい日々を過ごしていた。ティーンフュチャーに昇格するために歌やダンスのレッスンが続いた。学校のクラブ活動には参加すら出来ないし、いつも家に帰るのは夜だった。


 修太からメールは来ていたが、返信は遅れるし、文章は短いので、次第に送信されなくなった。


 ティーンフュチャーは二十歳になる前に卒業だ。年齢制限がある。高校生チームは十七歳までには昇級しないと、自主的に辞める。活躍時期が短いからだ。毎日、焦っているのに、美々奈は人を使って辛く当たってくる。


 精神的にきつかった。


 現在のティーンフュチャーのメンバーは五人だ。センターの久野田安耶くのだあやは十七歳、誰にもそのポジションを奪う者はいない。他の四人はコーラスとダンスのみだ。リーダーの嶋田涼花しまだりょうかはもうすぐ卒業だ。一人昇格するのは確実で、高校生チームからの人材の可能性が高い。


 練習が終わった後は美々奈の周囲に人がいつもいる。


「安耶が卒業したら、誰が昇級するのかな?」


 美々奈は大きな声で喋っているので、この場にいる人には聞こえてしまう。


 エマは一人で帰り支度をしながらである。


「それは美々奈が一番候補じゃない」


 と、周囲の高校生チームの一人が言った。


「そうよ。私の他にいるわけないよね」


 美々奈はかなり自信があるようだ。


「ルックス、歌唱、ダンスどれも一番優れているから決まりよね」


 美々奈の高笑いが響いた。


 エマは会話には入らず、帰ろうとした。数歩でドアがあり、開けて、出るだけだった。


「ねえ、あの子は見込みないよね」


 と、エマに聞こえるように言っている。それでも無視し、帰宅を急いだ。


 翌日からさらにエマにとっては厳しくなった。一段とみんなの目の色が変わった。特にダンスレッスン中は大変だった。


 ダンス中にエマの足をみんなが狙って蹴ってくるのだ。


「痛い……」


 と、エマが声を上げた。


「もう、弱音を吐くの? それなら休みなさい」


 と、ダンスの先生は総攻撃を受けているのに、さらい追い打ちをかける言葉だ。


 エマも意地でダンスレッスンを続けると、再び攻撃を受ける。痛さに堪え、声も出さずにいると、露骨に今度は足を引っ張り、転倒した。


「何を転んでいる? 立ちなさい。嫌なら帰って」


 と、ダンスの先生からは節穴ふしあななのかと疑いたくなるほどだ。


 エマは悔しくて、泣きたいのを抑えた。


「何でもないです」


 と、さっと立ち上がり、ダンスを続けた。足には青アザだらけになった。


 美々奈は少し離れた場所から涼しい顔であるが、軽蔑の眼差しだ。裏で指示を出している張本人だ。


 エマは美々奈に勝るものはない。ルックス、歌唱、ダンスどれも太刀打ちできないからだ。だけれど、アイドルになりたい気持ちだけは負けるわけにはいかない。それだけしかない。


 そんな厳しい日々が続いた。精神的に限界ギリギリだった。


 そんな梅雨時の六月十二日にエマは十六歳になった。アイドル生活は数ヶ月だが、年齢が一つ上がるだけで、焦りは募る。その日はいつもより早めにダンスレッスン場に着いた。誰もいなかった。更衣室で着替えていると、嶋田涼花が入って来た。


