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マンホールの怪物  作者: 小石沢英一
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第四章 一 アイドルオーディション

 朝からシトシトと雨が降っている日だった。


 目時めどきエマの午前中は中学校の卒業式だった。次の進路に向けて、別々に道を歩むので別れが辛かった。涙なしには終われなかった。


 朝、エマが登校して、席に座ると、神妙な顔つきの男子が近寄って来た。卒業式なので、もう、お別れモードかと、思った。


「エマに話があるんだけど……」


 と、幼なじみの本野修太ほんのしゅうたが含みのある言い方だ。


「なあに?」


 と、エマは甘い口調で返した。


「どこか静かな場所で話がしたんだ」


「いつ?」


「今から」


「これから卒業式よ」


「そうだね。それじゃ、卒業式が終わった後で」


「今日は用事があるの。知ってるでしょう。午後にオーディションがあるから別に日にしてくれない」


「そうだね。アイドルのだろう」


「頑張ってくる。落ちたら励ましてね。その時に聞くから」


「わかった。合格するといいね」


 そう言って、別れた。


 修太とは小学校から一緒だし、お互いの家は歩いて行ける距離だ。卒業後も会えると思ったし、オーディションの事で頭が一杯だったから素っ気ない態度だったのかもしれない。


 卒業式はみんな涙が止まらなかった。


 エマはもう会う事ないクラスメイトたちの顔を見ていると、また悲しくなった。「また会おうね」と、言っても今日が最後かもしれないのだ。


 時間は午後三時に近かった。雨は止んだが、曇り空でどんよりとしている。


 夕方にある謝恩会にエマは欠席が決定していた。


 オーディション会場に着くと、名前の確認し、『24』の番号に割り当てられた。控え室は少女たちで満杯だ。小学生は付き添いの親もいるが、エマは一人で来ていたので、パイプ椅子に座って名前を呼ばれるのを待っていた。


 緊張すればするほど、周囲の少女たちに勝てない気がしてきていた。


 だから、場の雰囲気に呑まれそうだった。


「二十四番、目時エマさん」


 と、係の女性に呼ばれた時がさらに緊張が高まった。


 これでは、歌えない。


 落選の文字が浮かぶ。


 駄目だ。


「こちらからどうぞ」


 と、係の女性に案内され、室内に入るドアが鉄扉のごとく立ちはだかっていた。


 アイドルへの道が最初から高い壁のようだ。


 エマはこのドアを開けて、中に入れないと、永遠に先に進めない。未来もない。ドアを叩き、開けた。


 さらに室内は重い空気が漂っている。


 帰りたい。


 殺風景な広い空間に三人のおじさんががっしりと座り、威圧に負けそうだ。


 エマはおじさんの前に立ち、視線を一気に集め、緊張はピークに達していた。


「目時エマ、十五歳、中学三年生です」


 エマが名前と年齢を言い終えると、おじさんたちは舐め回すように上から下を見ている。


 気持ちが悪い。


 しかし、堪えないとアイドルにはなれない。


「中三? 四月から高校生か?」


「はい」


「アイドルは大変だよ。大丈夫?」


「大丈夫です」


「今、彼氏いるの?」


「いないです」


「ウチのグループは恋愛禁止だから、そのルールは守れる?」」


「大丈夫です」


「ルール破りは即、解雇だからね。その辺は承知しているの?」


「大丈夫です」


「在籍期間はティーンフュチャーのメンバーで二十歳だよ。強制的に卒業だからね」


「大丈夫です」


「それじゃあ、歌ってもらおうかな」


「はい」


 カラオケが流れ、エマはすっと緊張が解け、歌に集中した。うまく歌い切った。歌唱力に自信はないが、もてる力の限りを出し切った。


「はい、ありがとう」


 と、おじさんが言って、面接が終わった。


 エマは急に視野が広くなり、三人のおじさんが誰だかわかった。向かって右から、ティーンフュチャーの運営会社社長、プロデューサー、ほとんど話していたのがチーフマネージャーだ。


「ありがとうございました」


 エマは一礼して、退出した。


 合格の自信はないが、ベストを尽くし、清々しかった。


 控え室に戻ると、オーディションを終えた少女たちは緊張から解き放たれて、笑顔になっている。一方、オーディション前の少女たちは顔が引きつっているので、一目でわかるほどだ。


 次第にオーディションを終えた少女が増え、安堵感から、にぎやかになっていた。


 その雰囲気が一変したのは係の女性が入ってからだ。


「それでは、合格者を発表しますので、面接会場に移動して下さい」


 少女たちはゾロゾロと向かった。


 広いと思った面接会場も少女が詰め寄せると、たちまち手狭になった。


 チーフマネージャーが一歩前に出た。


「本日は忙しい中、オーディションに集まりありがとうございます。合格者の発表の前にお知らせがあります。トップチームのティーンフュチャーに加入出来るのは、今までは中学生からですが、もし、有能な才能の持ち主なら小学生でも昇格出来るので、頑張って下さい」


