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崩落

 防音壁の遥か先まで広がる街。群衆のように群れたビルの中に、一際高く聳え立った高層ビルが見える。少し白味を帯び、細く空まで真っ直ぐ伸びた体は、指二本で摘めるほどに小さい。すでにかなりの距離を歩いてきたが、あそこに着くまでもうしばらくかかりそうだ。

 ふと気になって後ろを振り返る。点々と残った瓦礫を辿ると、凸凹の高速道路が地平線の先に消えるまで永遠と伸びていた。山間部や湖の近くを通った記憶があるが、どうも曖昧でぼやけている。もしかしたら一歩も歩いていないのかもしれない。


「どうしたの?」


 気がつくと私は足を止めていた。少し疲れたのか、大きくため息をつくと、腕を伸ばし体の中から嫌な気を絞り出す。妖精様も私の考えていることが分かったようで、同じように後ろを振り返り、軽く溜息を付いた。


「何もない。面白いものが何もない。でも変なこと叫びながら走り回ったら気持ちよさそう」

「それはいつものことだ」

「んん?」


とは言え、ここで立ち止まっていてもビルに着くことはない。私は再び歩き出した。

 街に入り高架になった高速道路は、道の端が疎らに崩れており、下を覗くと閑散と並んだ廃墟の跡が見える。思いの外地上まで遠く、いらぬ想像が脳裏をよぎるが、こういうときに限って好奇心が沸き立ってしまう。恐怖感と好奇心の入り混じった複雑な感情が、私の首を目一杯伸ばし、つい足を前に踏み出してしまった。近くの縁が大きく崩れ、瓦礫が音もなく遥か下へ消えていく。私は冷や汗をその場に残して後ずさると、何事もなかったかのように道の真ん中へ戻るが、心臓は途轍もない速さで拍動していた。


「落下死だけは嫌だ」

「私は焼死かなー。昔火あぶりの刑に処されたことあるけど、あれは本当に辛かったわ」

「罪人だったか」

「冤罪よ」


早く逃げたほうがいいかもしれない。

 少し進むと、道が無数に枝分かれし、蛇のようにとぐろを巻いていた。東西南北に伸びたものと、いくつかは地上へ緩やかに弧を描きながら下っている。下から見ればその大きさや複雑さは、今まで似たようなものを何回か目にしてきたが、今回のものはその中でも一際壮大で、それでいて曲線の優雅さを感じる美しいものであった。

 私達は太い道の脇に併設された非常用か点検用か、下まで続く鉄製の階段を降りる。下に進むに連れ蔦が多く絡まっていた。高速道路の太い柱も同じように、植物たちは光を求めて空を目指しているようだ。


 「あら看板」


階段の終わりかけ、蔦で覆われた看板が手摺に鉄の支柱を伸ばしている。蔦を手で無理やり引きちぎると、中から色褪せた案内板が現れた。元は白色だったようだが、所々が赤茶色に変色し、黒い文字で書かれた文字だけが辛うじて残っている。


「なんて読むのかしら」

「この先、階段終わり」

「見なくても分かるでしょ」


奇っ怪な文字は私達では解読不可能だった。




 薄暗い建物の中に足音が反響する。再度、何かが崩れ落ちるような騒音が響き渡り、しかしそれ以上に女性の嬉しそうな声が、真下にいた私の鼓膜を破ろうと蹴り上げてくる。


「絶対何かいるわよ!」


妖精様に急かされ、私は全身全霊の速歩きで音の発生場所へ向かう。その間にも複数回騒音が聞こえ、いや近づくに連れ騒音以外にも、金属がぶつかる音や、何か特異な―――電子音と呼ぶのが一番の近いかもしれない。しかし、その電子音のせいで上手く音の発生源を掴めないでいた。


「あの部屋の中じゃないかしら?」


 天井が崩れ落ち、廊下の一部から隣接した建物の外壁が顕になっている。残骸の山に弱々しい光が差し、その奥に妖精様が指差す部屋があった。重厚な黒い金属製の扉は、恐ろしいものを封印でもしてあるかのような禍々しい雰囲気で、何かが部屋の内側で音を立てている。


「父親かも知れない」

「あまり深くは聞かないでおくわ」

「冗談だ」


私は特に躊躇うことなく、扉の取手を両手で握りしめた。腕に力を込め、腰を落とし、足を踏ん張り、獣のような声で息みながら引っ張る。金属がコンクリートを擦り、私のうめき声と共に大きな音を響かせながら扉が開いた。想像以上に重く私は肩で息をしていたが、それには目もくれず、妖精様は一足先に部屋の中に飛んでいった。


「これは……なに? なにかしら?」


 彼女はとても狼狽えていた。大きな声が一転し、自信の無い小さな声で、しかし怯えているわけではなかった。本当に未知のものを見た時の、キャラとか性格とか、好奇心の前ではどれも意味をなしていなかった。

 久しぶりに妖精様が呆けているの見れて、私は若干嬉しく感じていた。さぞ凄いものがあるのだろうと、疲れも吹き飛び、意を決する必要もなく部屋の中を覗く。

 人の上半身が倒れていた。



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