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 崩れた祠の中で、石で作られた小さな塊がひっそりと佇んでいる。“何か”が宿っていたのか、それは亡き母親の腕に抱かれた赤子のように、時の流れから隔てられていた。


「お供物でもしておこうかしら。って言ってもそこに生えてた草だけど」

「祟られるかもしれない」

「文化の違いってことで見逃してくれないかしらね」


 鬱蒼とした森の中を、微かに残った文明の名残を辿って奥へと進む。アスファルトは草本に隠されているが、不自然に左右に分かれた木々が、かつてそこに道が通っていたことを物語っていた。

 道すがら点々と現れる人工物は、信仰を表したような物が多く、草木に埋もれて分かりにくいが外観に統一性があった。それは骨組みのコンクリートを見ればより明白だ。多少の差異はあれど、共通して人の腕程の太さのコンクリート柱を、井桁型に腰程度の高さまで積み上げている。側面に当たる部分は、四方をくり抜かれ窓のようになっており、いくつかのものには中心に石の塊が置かれてあった。

 "何か"がこの森にはいたのだろう。そう思って目を瞑れば、確かに特別な雰囲気を感じないでもない。木々の揺れや、風の感触、音。その全てに意味があって、視界の端から大きな眼で私を覗き見ているのかもしれない。

 ふと気配を感じて後ろを振り返るが、そこにあるのはつい先程自分が通ってきた道が伸びているだけだ。しかしそれは突然形を崩す。ぐにゃりと木が歪む。酸素濃度が低下して意識が朦朧とするような、周囲の空間が引き伸ばされ、音が膜を隔てて聞こえてくる。どうやら怪しい世界に入り込んでしまったようだ。


 「この木の実って食べられるかしら?」

「それはバラ科イヌザクラ属のヨウセイゴロシと言う。その名の通り、美味しそうな木の実に惹かれてやってきた妖精を毒殺する植物だ」

「嘘とも言い切れないのが怖いところよね。まあ嘘でしょうけど」


この場所の過去がどうであろうと、今になってしまえば特別でもなんでも無い。ごく普通の森だ。とは言え、せっかくの妄想を壊した妖精サマが少しばかり憎い。

 上り坂の道をしばらく歩くと、腰回り程の太さの石の柱が、折れた姿で道の脇に現れた。辺りに散らばった石片から考えると、おそらく反対側にも同じように石の柱が立ち、それは門のような役割を果たしていたのだろう。出来れば私達を歓迎して欲しいものだ。


「おじゃしまーす」


妖精様はとても気軽そうに門があった場所を通る―――何も起きなさそうなので私も後に続いた。

 通って直ぐに足元の違いに目が行く。土を被って分かりにくいが、道の真ん中がコンクリートで舗装され非常に歩きやすい。心做しか、森の様相も光が下層まで差し込み明るく感じる。


「結構いい場所じゃない。なんだか妖精の国みたいで懐かしいわ」

「森」

「妖精は木に住んでいるから大都会よ」

「確かに」


納得した自分が悔しい。

 道の少し先に、木々に囲まれた建物がひっそりと現れた。所々に太い木造の柱が立ち、辛うじて建物の体を成しているが、大部分が壊れ残骸と化して周囲に散らばっていた。すでに土に埋もれてしまったものや、植物の足になったものが多く、元の形を推測にはあまりにも年月が経ちすぎていた。しかし、私は何となくその全貌が想像出来た。

 跡地をぐるりと一周して、茂みの間から跡地の中へと入る。既に先客は無数におり、今更罰が当たることもないだろう。


 「お宝とかありそうね〜。ほらこれとか」


 妖精様は、適当な瓦礫を漁ると板のようなものを見つけた。彼女と同程度の大きさで、代わりに私が拾い土を払う。表面に絵か文字のようなものが描かれ、縁には木を彫って作った装飾の名残がある。殆ど剥がれ落ちており、何を表しているのか読み取ることができない。いや元の状態だったとしても、このぐにゃぐにゃした黒いミミズみたいなものが、一体何なのかは分からなかっただろう。


「ん〜? なんか見たことあるわよ」

「妖精の国の文字か?」

「違う。そもそも私達って文字を使わないのよね」

「拳で語り合うのか」

「私は顔に拳が付いてるのかしら? じゃなくて、今は妖精うんぬんはどうでもいいのよ」


 手に持っていた板の上に、妖精様がふわりと舞い降りる。顎に手を当て小さい脳みそをフル稼働させている。


「思い出せそうで思い出せないわ」

「それは記憶に無いだけでは?」

「かもしれない」


妖精様は考えることを諦めてしまった。私も板をそこら変に投げ捨て、新たなお宝を探しにさらに奥へと進む。


「あ! お宝!」

「またゴミでは……お宝だ」


 お宝。今この場においてはお宝だ。別の言い方をすれば―――生活用品。私はそれを手に持ち顔の前に掲げる。妖精様がとても嬉しそうな顔をして私を見ている。


「ちょっと髪長くなってきたかしら……?」

「私は長い髪の毛が好きだ」

「丸刈りにしよ」

「お似合いだと思う」


 綺麗……とは言い難い。表面は土で汚れ、罅も入っている。が、水で洗えば充分使い物にはなるだろう。若干泥棒みたいなことをしているようだが、今更気に負う必要もない。トレジャーハンターの世界では、お宝は最初に見つけた者の手柄なのだ。

 私達は丸鏡を手に入れた。


「櫛とかも欲しくなっちゃうわ」

「探せと?」

「よくお分かりで」


 私はバリカンが欲しい。そして妖精様の髪の毛を一本も残さず刈り上げるのだ。

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