第三章 一 平凡
平凡な毎日。
朝が来れば起きて、学校に行く。日中は勉強に時間を費やす。同じ事の繰り返しだ。
飽きたと、言っても義務教育の期間では、このループから逃れる事はない。逃れるただ一つの方法は登校拒否しかないのだ。
則本りりかは脱線したいわけではないので、ループに外れないようにしているだけだ。
あいにく、登校拒否する予定はない。中学生になってから新しく友達も出来たし、楽しくてしょうがない。勉強は嫌いでもない。と、言っても好きなわけではない。将来に必要だから最低限はやっておかないと、来年は中学三年生なので、受験と言う試練が待っているからだ。
しかし、今は夏休みが終わったばかりで、先の事を考えるのは一時停止していた。
給食も終わり、教室内はまばらだ。昼休みをどう過ごすか生徒たちはそれぞれ違う。
りりかは教室にいた。
そして、首藤砂奈がゆっくりと、寄って来て、りりかの後ろの席にどっかりと座った。
「ねえ、そう言えばどうなった?」
唐突に砂奈が言ったので、りりかは一瞬考えた。
「あれね、小学校に今日行こうと思うの」
「今日か……」
「都合が悪いの?」」
「今日はちょっとね」
「どうしようかな……」
「また、今度にする?」
「いや、一人で行く。だって先生に会いたいから」
「ごめんね、一緒に行けなくて」
「いいよ。気にしないで」
りりかと砂奈は話に夢中になっていた。
「首藤!」
教室のドアを開け、呼ばれなければ、話は中断しなかった。
「先輩……」
砂奈の数十メートル先に四谷甲生がいた。急に顔が引きつり、動揺しているのが明らかだ。
「砂奈、先輩が呼んでいるよ」
りりかが背中を押した。
「はい……」
砂奈は緊張しているようだ。歩く姿がぎこちない。
「ほら!」
りりかは砂奈を押しながら、一緒に甲生のいるドアの前までついて行き、廊下に出し、席に戻った。
長話で砂奈は戻って来ないと思った。
すぐに砂奈は教室に入って来た。
「あら、早いわね?」
りりかが声をかけた。
「何が言いたいかわかるけど、そんなじゃないよ」
砂奈は笑って否定した。
「嘘!」
「本当よ」
「顔に書いてるよ」
「それこそ、嘘よ」
「告られた?」
「先輩、あいさつに来ただけだよ」
砂奈に笑顔はなまった。
「そうなの?」
りりかは首を傾げる。
「そんな大事な話だったら、すぐに教室に戻らないでしょ」
「それもそうね」
りりかは納得し、反面、砂奈に恋人が出来たと勘違いし、残念に思った。
「りりかが落ち込まないでよ」
「だって……」
「私と先輩じゃあ、釣り合わないよ。やめてよ」
「……」
りりかはかける言葉が見つからず、黙ってしまった。
「ここ、笑うところ」
と、砂奈は笑った。
りりかも強引に笑った。だから高笑いに聞こえる。
「お前ら何を笑っているの、うるさいぞ!」
と、校庭で遊んでいた男子生徒が戻って来て、りりかと砂奈を見て言った。
「休み時間なんだからいいでしょう」
と、砂奈は席を立って言った。
「わかったよ。怖いわ」
と、男子生徒は捨て台詞を残して、席に戻った。
りりかも応戦しようとしたが、チャイムが鳴った。
「もう、変なところチャイムなんて……」
りりかは憤懣やる方ない。
六時間目の授業が終わった。りりかと砂奈は校門に向かって一緒に歩いた。
「ごめんね」
と、砂奈が急に言った。
「何の事?」
りりかは昼休みに捨て台詞を吐いた男性生徒にまだ腹を立てていたので、他の事は考えられないでいた。
「今日、一緒に小学校に行けなくて……」
「その事か。そんなら全然、大丈夫だよ」
「急な用事で……」
「だから、気にしないでよ」
「うん」
二人は帰宅路を話ながら歩いた。
「じゃあね」
と、砂奈は言って、別れた。
りりかは家に寄ってから小学校に行くのも億劫だったので、制服のまま行く事にした。
小学校の時は毎日通っていたが、校門をくぐるとタイムマシーンに乗って当時に戻ったような気がした。
すぐに校舎があり、下駄箱ある。
今に不満はないが、当時を思い出すと、戻りたいと思うのだ。
りりかは靴を脱ぎ、廊下に足を下ろし、冷たい感触が伝わった。
廊下をウロウロとした。
来客用のスリッパをさがしているのだ。すぐに見つかった。
職員室は一階にあるので、廊下を少し歩くだけだ。
職員室は迷う事はない。ついこの間までいた場所を間違えるはずもない。
「あった!」
りりかは宝物でもさがし出したような喜びに似ていた。
職員室のドアを開けた。
「こんにちは……」
と、りりかは言って入った。
見覚えのある顔、見覚えのない顔が雑然として見える。
二年前とは先生の座っている位置が違うので、戸惑った。
誰かに聞こう。
誰に?
「佐村先生いますか?」
と、りりかはキョロキョロとしながら、先生たちに助けを求めた。
「則本さん」
と、声をかけたのは図工の芋戸幸先生だった。
「芋戸先生」
りりかは少し、不安から解放され、大きな声になっていた。
「相変わらず、元気だね」
「そうですか……」
「それに制服だと、大人びて則本さんだと気がつかなかったわ」
「そんなに変わりました?」
「変わらないのは大きな声だけね」
「そんな……」
「あっ、そうだ。佐村先生だけど、急遽、出張になっちゃったのよ」
「そうなんですか……」
「残念、だったね」
「仕方ないです。また、別の日に来るので、佐村先生に伝えといて下さい」
「わかりました」
りりかは芋戸先生にあいさつをして、職員室を出た。
佐村先生に会えなかったのは残念だったが、近々、小学校に来られる口実が出来た。
また来よう。
次は砂奈と一緒だ。
りりかはスリッパを戻し、靴に履き替えた。校舎を出て、校門の前に違和感を覚えた。
あり得ない光景に目を疑った。
道路がある。その先は公園だ。
おかしな事はない。いや、道路にあるマンホールの蓋が浮いている。
「あれ?」
マンホールの蓋は浮いていなかった。目の錯覚だったのか。
りりかは改めて、マンホールの蓋がちゃんと閉まっている事を確認した。
閉まっていた。
「えっ?」
閉まっているはずのマンホールの蓋が再び浮いたのだ。
浮くはずのないマンホールの蓋を目の前に、どう自分に納得させようか。結論が出るはずもなく、ただ、口を開けたままじっと見ていた。
りりかの頭の中はパニック状態だ。さらに追い打ちをかけるように、マンホールの穴から黒い影が出て、そして、目のような二つの光がこちらを見ているような気がした。
恐怖でしかない。これから何かが不吉な事が始まりそうな感じである。
逃げたいが、動く事さえ、憚れた。
バタン!
と、大きな音がした。
マンホールの蓋が閉まったのだ。
りりかは迷わず、走って逃げた。
あれは何だったのだろうか。誰かに話しても信じてくれるはずもなく、ひたすらあれは目の錯覚だ。と、自分に言い聞かせた。




