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マンホールの怪物  作者: 小石沢英一
13/58

第三章 二 三日間限定

 すっきり目覚めた。


 りりかは起きて、すぐに鏡の前に急いだ。昨日の事を思い出したのだ。顔に異変があるのではと、確認した。


 異変はない。


 一安心だ。


 昨日のマンホールの蓋は何だったのだろうか。宙に浮く納得いく説明など出来ない。超常現象だと、片づけるしかない。それとも目の錯覚?


 無理がある。忘れよう。


 毎朝、砂奈と待ち合わして、登校している。


 いつもより家を早く出たので、落ち合う場所で突っ立っていた。


 りりかは砂奈を見つけた。あいさつもせずに「私の顔、変じゃない?」


 砂奈も一瞬、キョトンとしてから、目を上下左右に動かした。


「別に普通だよ」


「そう、よかった」


 りりかは微笑んだ。


「どうしたのよ。朝から」


「別に」


「別にって、あっ、もしかして……」


 砂奈はりりかの顔をまじまじと見た。


「何よ?」


「もしかして」


「違うよ」


 りりかは全力でかぶりを振る。


「何だ、残念。りりかに好きな男子が出来たかと思って、期待しちゃったのに」


「期待した?」


「そうよ」


「いたら、砂奈に即行言うし」


「本当?」


「いたらね」


「持ってまーす」


「砂奈もいたら教えてね」


「もちろん、だけど……」


 砂奈は急にうつむいた。


「何よ?」


「私が好きになっても、男子が嫌がらないかな?」


 砂奈に笑顔はなく、深刻だ。


「砂奈、好きな人でもいるの?」


「……」


 砂奈はゆっくりうなずいた。


「誰?」


「……」


「まあ、いいよ。急がないと、学校に遅刻しちゃうから」


 りりかは砂奈の腕を引っ張って、走り出した。


 遅刻は免れた。ただし、走ったので、汗がびっしょりである。


 教室に入ると「汗がすげぇな」


 と、男子生徒が嫌悪感を込めて言った。


「失礼ね」


 と、りりかは即座に睨んだ。


「怖っ!」


 と、男子生徒は悪態をつくが、すぐにりりかから視線をそらした。


 りりかは砂奈の好きな人が気になっていた。大体、目星はついているが、本人の口から直接聞きたいのだ。


 聞くチャンスを見計らっていたら、昼休みになっていた。


 砂奈はりりかに訊ねられる事を承知していた。だから、今日に限って、近くに来ないのだ。


「砂奈!」


 と、りりかが呼びかけて、ニコニコとするが席に座ったまま動こうとはしないので、ずかずかと砂奈の席の横に行った。


「なあに?」


 砂奈は喋りたくないのだろうか。


「砂奈、教えてよ」 


「何を?」


「決まっているでしょう」


「決まってないよ」


「もう、とぼけちゃって、好きな人よ!」


「……」


 砂奈は一瞬、黙った。息を大きく吸った。


「当ててあげる。四谷先輩でしょ?」


 りりかは自信たっぷりに砂奈の顔をまじまじと見た。


「やだ!」


 と、砂奈は頬を染めた。


「やっぱり」


「違うよ。昨日も言ったでしょう」


「そんな事、言った?」


「もう……」


 と、砂奈はまんざら嫌でもないようだ。


「四谷先輩の昨日の行動、すごく不自然だよ。あいさつって、あり得ないでしょう。今日も来たらどうする?」


「そんなのあるわけないでしょう」


 その時だった。教室のドアが開いた。


「首藤!」


 と、声が聞こえた。


 砂奈はもちろんりりかも声の主に注目した。


 そこに立っていたのは甲生だった。


「ほら!」


 と、りりかは砂奈の肩を叩いた。


「……」


 砂奈はもちろん、固まって動ける状態ではない。それに加えて顔がみるみる真っ赤に変化したのだ。相当、緊張している。


「砂奈」


「……」


「砂奈」


「……」


「佐奈」


「……」


「四谷先輩が待っているよ」


 と、りりかは緊張がピークに達している砂奈を揺さぶった。