「おはようございます」


 と、エマは緊張気味に声が震えている。


「おはよう。早いのね」


「今日だけです」


「レッスンを頑張るのもいいけど、プライベートも大切にしてね」


「はい」


「その感じだと、ティーンフュチャーに昇格したくて頑張りすぎている感じがする」


「そんな事ないです」


「そう? 恋とかしている?」


「してないです。ルールですから」


「ルールね。だけど、輝かしい十代に恋愛をしないともったいないよ」


「でも……」


「トップチームの子たちもみんな恋愛しているよ」


「全員ですか?」


「全員ではないけど。そこはバレないようにこっそりとね」


「そうなんですか!」


 エマは急に大きな声になった。


「気をつけるのは芸能人ね。バレるとマスコミに写真を撮られて、アイドル生命が終了になるよ。一部のファンが黙っていないからね、大変よ」


「涼花さんはどうでした?」


「私? 私はうまくやったよ。それも芸能人とね」


「すごい。誰ですか?」


「それは秘密」


「聞きたいな」


「それなら、自分でうまくやってね。念を押しておくけど、写真を撮られたら、ファンは金返せとか、わけのわからない事を吹っかけてくるから、怖いよ」


「そうですね」


「あいつらは私たちの事を疑似彼女だとちゃんとわかっていればいいけど、中にはリアル彼女として見ているからやっかいなの。それもいい年して、十代の私たちがおっさんにぞっこんになるわけがない。その前に鏡の前に立って、自分を見なさい。不潔の固まりじゃない。身体もだらしないし、不釣り合いなのがわからないのって言いたいけど、お金をむしり取っている間だけ、夢を見させてあげているの」


「そんな風に思ってアイドルをやっていたんですか?」


「そうよ。最初は純粋にアイドル像があったけど、トップに上がったら、おっさんをいかに虜にさせるかが勝負よ。だから、プライベートでは恋人をちゃんと作ってね」


「はい……」


 エマは嶋田涼花の言っている事に素直に納得は出来なかった。自分で考えていたアイドル像が少し、違っていたからだ。しかし、早めに苦悩を聞けたのはこれからの対策が出来たのでよかったと言えよう。


 それを聞いて、ダンスレッスンも俄然やる気が増した。


 しかし、いつものように、ダンスレッスン中に邪魔をされるのはいい加減嫌になる。


 気が滅入った帰宅中の事だった。


 最寄りの駅をいつもの人混みに紛れて、改札を出た。


「よお!」


 と、声をかけきた。修太だ。


「どうしたの?」


 エマは目をキョロキョロと動かした。


「お前の家に行って、帰って来る時間を聞いたよ。何を焦っているんだよ」


「だって……」


 エマは辛いレッスンで、不意に現れた修太に動揺が隠せなかった。目には涙が溜まっていた。


「泣きなよ。はい」


 と、修太はハンカチを差し出した。


「ありがとう」


 エマはハンカチを受け取り、涙を拭った。


「お前が泣くなんて、相当辛いのか?」


「うん……」


 エマはゆっくりと頷いた。


「そうか、心配していたんだぜ。メールも遅いし、返信の内容もちんぷんかんぷんだし……」


「ゴメン……」


「別に謝ってほしくって言ったんじゃないよ。それで、表舞台に立てそうなのか?」


「すごいライバルがいて、こいつが凄く性格が悪くて、嫌になるよ」


「そんなやつがトップアイドルか。がっかりだな」


「アイドルとしても素質は全て持っているのに、私に攻撃がひどいの」


「そいつはエマに才能があると思って嫉妬しているんだよ」


「そうかな?」


「そうだよ」


「全然、思えないし、ダンスの先生も見て見ぬ振りだし、最低よ」


「でも、何とか堪えて、頑張ったんだろう」


「うん」


「それだけ堪えられれば、きっとアイドルとして成功するよ」


「成功するかな……」


「自信がないのか。それなら、今すぐ辞めろよ。そして俺と付き合えよ!」


 修太の衝撃なひと言だった。


 エマは頭から雷を受け、電気ショック状態で、身体がビリビリと痺れていた。


 しばらく茫然自失。


 目の前で修太が口を動かしているのはわかるが、耳には入らない。


「しょうがねえなぁ」


 と、修太はエマの腕を引っ張って、家まで送ってくれた。


「じゃあな」


 修太の声が耳に残り、エマは家にいる事に気がついた。



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