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マンホールの怪物  作者: 小石沢英一
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第三章 三 三年女子生徒

 りりかに心境の変化があった。


 甲生に限定の彼女と言われた時は侮辱しているのかと、思った。それに砂奈の手前、遠慮していたし、後押しされても、最低の先輩だと思った。


 しかし、昨日、帰りの態度はそれまでと違い無言で、手にも触れず、別れ際の告白に気持ちが全て持っていかれた。


「いい事あったんでしょう」


 待ち合わせ場所で合流すると、砂奈は断定した。


「そんな事ないよ」


 りりかは否定したが、顔がほころびる。


「いつもと顔は違うよ」


「そうなの?」


「見ていられないくらい寝癖はあるし……」


「うそ、朝、ちゃんと整えてきたのに、どうしよう……」


「うそです」


「もう!」


 りりかと砂奈の間は和やかだった。


 二階に上がり、廊下を歩いて教室が近づいて、一変した。


 教室の窓際で腕を組んでいる女子生徒がいる。見覚えがないが三年生だ。


 りりかたちは教室に入ろうとした。


「あなた、則本りりか?」


 と、三年の女子生徒が訊いた。砂奈は教室に入って行き、りりかは立ち止まった。


「はい」


 と、りりかはなぜ名前を知っているのか疑問だった。


「あのさ、甲生にはもう近づかないで! わかった!」


 三年の女子生徒は言葉が荒っぽく、殺気さえ感じた。


「えっ?」


「えっ、じゃない。はいだろう!」


「は、はい……」


 りりかが返答すると、納得したのか三年の女子生徒はこの場を離れた。


 なかなか教室に入って来ないりりかを心配して、砂奈は廊下に出て来た。


「どうしたの?」


 砂奈は心配そうに顔で見ている。


「何でもない」


 と、りりかは平然を装った。


「今の誰?」


 砂奈も知らないらしい。


「知らないよ」


「顔が青いけど、大丈夫?」


「平気よ」


「そう。それならいいけど。何かあったら言ってね」


「うん」


 りりかは甲生の名前が出たので、嫌な予感しかなかった。


 昼休みになり、りりかは迷っていた。


 甲生に会いに行くかである。


 気持ちは会いに行きたかったが、朝に訪ねて来た三年の女子生徒に屈伏した。ここは身を引いた方が安全なのではないか。


「りりか、りりか」


 砂奈が何度も呼びかけた。


「砂奈か」


「どうしたの? ボーッとしちゃって。先輩の事でも考えていたんでしょう」


「違う」


「やっぱりね。会いに行かないの?」


「今日は……」


「何、その元気ない返事は。さあ、行きましょう」


「いいよ」


「じゃあ、会わなくていいから、一緒に三階に行こう」


「でも、……」


 砂奈はりりかを強引に教室から連れ出した。


 階段を上って、踊り場に辿り着くと、この時点でアウェーに感じる。二階と造りが同じなのに雰囲気が違うのはなぜだろう。


「ほら、止まってないで」


 砂奈は急かした。


「うん」


 廊下にはまばらに生徒がいる。


 三年三組の教室の前に来た。


 りりかは鼓動の高鳴り、息苦しくなった。


 固まったりりかを教室の前に置き去りにして、砂奈は教室のドアを開けた。


「四谷先輩、いますか?」


 と、砂奈の声は廊下まで響いた。


 それを聞いたりりかは恥ずかしさから、どこかに隠れたくなった。


 しばらく、間があって、ドアは開いた。


「いないって」


 と、砂奈は残念そうに肩を落としている。まるで自分の事のようにである。


「そう……」


 りりかはなぜかホッとし、微笑んだ。


「喜んでいるの?」


 砂奈の鋭い突っ込みだ。


「そんな事は……」


「それにしても先輩どこに行ったのかな? 知っている? 知らないよね」


「うん」


「もう! 会えなくて喜んでいるみたい」


 りりかは砂奈に三年の女子生徒の存在を話そびれてしまった。感だけで、確証はないからだ。


 今日も授業が終わり、りりかと甲生は会わなかった。


 砂奈は部活があるので、一人で帰る事にした。本来なら、甲生とどこかで待ち合わせをして一緒に帰るパターンなのだが、メール交換もしていない状態で、事前に連絡が出来ない。