「はい……」


 と、砂奈もようやくゆっくりと立ち上がった。そのために椅子の引きずる音が響いた。


「屁をするなよ」


 と、無神経な男子生徒が言った。


「椅子の音よ。そんなのわからないの、バカじゃない!」


 りりかは早口でまくし立てた。


「すいません……」


 男子生徒は冗談のつもりだったが、りりかの剣幕に平謝りするしかなかった。


「さあ、早く」 


 りりかは砂奈に寄り添いながら、ドアの前までついて行った。ドアを開けて、背中を押した。


「いや……」


 と、砂奈は小さな声で、出て行った。


 りりかが教室内を見渡した。


「何してんの?」


 男子生徒はまだ、頭を下げたままだった。


「すいません……」


「もういいよ」


 と、りりかが言って、ようやく男子生徒は顔を上げた。


「りりか……」


 砂奈の声である。


 りりかは振り返った。浮かない顔の砂奈がいる。


「どうしたの?」


 こんなに早く、戻ってくるのは意外で、疑問しかない。


「……」


 砂奈は落ち込んだように下を向いた。


「砂奈、どうしたの?」


「先輩が呼んでいる」


 と、砂奈は声は弱々しかった。


「えっ?」


「待っているから行っておいで」


 砂奈の目には薄らと濡れていて、いつ涙が落ちてもおかしくなかった。「ぐずぐず、しないの」と、作り笑顔に強引に変えたが、一筋の水滴が頬を流れた。


「砂奈……」


 りりかは砂奈に押されて、教室を出た。


 甲生は廊下で窓の外を眺めていて、背中を向けていた。


「先輩……」


 りりかは砂奈の姿を見て、色々と頭の中を巡らせていた。


 甲生は気がつき振り返った。「やあ」と、言って手を振った。


「何ですか?」


 りりかは怒りを抑えて言ったつもりだ。


「怒っている?」


 甲生はニヤニヤしながら言った。


「怒っていません!」


「それなら、いいけど、せっかくのルックスが台無しだよ。笑ってよ」


「……」


 りりかは無表情で口をつぐんだ。


「いや、あれだね、怒っている顔もかわいいね」


「用事って何ですか?」


「あのさ、昨日、首藤にあいさつに来た時から気になったから、思い切って今日は言おうと思う。付き合ってくれないか?」


「……」


「黙ってちゃ、わかんないよ」


「そんな事を急に言われても、砂奈の気持ちはどうするんですか?」


「はぁ? 首藤は関係ないだろう」


「砂奈は先輩の事が……」


「首藤の事は好きでもないし、それなのに俺と付き合えって言うのか」


「でも……」


「俺はお前と付き合いたいんだ。駄目か?」


「駄目とか、いいとかわからないです」


「それなら、一週間だけの付き合いは?」


「えっ?」


「駄目か? じゃあ、三日間だけの限定でどう?」


「……」


 りりかは混乱していた。


「決まりだ」


 と、甲生は言って、りりかの手を握って歩き出した。


「どこに行くのですか?」


「まあ、どこでもいいだろう。何てね。俺の教室」


「そうですか……」


 階段を上った。三年生の教室がある廊下を歩いていた。


「甲生、誰だ? もしかして……」


 廊下に立っていた三年生の男子生徒が驚いたように目を丸くした。


「彼女に決まっているだろう」


 甲生は言い切った。


「さすが、モテ男はかわいい子を連れてくるな」


「先輩、彼女ってどう言う事ですか?」


「さっき、言っただろう。三日間でいいから、嫌ならその時に振ってよ」


「でも……」


「ここだ。さあ、入って」


 三年三組の教室だ。


 教室内はまばらだったが、窓際の後ろの方には男子生徒の固まりが五人いた。


「おお! 彼女、かわいいじゃないかよ!」


 固まりの中の一人の男子生徒が言った。


「彼女じゃないです!」


 と、りりかは否定した。


「まあまあ、怒らないでよ。ここはそう言う事にしていおいてよ。ねえ。お願い」


 甲生はなだめ、そして、ニコッと笑顔を見せた。

 

