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山道

 都市部から離れると、途端に周囲の様相が丸変わりする。建物は木々の中に埋もれ、道には草花が生い茂り、辛うじて残ったいくつかの人工物を目印に、私達は先へ進む。と、勇ましく語ったはいいものの、私は聳え立つ山を前に早くも引き返したくなっていた。曲がりくねった細い山道は、果たして道を引くのにどれくらいの期間を要したのか、山の斜面を何度も折り返しながら上へと登る。無理やり山の中を駆け上がることも出来なくはないが、まず間違いなく遭難するだろう。それもまた一興と、いや妖精様が黙ってはいまい。

 林内は多様な植物で満ちていた。外から見ればただの森も、中に入ると想像以上に騒がしい。背の高い樹木は大きく樹冠を広げ、影には地面を覆うように低木がひしめき合っている。その横では空いた林冠の隙間から光が降り注ぎ、倒木の体には、昨日芽生えたばかりの小さな芽が、光に向かって体を伸ばしていた。憂鬱、なんて私は言ったが、同時に童心に帰ったような楽しさも感じていた。

 足元に落ちていた枝を拾う。近くに生えていた樹木の葉を千切る。木の実を見つければ、毟り取って森の中へ放り投げる。石を蹴る。拾った枝で葉を揺らす。何かが私を操っている。


 「じゃーん! 見てこれ!」


妖精様が、両手で大きなどんぐりを抱きかかえながら重そうに羽ばたいている。私の親指の第一関節よりも大きく、掌に乗せて見ると、今にも中から何か生まれてきそうな力強い存在感を感じる。虫がぎっしりと詰まっているかもしれない。最悪だ。


「どんぐりは食べられるらしい」

「じゃあ食べてみい」


私は手に持っていたどんぐりを山に向かって放り投げた。しかし、その時には既に妖精様は違うどんぐりを抱えていた。

 山の中腹まで差し掛かった頃だろうか。緩やかな登り坂のまま尾根を周ると、急に森が無くなり、無数の岩がゴロゴロと転がっていた。過去に土砂崩れが起きたようだ。大量の土が森を薙ぎ倒し、広く眼下を見渡すことができる。妖精様は遠足に来たかのようなはしゃぎようで、近くにあった岩の上に登り、私も休憩がてら適当な岩に腰掛けた。

 一息ついて森の先に広がる景色を眺める。遠くの方には薄白い都市がどこまでも続き、あそこから歩いてきたのかと思えば、我ながら感慨深いものがある。という言い方をすれば多少マシにはなるが、実際のところ、私達には歩くこと以外に何も出来ない。行き先も来し方もなく、しょうもないことを話しながら、ひたすら足を動かすしか能がない生き物なのだ。


 「広いわねー。あの更に向こうから来たわけでしょ? 足ムキムキになっちゃうわ」


歩いているのは私だ。全く運動していない妖精様が、ボケて自分の名前すら言えなくなる日もそう遠くはないだろう。


「こういう場所で美味しいお菓子を食べて、お腹いっぱいになったら昼寝……するには背中が痛いわね」


そう言うと、彼女は私の太ももの上に寝転ぶ。景色がよく、天気もよい。気温も心地よい暖かさだ。人肌の温もりは安心感を与え、森から聞こえてくる草木のささやき声が副交感神経を優位にする。すぐ眠ってしまうのも無理はない。


「よし出発だ」

「ちょっ、あぁぁぁ!」


妖精様は昔話のように転がり落ちていった。

 山の中腹を越え、暫く登った辺りから気温が下がり、森が暗いのも相まって不気味な印象を感じる。時折肌寒い風が木々を揺らし、妖精様のテンションも随分と低くなっていた。暗くなる前に夜を明かせる場所を見つけたい。そんな考えからか、私も気持ち速歩きになっていた。


「天気が悪くなってきたわね」

「気の所為だ」

「妖精ナメんな」


 肌に水滴を感じる。ポツリポツリと、葉の隙間から落ちた小雨が地面を濡らす。幸い森の中ということもあって、すぐに全身びしょ濡れになることは無いだろう。私は近くに立っていた大きな木の根本に身を寄せる。見計らったように雨が強くなり、しかし森の中は不思議と静寂に包まれていた。汗か、雨か、私は髪の毛についた水滴を払う。遠くの方で雷鳴が轟いた。大木に抱かれるように、私は地面からせり出した根っこに腰をおろし、背中を幹に預ける。


「しばらく足止めだ」

「こりゃ土砂降りねー。でもすぐに上がりそう」

「分かるのか」

「妖精だもの」


 妖精様のことだから嘘100%……とも言い切れない。彼女が何かしら不思議な力を持っていることは、私自身がこの目で何度も見ている。それがどういう原理で起きているのか、彼女は教える気はさらさら無いようで、いつか力ずくで聞き出そう。と考えていたが、そもそも彼女も理解していないのではないだろうか。むしろそう考えるほうが自然だ。羽虫だって頭空っぽで空を飛んでいる。


 「妖精はみんな天気が分かるのか」

「ん〜どうかしら? 当たり前すぎて気にしたことも無いわね」

「生まれつき持っているのか」

「たぶん生まれつきね」

「以前、妖精の国には特別な樹があると聞いたが、それは何か関係しているのか」

「あんたの口数が増えるときは、決まって何か企んでるときよ。てことで、ちょっと空見てくるわね」


 雨に打たれ、やけに楽しそうな妖精様の声を聞きながら、私は武力行使の妄想を膨らませる。結局妄想止まりなところが、私が文字通り妖精様の尻に敷かれる所以なのだろう。

 くだらない妄想はさておき、私は立ち上がって腰をぐいと伸ばすと、大木の下から出て雨に打たれる。乾き始めていた髪の毛を再び濡らし、衣服もあっという間にびしょ濡れだ。妖精様が叫びながら私の顎の下向かって飛んできた。私の顎を何だと思っているのやら。

 顔を拭い、雨の中を歩きだす。途中、振り返って先程まで座っていた木の根に目をやる。森の中にポツンと、まるで私達を待っていたかのように佇んでいるが、もしかすると、昔ここを歩いた人々もあそこで一息ついていたのかもしれない。一息つく暇があるなら小屋でも建てておけ、と私の胸の奥から邪悪な声がする。


「風邪引くのと山頂につくのと、どっちが先かしらね」

「哺乳類の中でも馬と鹿は風邪を引かないそうだ」

「もう風邪引いてるじゃない」


 よくよく思い返せば、自分のほうが嘘100%であることが多い。

 私は雨の打たれながら、今までの行いを悔い改めようと努めた。



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