 りりかは三階の教室の前で待っている選択肢もあったが、三年の女子生徒の存在が躊躇させた。


 甲生との関係はどうなのか。今のところはわからない。


 りりかは窓の外を見た。下校している生徒はいない。三年生もまだ教室にいるのだろう。


 一階の下駄箱に行くと、帰宅する生徒で賑わっていた。


 りりかは校門の前で待つ事にした。甲生はまだ校内にいるからだ。生徒の流れが切れるまで待つ覚悟だった。


 楽しそうに帰る生徒たち。


 りりかは不安しかなかった。いつ甲生が来るのだろうかと待ちわびていた。


 生徒の群れが校門に向かっていた。誰がいるのかわからない。


 その群れの中に甲生がいるのを確認した。心臓がドキドキして、見ていられなくなったので下を向いた。


きっと近くに甲生が来れば、声をかけてくれるだろうと、見ないでいた。


 りりかは顔を上げた。二メートル先にいた。


 三年の女子生徒だ。向こうも気がつき、睨んでいる。


「えっ?」


 りりかは頭が真っ白になりそうだ。三年の女子生徒の横には甲生がいる。それも手をつないでいた。


 一瞬、甲生と目が合ったが、向こうがすぐに視線を反らした。


 どう見ても二人はカップルにしか見えない。


 どう言う事?


 訊く暇もなく、二人の後ろ姿を見せつけられて、失恋した気分だ。


 茫然とした。


「おい!」


 いつのまにか目の前に甲生がいた。


「……」


「三日限定って言ったけど、今日で終わりな」


 と、甲生は足早に去った。


 わざわざ言いにこなくてもいいのに、二人の姿を見て察した。嫌がらせにもほどがある、最低な男だ。怒りが込み上げてきた。一瞬でも好意を抱いた事だ。


 バカヤローと叫びたい心境だ。


 りりかは一人でトボトボと歩いた。


 家に帰る気も失せていた。何となく帰り道でない方向を歩いていた。


 こんな時に走ってりりかを追い抜く人がいた。横顔をチラッと見ただけだったが、見覚えがあった。


「流都?」


 りりかの頭にある名前を呼んだ。


 流都は立ち止まり、振り返り、じっと見つめた。


「……」


「忘れたの?」


 りりかは確信した。


 流都は急に思い出したようだ。硬かった表情も薄れていった。


 りりかは流都に懐かしさと仄かな恋心を想い出した。


 会話がお互い出てこない。このままでは何の進展がないまま終わってしまう。焦る。


 そして、頭の中に浮かんだ。


「じゃあ、私と一緒に、小学校に行かない?」


 と、りりかは誘ったが流都から返答はない。だから強引に引っ張った。流都も渋々と後を追ってくる。


 成功だ。


 校門から、校舎までは五メートルしかなく、入ればすぐ下駄箱がある。


 りりかにとっては想い出の場所だ。六年生の頃だ。同じクラスの男子生徒にからかわれていた。その日はいつもよりしつこかったので、嫌な顔をして文句を言う寸前だった。そこに流都が現れ、代わりに文句を言って、殴り合いのケンカになった。キュンとした。恋心が芽生えた。しかし、何も言えず、卒業してしまった。


 よりによってこの最悪の精神状態で出会うとは運命の赤い糸さえ感じてしまう。


 今日は佐村先生はいた。


 りりかは乗り気でない流都に話かけるタイミングを逃し、終始佐村先生と話した。


 流都は話さないが、りりかをつねったりして、アピールをした。


「本当は仲がいいんだよね?」


 それを佐村先生はいち早く察した。


 それを聞いて流都は口を尖らした。


 りりかは何とか流都と繋がりを維持したかった。「そうだ。クラス会をやりましょう」


 佐村先生も賛同した。


「うん」


 と、流都は言ったが表情からして、参加拒否の可能性が高い。


「ほら、やっぱり、二人は仲がいいね」


 と、佐村先生はフォロしてくれた。


 りりかと佐村先生は昔話で盛り上がっていたが、流都は蚊帳の外だった。


 佐村先生はこの場の雰囲気を察して、用事があるからと言って別れた。


 相変わらず、流都は黙ったまま、りりかの後ろにいた。このままではせっかくのチャンスを逃してしまう。


 校門を出て、りりかは「メール交換しよう」


と、言って流都は応じた。


 交換に成功し、りりかは会話するのは不可と判断し、足早にこの場を去った。いつの間にか甲生の事は忘れて、心が前向きになっていた。晴れやかだ。

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