「何だよ、甲生、彼女じゃないのか?」


「そんな事ないよ。みんなが怖いから緊張しているだけだよ」


「強引に連れて来たんじゃないのか?」


「違うよね?」


 と、甲生はりりかに同意を求めた。


「……」


 りりかは返答しなかった。


「ほら、お前らが怖いから黙っているんだ」


 と、甲生は言って、りりかの腕を引っ張り、教室を出た。


 踊り場まで甲生は無言だった。


「今日はありがとうね」


「……」


「いきなり、色々な所に行って、驚かせちゃたね。こんなはずじゃなかったんだ。怒っている?」


 甲生は笑顔はなく、真顔だ。


「怒っていないです」


「そう、それなら、よかった。教室まで送るよ」


「いいです」


「だよね。わかった。でも三日限定だから、それまでは付き合っているって事でいいよね」


「困ります」


「そうか、首藤には俺たちが付き合っているって言わないでいいからさ。それなら、いいだろう?」


「でも……」


「お前の教室にも行かないし、バレないよ」


「……」


「それじゃあ、明日の昼休みに俺の教室に来てね。来ないと、俺から行っちゃうよ」


 と、甲生はニタッと頬を緩めた。


「わかりました。明日、昼休みに先輩の教室に行くんで、私のクラスに来ないで下さい」


「OK!」


 甲生は手を振って送った。


 りりかは砂奈の気持ちを思うと気が重かった。


 教室のドアを開けるのを躊躇うほどだ。


 なぜかドアを開けるのが重かった。それでもドアをようやく開けた。


「りりか!」


 砂奈が走って来た。いつもの笑顔だ。


「砂奈……」


 りりかは言葉が続かなかった。


「おめでとう。先輩と付き合うんでしょ?」


「いや……」


「どうしたの? 振ったの?」


「そう言うわけでは……」


「あっ! 私の事を気にしているのね。それなら大丈夫よ。片思いで終わった事がはっきりしたら、今はスッキリよ。りりかと先輩はお似合いのカップルだから応援するよ」


「ありがとう……」


「りりからしくないけど、大丈夫?」


「大丈夫だよ」


と、りりかの言葉は弱々しい。


 砂奈が話を続けようとしたが、五時間目の始まりのチャイムが鳴った。


 六時間目も終わり、りりかは帰ろうとした。後ろに砂奈もついて来ている。


「あれ、今日は部活の日じゃないの?」


「そうよ」


「どうしたの?」


「こっちに行こう」


 二階の踊り場で砂奈は上階に促している。


「そっちは違うわ」


「それじゃ、一緒に来てよ。お願い」


 と、砂奈はりりかの手を握った。誘導しているようだ。


 操られるようにりりかは三階に連れて行かれた感じだ。


 帰宅する三年生をかき分けて、三年三組の教室の前で止まった。


「先輩!」


 砂奈が始めに声をかけた。


 ちょうど甲生が教室から出て来た。


「どうした?」


 甲生は目をぱちくりさせる。


「一緒に帰りたいそうです。よろしくお願いします」


 砂奈は言って、さっと踵を返して走り去って行った。


「砂奈!」


 りりかが叫ぶも振り返る事もなかった。


「じゃあ、一緒に帰ろうか」


「えっ、はい……」


 いつもの風景は違って見える。


 下駄箱から校門を出て、歩道を歩いた。


 りりかと甲生は並んでいるが、手はつないでいない。それに無言だ。


 甲生が会話をしないので、りりかは戸惑っていた。何を話していいかわからないまま、T字路で止まった。


「私は右ですけど……」


 と、りりかは言った。


「俺は左だ」


「ここでお別れですね」


 甲生は急にりりかの目の前を占領した。


「俺はりりかの事が好きだ!」


 と、甲生は言い残して、行ってしまった。


 りりかは突然の事で動揺し、返す言葉もなく、甲生の後ろ姿を見ているだけだった。

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