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マンホールの怪物  作者: 小石沢英一
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第一章 一 マンホール

 夏休みも終わり、二学期が始まり、数日が経過したある日。


 五年二組の教室はにぎやかだった。


 勉強嫌いの真北留樹緒まきたるきおは机に突っ伏していた。楽しみの給食も終わり、満腹感でお昼休みは寝ていたのだ。


「大丈夫か?」


 と、留樹緒の身体を揺さ振ったのは石川人太いしかわじんただった。小太りで、文句を言われるだけですぐ泣いてしまうほど気が弱く、何事にも長続きしなかった。


「あっ、うん……」


 と、留樹緒は頭を上げ、返答はしたが上の空だった。


「寝てた?」


 見ればわかるだろうと、突っ込みたいが、寝起きだったので「夢見てた……」と、留樹緒は言った。


「へぇ。それでどんな?」


「UFOが飛んで来て、宇宙人が僕に会いに来た」


「宇宙人はどんな奴だ?」


「僕の肩ぐらいしか身長がなくて、ピカピカ光って眩しくて、顔とか、わからなかった」


「やっぱり夢だね。それより、さっき聞いた話だけど、学校の前の公園のマンホールが開いて、中から真っ黒い人影を見たんだって」


「宇宙人かな……」


「今日の帰りに行こうぜ!」


 人太は目をキラキラ光らせていた。


「でも……」


 煮え切らない態度の留樹緒だったが、五時間目の開始のチャイムが鳴り、話は中断するしかなかった。担任の左村恵利さむらえり先生が教壇の前で突っ立っているからだ。


 銀縁眼鏡をかけ、二十五歳らしいが、実年齢よりも老けて見えるので、威圧感はあった。生徒たちは母親たちよりも若いとは誰も思っていない。しかし、この学校の先生の中でも二番目に若いのだ。


 授業が始まってしまえば、留樹緒は眠かろうと教科書とノートを机の上に広げた。先生の話は聞いている振りだ。黙って座っていればそう見える。問題を問われなければ、何事もない。だから、人太の話を思い出し、想像していた。こんな近くに奇怪な生物が存在する事に好奇心を抑えられなくなっていた。


 五時間目の終了のチャイムが鳴った。問題なく授業は終わったのだ。帰りのあいさつを終え、生徒たちは次々と教室を退室した。


 留樹緒と人太は教室にいた。これからの事を話していたのだ。


「あなたたち、仲がいいのはわかったから、早く帰りなさい」


 と、左村先生は言った。


「はい、帰ります」


 留樹緒は言って、人太の腕を引っ張った。


「やっぱり、一度、家に帰ってからにしようよ」


 人太は少し目が赤い。もう、泣くのか。


「怖いのか?」


「そんなことはないけど……」


 言い出した人太が、歯切れが悪い。


「わかったよ。それじゃ、公園で待ち合わせにしよう」


 留樹緒は妥協した。


「うん……」


 人太は弱々しく言った。帰り際に左村先生に言われた事の影響だろう。寄り道するなとは言われていない。早く帰宅しなさいだけなのに、気が弱すぎて呆れる留樹緒だった。


 公園内は低学年の小学生が遊んでいた。


 留樹緒は人太をさがしたがまだ来ていないようだ。


 もしかして来ないのか?


