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日差し

 私のお腹の上で妖精様が寝転んでいる。美しい顔で空を眺め、それはとても幻想的で花のように儚く、この世界溢れる悲しみを嘆いているかのような、『私にはどうすることも出来ないの』なんて言いそうな雰囲気だがその実、頭の中は空っぽだ。ドーナツに空いた穴のように。


「あの雲ドーナツみたいね」


自分が妖精であることを忘れてしまったようだ。だがそれも仕方がない。昼下がりの日差しはとても暖かく、たまに通り抜ける風は、目を瞑ればここが草原だと言われても気づかないほどに心地良いのだから。今だって顔の横を白い蝶々が、いやただの埃だ。


「生まれ変わったら雲になりたいわ。そして空をのんびりと旅するの」

「今もそう対して変わらないが」

「……今なら何言われても許せる気がするわ〜」

「馬鹿妖精」

「そうね〜ふふ〜」

「阿呆妖精」

「ふわぁ〜なんだか眠くなってきちゃった」

「節足動物」

「…………今回は聞かなかったことにしてあげる。でも次言ったら私、何するか分かんないから」


 視線を感じて胸元を見ると、妖精様が笑顔で私の目を見つめていた。しかし、怒りで歯を食いしばりすぎて歯茎から血が滲んでいる。禁句だったようだ。私は見なかったことにして、再びぼーっとする。

 視界の端で濡れた服が靡いている。折れたアンテナの腕にぶら下がり、気持ちよさそうに揺られるそれを、私はおそらく間抜けな顔をして眺めているだろう。

 街のどこか。そこそこ高い建物の屋上。濡れた服を脱ぎ、大の字に寝転がる。服が乾くまでの間、私は崩れかけの階段をどう降りようか頭を悩ませていた。




 建物の隙間から光が落ちる。いつしか明渠になってしまった水路を、砂利の溜まった小川にそって歩く。頭上には剥き出しになった骨組みや、宙に浮いた床がどこまでも続き、見ていると本当に崩れてきてしまいそうだ。ヘルメット代わりに妖精様を乗せていても、この鈍い不安は解消されないどころか、ただ首が疲れるだけだった。


 「ひんやりしてて気持ちいいわね。洞窟の中を歩いているみたい」


足音に混じって、微かに水の気配を感じる。水気を含んだ低音の響きだ。どこかで流れている水流や、壁を伝う雫の一つ一つが、共鳴し反響し空間を揺らしている。妖精様は洞窟といったが、それもあながち間違いではないのかもしれない。私達は確かに地下を歩いているのだ。文明が残っていた頃は、この水路は地下に埋められ、頭上には所狭しとビルが建ち並んでいたのだろう。路地の排水溝から雨水が流れ込み、真っ暗な筒の中を濁流が流れていく。行き先はあの湖か、もしくはどこか別の川か。いや逆かもしれない。

 このときばかりは人間で良かったと思う。もし私が魚だったら、もし私が葉っぱだったら、この水路の中をもみくちゃにされながら、一人孤独に流されていたかもしれないのだ。想像するだけで鳥肌が立つ。


「水だわ!」


妖精様が何かに気づいて宙をふわりと舞う。排水管が壁から飛び出し、水が小さな滝のように流れ落ちている。ここが山の中だったら、冷たい水が乾いた喉を潤すのだが、生憎流れているのは微妙に温かくなった雨水だった。嬉しそうに手をかざした妖精様は、期待外れとばかりに項垂れて頭へ戻ってきた。


「森が恋しいわ……川で水遊びがしたい」

「私もイヤホンで川の音を聞きながら、冷房の効いた部屋でソファに寝そべりたい」

「外出ろ」


『これだから人間は』と、妖精様はいかにもな愚痴をこぼす。

 しばらく水路を進み、崩れた天井から瓦礫伝いに地上へ出る。重さを感じるほど強い日差しが、私達の体を容赦なく突き刺す。妖精様をサンバイザー代わりにしつつ、ちょうど近くにあった木陰に身を寄せ、アスファルトから飛び出した太い根に腰を下ろた。


「こんなの外歩いてたら日焼けして全身皮べらべら」

「一回り大きくなるんじゃないか?」

「縮むわよ」


 コンクリートが日光を反射して、視界に映る景色が白一色と化している。私も妖精様も、眩しさのあまり、目が半開きの珍妙な顔をしているはずだ。幸い気温自体はそこまで高くなく―――とは言っても足元に水溜りが出来るくらいには暑い―――この顔に合わせて服まで脱ぐ必要は無いのがせめてもの救いか。

 お互い無言のまま時が過ぎる。喋る気力すら惜しい。先に口を開いたのは私だった。


「水遊びしてくる」

「そ」


このクソ暑いときに冗談なんか言うんじゃねえよ。

そんな妖精様の心の声が、涼しい風と共に聞こえてきた。

 私は立ち上がると、木陰から建物へ、影をはみ出さないように移動する。無駄に廃墟があるお陰で、今なら影踏み鬼で鬼を涙目に出来そうだ。


「そう言えば、前に池に落ちたことあったわよね」

「あれは無理が過ぎた」

「あそこみたいに案外、建物の隙間なんかに水が溜まってたりしないかしら?出来れば、日陰で冷たい水がいっぱいあると嬉しいんだけど」


妖精様の願いは、大抵ぎりぎり出来そうなラインをせめてくる。当然歩くのは私なのだが、やはり妖精様は自然に愛されているのか、彼女の直感は50パーセントくらいの確率で当たる。

 廃墟中は比較的涼しく、急に元気になった妖精様のために、私は天然プールを見つけるべく探索を始めた。

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