 小学生から響めいた。


 エマには関係ない事だ。それより合否が気になる。


 チーフマネージャーは小学生チームの合格者を番号と名前を呼んだ。合格者は「はい」と返事をするだけで、歓喜の声ではない。


「三十三番、村三戸羽むらさんとわ、十歳、小学五年生」


「やった!」


 と、戸羽は喜びを表現した。


 次々と名前が呼ばれ、小学生チームは新加入は五名だった。


 そして、いよいよ、中学生チームの発表だ。小学生の時と同様に合格者は呼ばれても返事だけだった。七名合格した。


 エマの番だ。高校生チームの発表を前に鼓動が激しくなり、気分が悪くなる。


 次々と名前を呼ばれ、焦る。


「二十八番……」


 番号は順番通りではないが、飛ばされると落選した気がする。すでに八名の合格者がいる。


 いつ終わってもおかしくない人数だ。


「それでは合格者は……」


 エマは祈りつつも、落選の文字も同時に浮かんでいる。


「二十四番、目時エマ、十五歳、中学三年生」


「えっ、嘘、やった!」


 と、エマはその場で飛び上がり、合格者の中で一番喜びを表現した。一部の不合格者から冷たい視線を浴び、我に返った。


 面接会場には合格者が残り、フレンドリーな人、ライバル意識の高い人などそれぞれだった。


 エマは合格の余韻を味わいっていたので、どちらにも属していなかった。


「私は高校生チームに所属の与瀬美々よせみみな、中三なので、エマさんとタメね。よろしく」


「そうなの、目時エマよ、よろしく……」


エマはあいさつをしたが、すでに美々奈はライバル心を燃やしている。表情は笑顔だが、いつでも蹴落としてやると、目は鋭くて怖い。


 それでも、合格した喜びで美々奈の存在を見くびっていた。


 家に着き、エマは敢えて、落ち込んだように下を向き、元気がないように演出した。


「あれ、やっぱり駄目だったの?」


 開口一番、母親は心配そうな顔だ。


「合格したよ!」


 と、エマが笑顔で母親に報告した。


「嘘! 落ちたんじゃないの?」


 母親はエマの雰囲気にだまされ、混乱している。


「合格よ。合格!」


「本当なの? 本当ね。よかったじゃない」


 母親もようやく、信じた。


「頑張った甲斐があったよ」


「歌はどうだった?」


「うまくいったみたい」


「あれだけカラオケで練習したから、合格して本当によかったね。おめでとう」


「うん」


 エマは母親に話して、急に修太の事を思い出した。


 嬉しさを直接言葉に出して言いたくて、電話した。


 二コールで出た。


『エマか』


「そうだよ」


『謝恩会にいないから淋しかった……』


 エマは修太の話を遮った。


「聞いてよ、オーディションどうなったと思う?」


『さあ』


「さあ、じゃないでしょう。合格したとか、しないとか……」


『落ちたのか?』


「何で?」


『妙に、テンションが高いからさ』


「もう!」


『当たりか。それなら、慰めてやろう』


「違います。合格しました」


『えっ? 嘘だろう』


 修太の声が急に元気がなくなっていた。


「本当です」


『そうか……よかったな』


「どうしたの? 急に元気なくなって」


『そうか。驚いただけだけよ』


「だよね。まさか、合格するとか思っていなかったから、嬉しくて、それで、修太が静かな場所で話がしたいって言うから、電話したんだけど……」


『そんな事を言ったっけ?』


「言ったよ」


『何だっけ?』


「忘れるな!」


『そうそう、もういいよ』


「何を言うつもりだったの?」


『だから、もういいって』


「そんな事、言われたら気になるじゃないの。ねえ、何?」


『えーと……』


「早く」


『高校の制服って、着た?』


「着たけど……」


『今度、写真に撮らしてくれない?』


「はぁ? 静かな場所で話って、そう言う事なの?」


『そうだよ。冷静に考えたら恥ずかしくなったから、言えなくなったよ……』


 エマは大笑いした。


「もっと重大な事かと思った」


『重大な事?』


「例えばだよ。例えだからね。告白とかかなって急に想像しちゃったよ」


『それはないな』


「だよね」


『こらから、アイドルか……』


「何よ、しみじみする言い方ね」


『だって、有名になったら会ってもらえなくなるだろう?』


「そんな事ないよ」


『そんな事あるよ』


「ないよ!」


『まあ、いいや。アイドルとして頑張ってね』


「ありがとう」


 電話は切れた。


 エマはなぜかすっきりしなかった。修太が言いたかったのは写真を撮りたい事ではない。もっと別な事だ。例えば告白したかったのではと、勘繰った。否定されたが本心ではない気がする。


 オーディションに落選していたら、どうなっていたのだろうか。

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