「ちょっといいかな」


 と、声がしたので留樹緒は声の主をさがした。


「ええっ?」


 留樹緒の目の前には二メートルはある長身の男がいた。


「驚かすつもりはなかったんだ」


 長身の男は言った。


 留樹緒が首を真上にしないと長身の男の顔が見えなかった。


「うわっ!」


 真っ白なスーツに真っ白な中折れハットを被り、真っ白なあごひげを生やしていた。白ずくめで統一していた。


「この辺でカエルを見なかった?」


 長身の男は無表情で言ったので、誰に問うているのかわからなかった。


「カエル?」


 視線を感じて、留樹緒に質問していると気がついた。


「手の大きさ位で……」


「ウシガエルか!」


「そう、そう、そう」


「見てないな」


「見たら教えて」


 と、長身の男は言って去って行った。


「おーい!」


 と、人太の声がした。


留樹緒は人太を見つけ近寄った。


「遅いな」


 待たされたので、苛ついたのだ。


「ごめん、ごめん。変な物を見つけちゃってさ」


「変な物?」


「あっちにあるよ」


 人太に言われ、留樹緒は後を追った。


 場所は公園を出てすぐの車道だった。学校に通じる道路なので、車もほとんど通らない。


「何?」


 人太は右手人差し指で方向を示したので、留樹緒はゆっくりと近づいた。


「下、下!」


 人太が指示するところを見た。


「げっ! 何だよ!」


 留樹緒は異様な物体が地面に張りついていたので、驚いて後ろに退いた。


「カエルだろ」


 人太はあっさりとしていた。


 ウシガエルが車で潰され、ペシャンコになった死体があったのだ。


「気持ちが悪いよ」


 留樹緒は涙目になっていた。


「そうか。それじゃ、マンホールでもさがすか?」


 人太は何事もなかったような顔して、本題に戻した。


「うん」


 ウシガエルの死体が気持ち悪かったので、留樹緒は不吉な予感がした。


「あっ!」


 留樹緒は長身の男がさがしていたウシカエルは今見たカエルではないかと、急に思った。


「どうしたの?」


 人太は留樹緒の態度が気になった。


「カエルをさがしているおじさんがいたんだよ」


「どんなおじさん?」


「背がすっごく高くて、真っ白な服を着ていたよ。さっきまでここにいたんだよ。人太は見た?」


「見てないな……」


「そうか」


「そのおじさん、カエルをどうするんだろうね?」


「それは聞かなかった」


「でも、カエルは死んでるよ。そんなのいるのか?」


「そうだよね」


 留樹緒は人太の言っていることに納得してしまった。


「それより、マンホールだろう」


「そうだよ。どこにあるの?」


「こっちだよ」


 人太は学校と公園の間にある道路だった。それも小学校の前だ。


「ここか」


 留樹緒はここなら一度帰らなくてもよかったのではないか。人太を睨んだ。


「何だよ」


 人太もきつい視線を感じた。


「ここなら、下校のときに寄っても大丈夫だったじゃないか」


「でも、先生に見つかったら、怒られるよ」


「……」


 留樹緒はもっと言いたい事はあったが、すでに人太の目が潤んでいたので、黙った。


 マンホールは車道の真ん中にあった。これといって変わったところはなかった。


 ゴロゴロ……


 曇り空になった。雷鳴が響いている。


 ポツポツと、雨粒が落ちた。


「こりゃ、雨が降るな」


 人太が言って、目の前が学校の門だった。


 ドドーン!


 雷が激しくなった。


「学校で雨宿りだ」


 門から校舎までは五メートルほどの近くにあったので、留樹緒と人太は走った。


 校舎のドアは開いていた。まだ校内に生徒がいるのだろう。もちろんここで立ち止まった。下駄箱が並んでいるので、上履きに履き替えれば教室にも行ける。先生に用事があるわけではないので外を眺めていた。


 すぐに雨は降り出した。大粒である。


 雨のカーテンで車道のマンホールさえ見えない。


「学校の前でよかった」


 留樹緒はポツリと言った。雷鳴で話し声はかき消された。


 人太は耳を塞いでいた。身体も小刻みに震えている。これでは留樹緒の声が届くはずもなかった。


 しばらく留樹緒と人太は無言でいた。


 次第に雷鳴は止み、雨も小降りになった。


「すごい雨だったね」


 人太が怖がっていたのが嘘のように、やたらニコニコしながら言った。


「雷だけないだけでずいぶん違うね」


 留樹緒は人太の態度に対して言ったつもりだが、鈍感なので、全く気がついたいない。


「ちょっと、トイレに行く」


 と、人太は言って上履きに履き替えて校舎の中に消えた。


 留樹緒は外を見ると車道のマンホールが見えた。雨は止んだ。


「あれ?」


 留樹緒は目を疑った。


 車道は大量の雨水が残っているが、マンホールが一瞬開き、中から二つの光が見えたのだ。


 何だ?


 得体の知れない生物が顔を出したようだ。


 留樹緒は恐怖で身体が硬直した。


「おーい!」


 そこに人太が間の抜けた声で戻って来た。


「見た……」


 留樹緒はこの恐怖から逃れたくて、出たひと言だった。


「何を見たんだよ」


 人太はトイレから戻って来たので、スッキリした表情だ。留樹緒の切羽詰まった表情も感じら取れるはずもなく、「マンホールが開いて、そこから二つの光が見えたんだよ。あれはきっと怪物だよ」


「噂は本当だったのか」


 人太は急に目を輝かせた。


「間違いないよ」


 人太は外に飛び出した。


 留樹緒は怖くて傍観していた。


 人太は念入りに見ていた。


「何をやっているの?」


 ちょうどそこに左村先生がやって来た。突然出現に留樹緒は息が止まった。


「雨宿り……」


 と、留樹緒は何とか言ったが、左村先生に校内にいる事で怒られるのではないかとビクビクしていた。人太はまだ外にいた。


「こっちに来なさい!」


 左村先生は挙動不審な人太を発見し、呼び寄せる。これから説教か?


 人太も気がつき、こちらに向かっている。一歩ずつ近づくににつれ、顔色が曇っていくのがわかる。


「何もいないぞ」


 と、人太は言って肩を落とした。その声は小さかった。怪物はいないし、左村先生がいるので、説教が始まる事は避けられないダブルショックなのだ。


「何かいたの?」


 左村先生の説教の始まりか。その顔は怖い。


「マンホールが光ったんです!」


 人太は黙っているし、留樹緒は弁明するしかこのピンチを切り抜ける方法はないのだ。


「光った?」


 左村先生は素っ頓狂な声のトーンになった。それだけ留樹緒の言っている事が理解出来なかったからだ。


「マンホールが開いてその中に……あれは怪物でもいたんですよ先生」


 留樹緒は真剣だった。


「気のせいじゃない?」


左村先生は笑いを堪えた。


「そんなことはありません」


「石川くん、何もなかったんでしょ?」


「何もなかった」


 人太の声は元気がなかった。警戒しているのが見え見えだ。それだけ左村先生が怖いのか。


「そう言えば、二人とも髪の毛が濡れているわね。タオルがあるから待ってて」


「急いで帰るからいいです」


 人太はきっぱりと断った。


「でも……」


 佐村先生は言葉に詰まる。そのすきに人太は左村先生の好意を振り切って、校舎を出て行った。


 留樹緒も急いで人太を追いかけた。


 すでに外の雨は止んでいた。

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